カナリヤ・カラス | ナノ


いつか、何処か。最早顔も思い出せない誰かが言っていた。


――恋は下心、愛は真心って言うじゃない。

――でもアンタは、下心しかないのに恋してくれやしない。

――誰にでもそうだから、それでいいんだけどね。


その女と夜を明かしたのは、それが最後だったことだけは覚えている。

他に記憶していることは何も無いが、漠然と、いい女だったなと思うのできっとそうだったのだろう。


そんな話をしたら、顔を叩かれた。自分と寝てる時に他の女の話をするな、と。


「鷹彦さんって、本当にデリカシーが無いですよね」


この間も、こんな風に頬に手形を残したまま出勤する破目になっていたというのに、と心底呆れた顔で雛鳴子が湿布を貼る。

一回り年下の、部下であり弟子である少女にそう言われると、多少堪えるものがあると鷹彦は僅かに眉を顰めた。


「そろそろ治療した方がいいんじゃないですかね。もう病気レベルですよ、その無神経さ」

「あっちの病気もらう前から罹患済みだったとはな。御愁傷様だ」

「それについて、お前に言われる筋合いは無いと思うのだが」


言動の無神経さでどちらが鼻に付くかと言えば、鴉の方だろう。

それが人の神経を逆撫でると分かっていて、鴉はわざわざそれを言うのだ。自分を詰る権利は無いだろうと叩かれていない方で頬杖を突いた鷹彦であったが。


「お前は素でやってるからタチが悪いんだよ」

「誠に遺憾ながら、鴉さんと同意です」

「マジか」


そういうところが問題なのだと、日頃鴉の無敗慮な言葉に憤っている雛鳴子にまで指摘され、鷹彦は素直にショックを受けた。いつも敢えて空気を読まない鴉のフォローに回っている自分が、彼にも勝るデリカシー欠如人間であったとは。


――ミイラ取りがミイラになるとはこの事か。


否。鷹彦の場合は、最初からミイラである。そのことに未だ気付けていないのがお前の駄目な所なのだと、鴉は机の上に乗せた脚を組み直し、新聞を広げ直した。

一面に因ると、皇華國からの舟が無事、国境ゲートを越えたらしい。皇華より訪れしVIPの出迎えに、かの牡丹夫人が赴いたとあって、都でも大層な騒ぎになっているようだが、これがセレブの華々しい外遊・外交にしか見えない人間は幸せ者だ。

国境ゲートの解放に、集められた各界要人。千載一遇、誰かにとっての美味い汁が湧き出している。この機を逃してなるものかと、砂漠の海の水面下で、ハイエナ共が這い回る頃合いだ。

高貴なる者達の遊戯場に自分みたいなのが招かれたのも、そういう輩に対しての保険なのだろう。


あれは気の良い奴だが、抜け目無い奴だ。彼の友情とは損得の上にのみ成り立つものであり、しかし、其処に利得ある限り、嘘偽りの無いものである。此方が有益であれば、彼は何処までも誠実で親密だ。だからこそ、便宜上友として付き合い続けていられる。

不測の事態に於けるカードを保持することで商機を掴むことがあちらの目的であっても、結果的に自分が美味しい思いを出来るならそれでいい。あちらに利用されながら、こちらも利用してやっているのだから、WINWINだ。

ちょうど今日からギンペーの特別休暇が始まったところだ。三日後の夜には舟に向かう手筈になっている。それまでに仕度を整えておかねばと、鴉は旅荷選びと必要品の買い出しについて思惟した。

力無く戸を叩く音が聴こえてきたのは、その直後だった。


「す、すみませぇん……」

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