カナリヤ・カラス | ナノ


絶え間なく響く轟音。人々の咆哮。銃声。空気を震わせる程の足音の数々。
それら、此処が戦乱の地であると語り掛けてくる音を聴きながら、夜咫率いるレジスタンス精鋭隊は、自治国軍基地内部に侵入していた。


アルキバを構成する仲間の大多数が、流星軍と共に基地外部で敵の眼を引き付けてくれている間に、少数で基地内部へ攻め入る。

鴉の挑発――もとい、宣戦布告もあってか。現状、基地内はかなりの手薄だ。相手が此方の狙いを察知し、兵を引き戻す頃には、目的地に到達出来る見込みも持てる。


昨晩、夜咫・鴉・星硝子の三名を中心に組み立てた作戦は、概ね順調に運んでいた。だというのに、一部のメンバーの顔はどうにも煮え切らない様子であった。


「本当によかったんだど?大事な宣戦布告をあいつに任せて」


不服げな声で呟いた長元坊の声に、数名が無言のまま、小さく頷いた。


此処は彼等が長年追い求めてきた革命の終着点だ。勝っても負けても、これが最後の戦いになることには違いない。
そう分かっていても――否。分かっているからこそ、彼等は納得出来ずにいた。

亰の歴史に残るこの一戦。この鉄の大工業都市を取り巻く最後の革命戦争。その開幕を告げたのが、夜咫ではなく鴉だということを、長元坊達は今になって引き摺り始めていたのだ。


「あそこはやっぱり、夜咫の兄ぃがやった方が締まったど。兄ぃならもっとこう、ビシッとカッコイイことを」

「口と手を同時に動かせるだけ器用じゃないんだから、お喋りは控えなさい、長元坊。舌を噛むわよ」

「目白の言う通り。あれは陽動なんだし、どうでもいいこと気にしてないで、集中しなよ」

「むぅう……」


もう過ぎたことだ。今更あーだこーだ言ったところでやり直せる筈もないのだし、そんなことで覇気を欠かれては困る。
こんな調子では、危機感を持った自治国軍兵士に気の緩みを突かれると、目白と目黒は、両側から挟むように、長元坊の脇腹に肘鉄をお見舞いした。


最後の最後になって、尚も日の当たらぬ道を隠れ潜むようにしながら行くことに対し、晴れない気持ちを抱いているのは彼女達も同じだ。

今日この時までアルキバを牽引し、金成屋・流星軍という大きな戦力を引き込み、ついに悲願の打倒自治国軍政権に乗り出た夜咫が、陽の光を浴びぬままでいいのかと、何処か遣り切れないのは確かなこと。

だが、鴉に宣戦を任せ、その隙に基地内部に攻め込むことを、他ならぬ夜咫が望んだ。
雁金の首を獲り、この戦いに勝利することが出来るのであれば、体面などどうでもいいと。彼がそう言った時点で、自分達に口出しする理由は無いのだ。


だから、早々に気持ちを切り替えて、基地内部制圧に臨むべきと長元坊を諌めた、その直後。


「開封から三日経った炭酸水ばりに気の抜けた宣戦布告ではあった……が、お前らまで釣られて呆けてどうする」

「や、夜咫の兄ぃ」


目白と目黒、長元坊の頭を流れるようにトントントンと小突き、呆れたような溜め息を吐いた夜咫に、一同は口籠った。


言い訳出来る筈も無かった。今日という日を誰よりも待ち侘びてきた夜咫を前に、くだらないことに気を取られていた。その罪悪感から沈黙する面々の暗い顔を回視すると、夜咫は長元坊を始め、近くにいた何人かの背中を叩きながら前へ出ると、眼を瞬かせる一同へと振り向き、マスクに覆われた口を開いた。


「……今更、言葉など欲してくれるな」


自分はあくまで、リーダー代理。鳩子という光から生まれた影でしかない。

そんな自分が脚光を浴びる必要性など無いと思っていた夜咫であったが、もし彼女が――鳩子が此処にいたら、リーダーとして何をしたか。
彼女の代理を名乗るのであれば、それを成して然るべきなのだろうと、夜咫は、自分と同じく光を失くしたレジスタンス一同に向けて、火を焚くような言葉を掛けた。


「兵舎語混じりの演説など無くとも、お前らは死にもの狂いで戦える筈だ。……お前らは、腹の足しにもならん高尚な言葉の為に、今日まで虫のように這い回ってきた訳じゃないだろう」


此処にいる者達は、鳩子の意志をなぞり続けているだけの自分なんかよりも、余程強い想いと意志を持っている。

餓えに苦しみながら、貧しさに喘ぎながら、恐怖政治に怯えながら、格差社会に虐げられながら。それでも彼等は屈することなく、自分達の未来を変えようと立ち上がり、武器を手に取った。


それが、どれだけ高潔なものであるかを、夜咫は知っている。

何度傷付こうとも、多くの仲間の屍を踏み越えることになろうとも、立ち止まることなく此処まで歩いてきた彼等の心は、誰よりも何よりも強い。

それを見失うこと勿れと、夜咫は静かに声を上げる。


「思い出せ。お前達が求めたのは、明日食うパンと飲み水だ。思い出せ。お前達が夢見たのは、亰の頂上でふんぞり返る連中を引き摺り落す瞬間だ。思い出せ。泥水を啜って餓えを凌いだ苦痛を。上から降ってきた生ゴミに歓喜した屈辱を。時に石を投げられ、唾と罵声を吐き掛けられた怒りを。それは、言葉なんてものよりも確かな、お前達の感情。お前達の闘志の根源だ」


何の為に立ち上がったのか。何の為に戦い続けてきたのか。何の為に此処にいるのか。
それを思い出せたなら、他に何も要らない筈だ。彼等の意志は固く、覚悟もとうに決めているのだ。長ったらしく飾り立てた言葉など無くとも戦える。

次々と火が灯っていく一同の眼を見ながら、夜咫は獅子吼する。


「それでもお前らが言葉を求めるのなら、この戦いが終わった後にしろ」


リーダー代理として、夜咫・クロフォードとして、彼は願う。

これが正真正銘、最後の戦いとなることを。一人でも多くの仲間と共に、亰の夜明けを迎えられることを。


これまでもこれからも、代理でしかない自分についていくと誓いを立ててくれた者達の為に、これが餞別になどならないようにと祈りを込め、夜咫はブレードを一本、天に掲げた。


「欲しければ勝ち取れ。与えられたくば生き残れ。お前達の求めるものは、この革命の先にある」

「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」


例え今が暗がりの中にあろうとも、道を切り開いた先には光がある。
この革命が成し遂げられた時。それこそが、彼が本当の意味で陽を浴びる瞬間なのだと、一同は咆哮した。


もう、迷いは無い。今こそ、獣のように躊躇わず、目の前の敵を薙ぎ倒すことだけに専念しようと、改めて誓いを立てる同胞達に、夜咫はほんの少しだけ眼を細めると、すぐに踵を返し、前を見据えた。


自分達が作戦を遂行するに辺り、非常に重要な人物が一人、砲弾を食らって吹っ飛ばされた等と露知らず。


「行くぞ。狙うは古代兵器・バンガイだ」

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