カナリヤ・カラス | ナノ


「だから、何度も言ってますよね田所さん。集金日の返済ノルマは絶対だって」


高い壁に阻まれた向こう、都の端。背の低い家屋が集まる町の小さなアパートの一室で、男の呻き声が響いた。


「そ、そこを何とか頼むよ! あともうちょっと、もうちょっとなんだって!!」

「何がもうちょっとですか。こっちが工面してあげたプランで得た金使って勝手にギャンブル……下手な博打にいつまでもくだらない夢乗せて……。お前みてぇなクズが、一発逆転狙ってんじゃねーぞゴラァ!!」

「ひぃっ!!」


凄んだ少女の声に怯え、壮年の男が縛り上げられた身を縮こまらせる。両手足の自由を奪われ、床に転がったその体を見下ろしながら、少女は底の厚いブーツで男の頭を踏み締めた。


「集金役が私だからって、ナメてるんですか? 相手が子どもで、女だから? 使っちまって素寒貧で済ませられると?」

「お、思っていない!! 本当に!! そんな事、思ってな……うぎゃぁああああっ!!」


この男を裸に剥いて逆さに吊るした所で、金になる物は一つも転がり出て来ないだろう。

取り立てられる物が無いのなら、持ち帰るべきは成果だ。此方を侮った行動が何を生むか、その身に刻み込んだという成果。

少女は抵抗出来ない男を蹴り転がすと、その背中に爆竹を叩き付けた。


「い、ぁ゛……痛ぇ、え……」

「言っておきますが、これで済むのは今回限りです」

「うぐっ」


痛みにのたうつ男の腹に、少女が蹴りを入れる。

一方的に相手を嬲った所で、その胸が快哉とする事も、顰めた顔が晴れる事も無いのは、これがマニュアルに則ったやり方だからだ。


――負債者が舐めた真似をしてきたら、二度とそんな気にならないようにしろ。


そう教えられた時の事を思い出して一層眉間の皺を深くした少女は、肺の中の空気を全て出し切るような溜め息を吐くと、ズボンの内ポケットからナイフを取り出した。


「ひっ」


怯える男を足で押さえ付け、少女は彼の手足を縛るのに使ったロープをナイフで切った。


あの男であれば、指の一本でも落として、次に返済が滞った時に食わてやれ、等と言ってくるだろう。

其処までする必要性があれば、そうする。だが今は、これで十分だ。


暴力を愉しむような質になったら、あの男と同類になる。雇われている以上、店のやり方には従うが、彼の思想まではなぞらない。だから今日は此処までだと、少女はナイフをポケットにしまい、踵を返した。


「次、勝手な真似をした時は、返済プランのコース変更をさせていただきます。……命が惜しかったら、堅実に働いて、しっかり返してくださいね」


これは、情けなどでは無い。そんな物を持ち合わせて生きていける程、自分の暮らしに余裕は無い。

それでも刃物を納めたのは、意地だ。どんな所まで落ちぶれても、これだけは捨ててはいけないと心に誓ったそれを胸に、少女はからっぽの集金袋を手に古びたアパートを出た。


三年前に飛び出した、壁の中の町。此処から見える狭い空を見上げても、肩は軽くなるどころか、寧ろ重たくなった気がする。

此処ら一帯は相変わらず治安が悪く、誰も彼もが死んだような眼をして、互いを押し潰すように建てられた家々の、生臭い湿気を吸った貧乏臭い板の色すら変わっていないように見えた。


この薄暗い貧民街に入る度、少女は思った。この町がこうある限り、この仕事は無くならないのだろう、と。

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