カナリヤ・カラス | ナノ
手の上に、見えない膜のような、泥のような何かがへばり付いている。
爪の隙間から入り込み、内側で蠕動するそれは、初めて人を殺した感覚だ。
(ぎゃあああああああああああああ!!!)
(眼が……ッ!アタシの、アタシの眼があああああッ!!)
目蓋の裏に、耳の奥に、あの日の光景がこびり付いている。あの感覚を忘れるなと言うように、何度も何度も繰り返される。
実感を伴った再上映。細胞の一部になるまで刻み込まれる感触。
これは捨てきれずにいる良識が見せる悪夢なのか。はたまた――。
「……忘れるなってことだよな」
夜明け前の部屋は、ほんの僅かに明るい。その薄ぼんやりとした闇に手を浸すように、天井に腕を伸ばす。
この町の人間として生きていくと決めてから、半年が経つ。
未だ自分は未熟で稚拙で青臭い、嘴の黄色い子どもに過ぎないだろうが――少なくとも、手首の辺りまではこの町に浸かっている。
もう、あの壁の中には戻れない。
だからこの感覚は、絶対に忘れてはならないのだと、ギンペーは手を握り締めて眼を閉じた。
今日も朝から仕事だ。過去に魘されている暇などない。