カナリヤ・カラス | ナノ


金成屋の留守を預かって二日目。今頃、亰でてんやわんやの大騒ぎをしているであろう四人の姿を思い浮かべつつ、半ば私室と化した応接間で胡坐を掻く飾の姿に、メレアは口を真横に伸ばした。


「あっ、やっぽー、メレアん。待ってたよ〜」

「……私の記憶にある限り、金成屋の応接間ってこんなに物が多くなかった気がするんだけど、場所あってるよね」


畳みの上に敷かれた寝袋。これが無いと眠れないと持ち込まれたこだわりのマイ枕。その周りに散乱する石、着替え、石、アナクロな玩具やボードゲーム、石、着替え、石。それらがパンパンに詰められてきたのであろう大きな鞄。

子供だってもう少し上手く荷造り出来るだろうと応接間を見据えながら、メレアは岡持ちから注文の品を取り出した。


「軟骨の唐揚げ、ソーセージとフライドポテト盛り合わせ、ロシアン蛸焼き、揚げ焼売、生春巻き、チーズチヂミ……あとこれ、デザートの焼きプリンと杏仁豆腐ね」

「さんきゅー。あ、領収書には金成屋鴉さんハートって書いておいて〜」


人の金だからとはいえ、無遠慮にも程がないか。

居酒屋さながらに皿でごった返したちゃぶ台を見遣りながら、メレアは、これについては件のタダ券適用外と言ったなら、鴉はどんな顔をするだろうと想像しながら領収書にペンを走らせた。


テレシス騒動時の傷が完治し、先日安樂屋から退院した多岐は、これでようやく鴉達に礼が出来ると彼等に料理を振る舞う日を楽しみにしていたのだが、復帰一番、誰一人としてメンバーのいない金成屋から注文を受けることになるとは誰が予想出来たか。

多分、鴉達も予想していなかっただろうなと領収書にハートマークを書き加えたところで、メレアは半開きの眼で食卓を囲む面々を見回した。


「にしても……珍しいメンバーで集まってるね」

「そう?でも確かに、この面子が揃うってのはかなりレアかも」


彼等の何処に共通点があるのか。ゴミ町の誰もが疑問符を浮かべそうな顔ぶれは、トランプ片手に料理を摘まんではババ抜きの続きに興じている。

皿を並べる際、ちゃぶ台の真ん中だけわざわざ空けていたのは、そういうことか。いや、普通に中断して飯食えよと、行儀の悪さを窘めようか否かという顔をするメレアに、奇妙な一同は口々に、此処に赴いた経緯を語る。


「飾がヒマだーって電話してきたからさ。俺も店ヒマだったし、皆で遊ぶついでに鴉の金で飯食ってやろって思って」

「オレも、飾ねーちゃんに誘われて」

「私も雛鳴子さんの残り香を求めていたところお誘いを受けましてね!!合法的に金成屋に入れるチャンスと思い馳せ参じた次第です!!」


留守番の暇潰しとして飾に集められたのは、白鳥、ムク、キューという、共通点がまるで見出せない面子であった。

曰く「取り敢えず暇してそうで尚且つ来てくれそうなのから声かけた」とのことだが、よくこのメンバーを揃えて遊びに興じようと思えたものだ。喩えるなら、食卓の上にラザニアと筑前煮とトムヤムクンを並べるようなものだ。誘うにしても、もっと近しい間柄からチョイスすべきではないか。

普通に楽しそうにしているので、別に問題は無いのだろうが。何と言うか、見ている側が処理に困る――そんな光景だと、メレアは額に手を宛がい、深々と息を吐く。


「…………濃いなぁ」

「そう?全然美味しいよ」

「いや、味付けの話じゃなくて」

「あ、上がった」

「げっ、マジかよ」

「えー!またしとりん一抜けじゃーん!」


そうこうしている間に、チーム多国籍料理のババ抜きは進展し、一抜けした白鳥が本格的に料理を食べ始めた。


食が細そうに見えてこの男、意外にもよく食べる。取り皿に次々と料理を乗せていく白鳥を見て、早く抜けなければ目ぼしい品が無くなると察した飾とムクは、早めに上がらなければと札をシャッフルした。

一方キューは、特に慌てるでもなく、傍らに置かれたポテトの山に手を伸ばしているが、さてジョーカーを持っているのは誰なのか。
高みの見物に興じる白鳥にオレンジジュースを差し出されたメレアは、彼の隣に腰を下ろし、奇妙な面子の戦いを暫し観戦することにした。こんなに物珍しいデスマッチ、朧獄館でも見られまい、と。

斯くして、二人の観戦者の前で飾、ムク、キューは、トランプを回していく。手札は全員残り僅か。あと一組二組揃えば上がれそうというところだが、これが中々揃わないのだと、飾とムクは手持ちのカードを睨む。


「ってかさぁ、ババ抜きなのにポーカーフェイス使ってくるのズルくない? 今後ハンデとして、しとりんはババ引いたらオーバーリアクションして」

「そんなどっかの誰かさんみたいな」


料理を食べ進めていて、酒が欲しくなったのか。自宅から持ってきたであろう缶ビールを開け始めた白鳥は、自分の知る中で最もババ抜きが下手な人物を思い浮かべながら、ケラケラと笑った。

それが誰なのか、濁されても察したらしい。飾から札を引かれ、残り札あと一枚となったムクは、キューの手札の上で指を左右に動かしながら、その人物について最近小耳に挟んだ話を口にした。


「そういや、そのどっかの誰かさん、白鳥の弟子になったんだっけ」

「……そうなの?」

「流石、ミツ屋の次期頭目。情報が早いことで」


別段、内密にするようなことでもないが、率先して話すことでもないので誰の前でも話題にはしていなかった。

彼の方も、努力とは陰でするからこそ美談になるのだと、周囲には話していないようだったので、この事について知っている人物は現状、かなり限られているのだが――流石はゴミ町一の情報通。ミツ屋も将来安泰だなと評しながら、白鳥は弟子を取ることになった経緯を口にした。


「文じぃに頼まれてね。武器作ってもらってはしゃいで轟沈しないようにって、ちょっと鍛えてあげてたんだよ。俺とあの子じゃ武器も戦い方も全然違うから、教えてあげたのは死なないようにする方法くらいなんだけどね」

「ふーん……あっ、待ってキューちゃん。やっぱそっち引かせて」

「ふふふふふ。いいですよ、いいですとも。どうぞお好きなカードをお選びください」

「そんな揺さぶりには動じないぞ…………っとあああああああ揃わなああああい」

「……それで大丈夫なの?」

「何が?」


すぐさま関心をトランプに移した飾達に対し、メレアの方が存外食い付いてきたので、白鳥はビール片手に軽く首を傾げた。

心配しているのか。彼が知れば、喜んでいいのか憂いていいのか複雑な気持ちで悶えるだろうなと思いながら、白鳥がちびちびとビールを飲み進める中。メレアは、なんと無責任なと言うような顔で彼を見遣る。


「教えてあげたの、死なないようにする方法くらいなんでしょ。いざ戦うってなったらどうすればいいのか分からないんじゃ」

「ああ、そういうことね」


白鳥が師として彼に教授したのは、死なない方法だ。


何度も何度も、それこそ夢で魘される程に殺される経験をさせて、死なない為にはどうすればいいか。ただそれだけを体に教え込んだ。

戦わなければならない状況になった時、如何にして相手を倒せばいいのかなど一つとて教えてはいない。寧ろ、その手の話を持ち出された時は、一層激しく甚振ってやった。逃げる余裕の無い奴に、攻撃する余裕など無いのだ、と。

お陰で修行が終わる頃には、自分を見る彼の眼は、行き付けの店の気の良い店長から、人の皮を被った悪魔へと変わった。多分暫くは、しかけ屋の方に顔を出してくることはないだろう。
白鳥は思い出し笑いで喉を鳴らしながら、その点については恐らく心配いらないだろうと、眼を細める。


「大丈夫だよ。人間ってのは、びっくりするくらい簡単に死ぬ生き物だからね。死なない限り、殺せる機会なんて幾らでも見付けられるよ」


血を流し過ぎれば死んでしまう。頭と体が離れたら死んでしまう。息が出来なくなったら死んでしまう。そんな肉体を持つ生き物にとって、生きるというのは死ぬより難しく、死なないというのは殺すより難しいことだ。

故に、白鳥は彼に生き延びる為の術を、死なないようにする為の度胸を教え込んだ。

命のやり取りに於いて、最も重要なのは殺されないこと。殺されない限りは相手を殺すことが出来る。どんなに惨めでも、どんなに不様でも、生き残ったものこそが絶対的な勝者なのだ。
より多くを殺した者が最強ではない。誰にも殺されない者こそが最強なのだと、骨の髄まで叩き込んでやったのだ。彼がその教えを守れている限りは大丈夫だろうと、白鳥は穏やか過ぎていっそ悍ましい微笑みを浮かべた。


「だから俺は、彼に死なない術を教えてあげたんだ。人間の殺し方なんてのは、適当に殺していけば勝手に身に付くものだしね」

「…………」


その顔に竦んだのか。眼を見開いたまま硬直したムクからサッとカードを引き抜くや、札を揃えることに成功したキューは、場にトランプを放った。
其処でようやく意識がババ抜きに戻ったのか、「うわああああああ」と悲鳴を上げた飾とムクを横目に、キューは取り皿へ料理を運んでいく。

それを見て、飾が「生春巻きだけは取っておいてください!」と嘆願しながら、せっせと手札をシャッフルする中。あらかた目当ての料理を取ったキューは座布団に腰を下ろし、次の缶ビールを開けた白鳥にニッタリと微笑んだ。まるで、化けの皮が剥がれかけているぞと言うように。


「流石、”十二番目の悪魔”。元黒服最強のアサシンは伊達じゃないですねぇ」

「やめてよキュー。昔の話されると感慨深くなっちゃう歳なんだから」


しかけ屋とは、仕掛け――トラップの類を取り扱う店、という意味だけではない。あれの本義は、暗殺者――即ち、仕掛け人の店にある。

かつて福郎の命により、多くの人間を闇に屠ってきた最強最悪の暗殺者。”十二番目の悪魔”と呼ばれ、恐れられた男。それが、しかけ屋・白鳥だ。


きっと彼は、そのことを知らなかったのだろう。もし知っていたのなら、弟子になろうなどと考える訳がない。
誰より穏やかな顔をしていながら、この男――殺した人間の数だけなら、あのワタリよりも上なのだ。


平然と最後の一個となった生春巻きを取っていく白鳥を見据えながら、メレアは、今頃亰の何処かで阿鼻叫喚していそうな彼のことを思い浮かべた。


「……ほんとに大丈夫なのかな、ギンペーくん」


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