カナリヤ・カラス | ナノ



バイオフォーセスbP。そう呼ばれた兵器が稼動していたのは、百年に及ぶ戦争の半分程度であった。


(これが例の?)

(ああ。”英雄”を喰った”怪物”が産んだ人型生物兵器……バイオフォーセスの一號機にして、オリジナルだ)


自我というものを手にした時分には、彼の目の前には戦場があった。

瞬きの間に人が斃れ、街が焼かれ、悲鳴と銃声が空に響く。そんな場所で、彼は無数の死を啄んだ。


兵士を殺した。老兵を殺した。将校を殺した。武器を取るには余りにも幼い少年兵を殺した。軍医を殺した。国から見捨てられた捕虜を殺した。命令に背いた者を殺した。四肢を失った者を殺した。病に斃れた者を殺した。理性を失った者を殺した。殺してくれと嘆願する者を殺した。助けられた者を殺した。逃げ惑う無辜の民を殺した。男を殺した。女を殺した。老人を殺した。赤子を殺した。犬を殺した。猫を殺した。鳥を殺した。自分を殺した。自分を殺した。

自分を、殺した。


(見ろ、bP。お前が背中を気にした結果がこれだ)


生まれながらに兵器であり、戦うことだけを求められ、殺すことが唯一無二のアイデンティティであった彼に、感情も感傷も不要だった。


余剰な機能は削ぎ落とせ。動作を鈍らせるものは切り捨てろ。殺すべきものを殺す以外のことは考えるな。


絶え間なく続く戦いの中、何度も何度も刻み付けられた。錆びた刃物で心臓を切り刻むように、痛みという痛みが色褪せるまで、知らしめられた。

兵器とはどう在るべきか。自分が何の為に生まれ、何の為に存在しているのか。五十年間、ずっと、ずっと、ずっと。


(お前の判断で、背後にいた五人の兵士は永らえた。だが、その代償に前衛にいた三十八人の兵士達が死んだ。そして、前衛部隊が半壊したが為に、撤退をよぎなくされた他の部隊の兵士も、五十六人巻き添えになった)


人を殺す度に自分を殺した。自分が兵器であることで、より多くのものを救う為。他ならぬ自分自身を救う為。

彼は、血も涙も流れなくなるまで、人間性と呼べるものを端から握り潰しては、誰の耳にも届くことのない号哭を上げていた。


(忘れるな。大義の為には犠牲はつきものだ。何も失いたくないなどという、腑抜けた甘えは捨てていけ)


戦いは、いつか終わるものだ。ならば、その終わりをいち早く迎えられるようにと戦った。血を洗う為に血を浴びた。骨を断つ為、自らの骨さえ断ち切った。

振り返れば其処に、死屍累々の地獄しか無くとも。いつか必ず、全てが報われる時が来るのだと信じて、彼は兵器として在り続けた。その手で殺めた者達に憑りつかれながら。


(馴れ合いでは、何も得ることは出来ないのだからな)


それが正しいと信じていた。それ以外の術を知らなかった。だから、殺し続けた。兵器として、求められるがままに。ただひたすらに殺して、殺して、殺して、殺した。

だが、それは全て無駄な努力だったのだと、彼は思い知った。


凍結されて五十年。そこから更に百年の時を経て、眼を覚ました時。其処には何も無かった。

何もかもが滅びていた。大地は乾き、海は干上がり、空気は穢れ、自分と同じ”怪物”の落とし子が蔓延り、人は辛うじて生き延びている。そんな世界を目の当たりにして、彼は自分が殺してきたものに何の意味も意義もなかったのだと痛感した。

五十余年にも及ぶ虐殺の日々も、その手で奪い取った命も、懸命に殺し続けた心にさえ、意味など無かった。


余りに救いが無さ過ぎて、それがどうにかなりそうなくらい可笑しくて。広大無辺の砂漠の中で一人、気が狂ったように笑い続けた末、彼は開き直った。


何一つとして無意味であったなら、それを嘆くことすら無価値で無益なことに違いない。ならば、この滅びゆく世界で自分は畏れ多いほど有意義に生きていこう。

百五十年前には出来なかったことをしよう。自由気儘にこの荒涼とした世界を飛び回り、やるべきことではなく、やりたいことをしよう。欲しい物を欲しいだけ手に入れよう。本能に忠実でいよう。自分に正直でいよう。不徳や不実にも手を染めよう。自分の為になることだけをしよう。これまで殺してきたものの数だけ、何かを生かしてみるのも悪くないかもしれない。適当に投げ出してみるのもいい。誰かに押し付けてみたって構わない。そんな、人間のような生き方をしていこうと、彼は救えなかった世界に降り立った。

それが、金成屋・鴉と呼ばれる男の始まりであった。

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