カナリヤ・カラス | ナノ





その鳥は、狡猾にして獰猛。

不幸を運ぶ不吉の象徴、死の使い。ゴミ山を飛び交い、死肉を啄む汚れた鳥。


関わってはならない、眼を合わせてはならない。

赤い眼に入ったが最後、逃れることは出来はしない。


ゴミ町に生きるその男は、忌み嫌われる鳥と同じ名前をしていた。






「お金が、ないです」


その一言は、白旗を上げる寸前の者が自分の手を食い止める為の、抗いの言葉であった。

机に突っ伏して、少しでも絶望感が緩和されやしないかと、己の悲しい財産事情を口にしてみた雛鳴子であったが、それは周囲の空気を灰色に淀ませ、虚しさを膨張させ。
あぁ、やはり言うべきではなかったという後悔の念が、彼女の気分を更に暗くした。

そんな彼女を気遣ってか、この空気の居た堪れなさを打破したいのか。
書類を眺めながら煙草を吹かしていた鷹彦は、暫し考えた後に、重々しく口を開いた。


「……まぁ、月末だしな」


無論、そういう問題ではないことは分かっている。

給料日前に金がない。社会に出て働く人間のおおよそに当て嵌まるこの現象が、彼女を苛んでいるのではない。
生活費は保護者という名の飼い主が支払い、自身の蓄えを散財することもない彼女を苦しめているのは、借金であった。

十五歳の少女が背負うにしてはあまりにも巨額、あまりにも途方のない負債。
その総額、なんと一億。それが、雛鳴子をドン底に陥るまでに悩ませていた。

これだけの借金を背負う前も、彼女は月末には決まってこのように嘆いていたが、今回はその嘆きっぷりもまた一塩であった。


先月まで、雛鳴子の借金はおよそ一千万で。残された猶予の中で、返せないこともなくなりつつある金額であった。

だが、それが先の青嵐山当主求婚騒動により、一億へと変わり。
場の勢いやら何やらで再契約を交わし、それを返済することになった雛鳴子だが、月末になって改めて、一億という金額の大きさに絶望せずにはいられなくなったようだ。


今月、彼女は実によく働いていた。

積極的に営業に向かい、月の会からの依頼もあれこれ受けて、顧客の返済回収もよくやっていた。
そうして出した儲けは、彼女が金成屋の業務を始めてから一番大きな額になっているだろう。

この調子でやっていけば、延びた返済期間内に完済も可能なのではないか。
そう思ったところで、爪を食い込ませてくるのが彼女の課せられた「特別契約ルール」であった。


「うぅ……あれだけ頑張って稼いだのに、半分もがっつり持ってかれるなんて…モチベーション下がりますよ……。
失敗分を帳消しにするのにもお金入れたら、手元に残る金額なんて雀の涙……いえ、ひよこの涙です…」

「……まぁ、なんだ。君は、よくやったよ……」

「慰めるなら過去形にしないでください……」


いよいよお先真っ暗だと沈む雛鳴子と、その向いでどう言葉を掛けるべきかとおろおろしているギンペーには、金成屋の通常の契約とは異なるルールが定められている。

本来、金成屋は返済期限がなく。その代わりに借り受けた倍額を用意することと、何がなんでも金を返す必要があるのだが、
この二人が遵守するルールに関しては、倍額返済以外、ある意味通常契約とは逆と言えた。


「このままじゃ、私は鴉さんの性奴隷……しかも、一億分何されるか分かったものじゃないときてます……。あと五年……短い人生です………」

「……奇跡を、祈るんだな」


雛鳴子とギンペーは、それぞれ担保を用意している。

片やその人生、片や忌み嫌う実家にて受け継ぐ筈であった工場の権利書。
二人は契約金を返済出来なかった場合、これらを鴉に献上することを条件に、金成屋で働き、そこで得た利益を返済に充てることを許可されている。

これだけならば、借金完済も夢ではないのだが――あの男がそんな優しいルールを設けてくれる訳もなく。
金成屋の仕事は仲介料とし、雛鳴子達が回収・あるいは用意した金から半額が引かれ。更に、仕事を失敗した場合はその倍額が請求される。

その失敗分の金額は月末に請求され、それまでに用意出来なかった場合は来月に繰り越されるのだが、金額は倍になって圧し掛かる。
この悪魔めいたシステムは、しくじりさえしなければどうということはないように思えるが、そう簡単に仕事が上手くいくのなら誰も苦労はしない。

どれだけ手慣れた業務でもミスは起こるし、おまけに此処は不測の事態ばかりの無法地帯・ゴミ町だ。
思うように回収が捗らず、子供だからと舐められて門前払いを喰らうこともあるし、
それに憤慨し認識を改めろと暴れても、相手の収入源を断って本末転倒な結果に陥ってしまうこともある。

何より、そうした仕事をしていく上で必要な道具の出費も、痛い。


女だてらにこの町で戦い抜く為にと、爆弾やトラップの類を武器にした時点で覚悟していたことだが、
塵も積もれば山となるとうに、一つ一つは大したことのない額も重なるとかなり大きい。

返済の為にと仕事を受け、その仕事を達成する為に金を払い、装備を整え…成功報酬は半分がっつり持っていかれ、
その残りを返済と、次の仕事の費用に回す。このサイクルでは、いつまで経っても一億に王手を掛けることは出来ないと、雛鳴子は嘆いた。

しかし、自分はまだまだ非力な小娘で、金惜しさに装備に手抜かりをすれば、出来た筈の仕事もしくじってしまう。
弱い己を呪っても、力も金も舞い降りてこない。何かしらの奇跡がなければ、現状は打破出来ない。


不安と披露で更にブルーになっていく雛鳴子であったが、不幸中の幸いという言葉があるように、この幸薄い少女にも一つ好機が巡ってきた。

それを運んできたのはコウノトリなどではなく


「突然だが、来週は店閉めて外出んぞ」


頭の天辺から爪先まで黒に染まった災厄の化身、鴉であった。


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