カナリヤ・カラス | ナノ



――”英雄”とは何か。


遠い昔、もう顔も思い出せない誰かと、そんな話をしていた。


――”英雄”とは、誰よりも戦果を上げた者であり、誰よりも敵を殺した者だ。


国と国が奪い合い、人と人とが殺し合う時代に於いて、”英雄”と呼ばれるものは凡そ虐殺者であると、そう答えた自分に、その人は言った。


――そう。時代が変われば”英雄”は虐殺者に成り下がる。

――では、百年二百年経った世界でも”英雄”と呼ばれるものは何か。

――きっとそれが、君の知るべき答えだ。


そう言って、何処かへ消えてしまった誰かの声が、今も胸の奥から聴こえる。それこそが、この心臓が未だに鼓動を続けている理由に他ならないと言うように。






吹き抜ける風に靡く黒衣が、バサリと音を立てる。

羽撃く鳥を彷彿とさせるその様を見開かれた眼で凝視しながら、雛鳴子は震える喉の奥から、今にも痞えてしまいそうな声を吐き出した。


「鴉……さん」


其処にいるのは、紛うことなく鴉であった。

無限の色彩を混ぜ込んだ黒髪も、悍ましく赤い瞳も、不遜な笑みも、何一つとして変わらない。
砲弾を受け、滑稽過ぎて笑えない程の勢いで吹っ飛んで、数十メートルの高さから真っ逆様に落ちて行きながら、彼は当たり前のように無事で、此処にいる。


人がどれだけ心配していたかも知らず、今になってのこのこ現れてくれるなんてと、悪罵してやりたい程度に憎たらしいのに、ただ其処に彼がいるだけで込み上げてくる想いに苛まれて、言葉が出ない。

そんな雛鳴子の心情を代弁するかのように、張り詰めたような静けさの中に怒声を響かせたのは、鷹彦だった。


「お前……!今まで何処に!!」

「悪い悪い。まぁ、なんだ。ヒーローは遅れてから来るっつーし、勘弁してくれ」

「馬鹿も休み休み言え!!どう考えてもお前はヒール面だろうが!!」

「てめぇふざけんな鷹彦!!面は関係ねぇだろうがよ!!」


先程までの緊迫感は何処へ行ってしまったのか。殆ど目と鼻の先に自治国軍が誇る最強の生物兵器がいるというのに、ぎゃーぎゃーと喚き合う鴉と鷹彦を前に、雛鳴子や夜咫、星硝子達は勿論、雁金も言葉を失っていた。

彼の登場によって、戦局は幾らかマシになったといえよう。だが、未だ予断を許さぬ状況だ。
夜咫と星硝子がいてもまるで相手にならなかったバンガイは、手傷を殆ど再生し、現状ほぼ無傷と言ってもいい。対する此方は総員満身創痍で、まともに動けるのは鴉一人。つまり、鴉はバンガイと一対一で戦わなければならないということだ。

先程は不意打ちが決まったが、もう奇襲は望めない。よって、これから鴉は、真っ向からバンガイと撃ち合うことになる。あの、刃を通さぬ鋼の体と無双の怪力を相手に、刀を武器としている鴉に勝機はあるのか。

次から次へと出てくる罵倒を口にするのに忙しい鷹彦と、それを端から打ち返していく鴉以外の誰もが、不安に塗り潰されていく中。呵々と愉楽を謳うような笑い声が、場の空気を張り直した。


「ははぁ……成る程。てめぇが三体めか」


声の主は、バンガイだ。

既に二人のブラックフェザーを制圧し、その想像以上の手応えの無さにフラストレーションを覚えていたところ、舞い戻ってきた三人め。
それが、他を圧倒する力を有していることは初撃で理解出来た。恐らく彼一人で、二人分のパフォーマンスをしてみせてくれることだろう。

詰まる所、さっきよりは楽しめそうだという期待に、バンガイは突き動かされているのであった。


――あんなものでは足りない。

百年に及ぶ眠りの中、絶え間なく戦いを求めてきたこの体が、あの程度で満足出来る訳がない。

血湧き肉躍る戦いを。血で血を洗う戦いを。肉を切らせて骨を絶つ戦いを。凌ぎを削り合う戦いを。鍔競り合いの戦いを。熾烈を極めた戦いを。死闘とも呼ぶべき戦いを!!


乾ききったこの体を満たすものは、凄絶なるストラグルのみであり、それ以外は何の気慰めにもならない。

骨の髄まで啜るように、味わい、堪能するのだ。命を奪い合うということを。戦いの中でしか生まれ得ない快楽を。文字通り、骨身に刻み付けるのだ。

それだけが、あの百年の餓えを満たす唯一の術と、バンガイは獣めいた笑みを浮かべてみせる。


「其処の二体に比べたら、随分高性能みてぇだな。bUと思っていたが……初期ナンバーの可能性も――」


だが、そんなことは知ったことではないというように、閃く刃がバンガイの喉奥を刺し貫いた。

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