カナリヤ・カラス | ナノ
倹約と吝嗇、支出と浪費。この境界線が分からぬものは、暗愚である。
金とは、使えばいいという訳でもないが、使わずにいては無価値も同然。
然るべき時、然るべき額を投じる。それこそ、金の正しき使い道であると、雛鳴子は常々自分に言い聞かせてきた。
硬貨一枚ですら、命運を握る返済生活。
勝てば自由、負ければ奴隷の博打に臨むに辺り、何より大事なのは、稼いだ金の割り振りであるからだ。
「ねぇ雛ちゃん、これとかどうかな?」
「……ちょっと高いんじゃないかな。確かに一発の威力は高そうだけど、使い捨てってことを考えると……」
力無きものが、文字通りの即戦力を得る為に必要なのは、金だ。
腕力の不足は、財力によって賄われる。
しかしこれもまた、ただ金を投じて終わりという訳ではない。
武器を買うにしても、人を雇うにしても、金額や用途、使い勝手を考えなければ空費に終わるし、最悪、それが自分に牙を剥くことだってある。
自分に扱えるか、値段に見合っているか。それを熟慮し、正しく投資するのが、この不浄の地を生き延びるコツだ。
ゴミ町に来てから三年。身を以て学び、モノにした虚しい生存戦略に従い、雛鳴子は棚の商品を物色する。
そんな彼女のアドバイスを参考に、ギンペーは自身の買い物を選別していた。
戦う為の武器として爆弾やトラップを扱う雛鳴子と異なり、彼はあくまで護身用として、それらを用いている。
自分の身を守るどころか、逃げる隙を作るのが手一杯の内は、かつての雛鳴子のように、安定した火力のある爆発物などを使用しているのが一番だ。
彼女の場合は、自身のスタイルに合っているという確信から、それらをそのまま武器としたが、自分はどうか。
現状、そんなことを考えられる域にさえ、ギンペーは達していなかった。
一応、日々体を鍛え、仕事をこなす上で幾つかの危険と対峙してきて、経験も積んで来てはいる。だが、ギンペーは未だ、この町で戦えるレベルではない。
何が自分に適しているのか。それを考える以前に、実力も、キャリアも不足している。
故に、今もこうして、手榴弾などを買って日々を凌いでいる訳だと、ギンペーは小さく息を零した。
そういえば、前もこんな風に此処で悩んでいたなと、ギンペーは視線を商品棚からカウンターへと移し――間もなく、その先に鎮座する見慣れぬ物体に瞠目した。
「白鳥さん、何っすか、それ」
「あぁ、これね。倉庫整理してたら、出てきたんだ」
カウンターで異国のものだろう本を捲る白鳥。その隣には、しかけ屋の商品としては余りに異質な物が置かれていた。
細々とした物が犇めくしかけ屋の中で、否が応でも目に入る、どっしりと大きさ。蛍光灯の下で光り輝く、銀色のボディ。
倉庫から出てきたと言われて納得の、所々に付いた小さな傷。
どうしてそんな物がしまわれていたのかと、雛鳴子も視線を其方に向ける中。白鳥は笑いながらそれをぱしぱしと軽く叩いた。
「昔乗ってたんだけどねぇ。エンジンの調子悪くなったり、車買ったりして、全く乗らなくなったものの、何か捨てられなくて取っておいてたんだよね。今見たら、どう考えてもいらないのにさ。アッハッハ」
それは、原付バイクだった。
今の時代から見たら、随分とレトロな乗り物だ。それこそ、何処かのゴミ山を漁ったり、砂漠をサルベージしたら出てきそうな程度に。
大戦前に作られていたモデルの車を愛用している鴉然り、この町にはそういう物を好んで使う人間が多いが、白鳥もその一人だったらしい。
「手入れしたらまだ全然使えると思うんだけど、よかったらどう?タダでいいからさ」
「タ、タダっすか!?」
「落ち着いてギンペーさん」
白鳥の言葉に食い付いたギンペーの首根っこを掴んで、雛鳴子は静かに窘めた。
タダというのは、大変に魅力的な響きだが、タダより高いものはない、という格言がある通り、美味しい話には裏があるものだ。
いざ手にして、捲ってみたその時に後悔しても、既に遅し。
二つ返事で受け取るよりも先に、様々な方向から見て、本当に貰い受ける価値や必要性があるのか考える。
物が大きければ大きい程、慎重になって然るべきだと、雛鳴子はギンペーに、原付を譲ってもらうリスクについて説いた。
「タダって言っても、手入れにかかるお金考えたら、結構な額になるかもだよ。それに、こんな古いのじゃ部品探すの大変そうだし……都の修理店じゃ直してもらえないんじゃない?」
素直に原付を頂戴するに辺り見過ごせない問題として、まず、これが今使われていない物というのがあった。
物は、使われなくなればどんどん劣化していく。丁重にしまわれていたとしても、湿気や埃、錆に侵される宿命にある。
それに、白鳥が「エンジンの調子が悪くなった」と言っていたのも気になるところだ。
こうも古いタイプの原付のエンジンだ。新しく取り替えなければならないようなことになれば、部品のある場所を探すだけで相当苦労するだろうし、相場も分かったものではない。
最悪、何処にも換えのエンジンが見付からず動かぬ鉄クズになるか。良くてバイク一台買える金を叩く破目になるだろう。
しかもそれが、今後原付が故障する度に起こると想定すれば、此処でこれを貰い受けて得になるとは思えない。
よって、雛鳴子は冷静に考えて、ここは断った方がいいのではと考えていたのだが。
「まぁ、代金についてはノーコメントだけど、修理自体は心配いらないよ。この町には、都の技術師顔負けのスーパーメカニックがいるからね」
「「スーパーメカニック?」」
ゴミ町にまるで相応しくないワードに、雛鳴子とギンペーは揃って首を傾げた。
時に、壁外にいるのが疑問に思われるような優れた技術を有する人間が、ゴミ町には埋もれている。
医療に精通した燕姫や、武器の設計・製造のスペシャリストである文次郎がその一例だ。
そういう人物がいると分かっていても、メカニック――それも、スーパーが付くレベルの逸材がいるとは。
この町は本当に、深いというか、カオスというか。
しかしどうせ、ゴミ町の人間であるからには、そのスーパーメカニックとやらもとんでもない人間なのだろう。
金に関して情けも容赦もない燕姫然り。偏屈そのものの文次郎然り。何処かしらに、見過ごせないレベルの異常性を抱えているとみて、間違いない。
今度はどんなとんでも人間が出てくるのかと想像するだけで、自然と苦笑いが浮かんできそうになる。
体の半分以上がサイボーグ化してるとか、機械に対し欲情する性癖持ちとか。そういうタイプが来るのではと、雛鳴子とギンペーが想像していた時だった。
「家電でもバイクでも大戦時代の兵器でも、彼女にかかれば朝飯前だよ」
「……彼女?」
「っと、噂をすれば何とやらだ」
予期せぬ白鳥の言葉に吃驚するも束の間。背後の階段から、こつこつと足音が響いてきた。
まさか、と振り向いて、雛鳴子とギンペーは揃って、眼を見開いたまま硬直した。
階段を一つ降りるごとに揺れる、ミントグリーンの髪。薄暗いしかけ屋の中で、宝石のように煌めく緑色の双眸。
華奢な体に見合わぬ岡持ちを持って現れた、見目麗しい少女に、二人が呆気に取られる中。
何となく雛鳴子達が考えていたことが見えていた白鳥は、可笑しそうに笑いながら、少女を紹介した。