カナリヤ・カラス | ナノ


世界大戦の終幕から凡そ百年。

あらゆるものが灰と化し、あらゆるものが瓦礫に埋もれた至上最悪の戦いが幕を閉じ、国は瓦礫の街と不発弾が残る焼野原を置き去りに、堅牢無比の城壁の中に都を構えた。

残された壁外には、内部から不要物と見做された物が放棄されるようになり、やがて廃墟や土地を覆う程のゴミ山が築かれ。鉄クズや粗大ゴミと同様に都から弾かれた犯罪者や孤児が、それを根城にするようになり――そうして、壁の傍らには、不要物の町が出来た。

国に、人に、世界に見放されたその町はいつしかゴミ町と呼ばれ、廃棄物犇く無法の地で、人々は欲望と狂気のままに生きていた――。



「はぁ……はぁっ……はぁっ……!」


一人の少女が、ゴミの山の間を駆けて行く。まるで絹のようなプラチナブロンドの髪をたなびかせ、浮浪者の視線も気にせず、少女はひた走る。

少女は歳の頃、十二といったところか。幼いながらに美しいと感じさせる、整った顔立ちのせいか。煤だらけの汚れた布きれのような服を着て、裸足で地面を蹴っていても、その姿はゴミ町の雰囲気から外れているように見えた。


「糞! すばしっこいガキだ!!」

「オイ、撃つんじゃねーぞ! 大事な商品になるんだからよ!!」


その少女を、後方から数人の男達が追いかけていく。

顔に傷があったり、サングラスをかけていたりと、何れも人相の悪い顔をした男達に少女は追われていたが、それを気にすることなく浮浪者達はゴミを漁り、孤児達は腐りかけの奇妙な缶詰を取り合っていた。


此処ゴミ町で、こんな光景は珍しくなかった。

あらゆる悪事が蔓延り、無法者が闊歩するこの町では、誰かが死ぬのも誰かが売られていくのも日常で。そういった面倒事に首を突っ込むようなお人よしも、この町にはいなかった。

それを知っていても尚、少女はこの町に逃げて来た。高く聳える城壁の向こうから、彼女は逃げて来た。


「いたか?!」

「しっかり探せ! まだ近くに隠れてるかもしれねぇ!!」

「あのギャンブル狂いのポン中親父から絞れるもんはあれしかねーんだ! 絶対逃がすんじゃねーぞ!!」


次第に人数を増やしていく追手達から身を隠し、少女は生臭いゴミの山に凭れて潰れそうな肺を休めた。

近くにぶんぶんと蝿がたかるネズミの死体があることには抵抗を覚えたが、今更移動する気にもなれず、少女は深く息を吐いた。


逃げる途中で何か踏んだのか、ばっくりと切れた足の裏の痛みは、もう感覚がない。

痛みが過ぎると感覚がなくなることは、常日頃浴びせられていた父親からの暴力で知っていた。自分を借金のカタに売った父親から学んだことと言えば、そんなこと位だった。

娘を捨てて、我先にと逃げ出した母親は捕まったのだろうか。もう、考えるのも面倒だった。ただとにかく、あの最低な父親の都合で自分の人生が食い潰されるのは耐えられない。それだけが少女の痣だらけの脚を動かす原動力だった。


あの男達に捕まればどうなるか、凡そ見当がついていた。

都の中でも特に治安が悪い地域で暮らしていた彼女は、自分と同じように売られていく少女の話を聞いたことがあった。変態の慰み者にされ、死ぬまで豚のような人生を過ごすことになる、と。


「…………はぁ」


少女は膝を抱え込んで、大きく溜息を吐いた。

どうして自分がこんな目に、という気持ちをこうして吐き出さなければ、ぺしゃんこになってしまいそうだった。

隠れられる場所が多そうだと逃げ込んだこの町も、いつ自分に牙を剥くか分からない。この町にいる人間は、自分を追いかけてきている連中と、殆ど変わらない人種ばかりなのだ。


そう、壁の中も外も、変わりはしない。少女にとって、何処も等しく、苦痛が跋扈する生き地獄だ。


「いたぞ! あのガキだ!!」

「!!」


少女はまた、弾かれたように走り出した。

乱雑に積み重ねられたゴミの山をかき分けるように進んでいくと、入り組んだ住宅地に入る。今にも倒壊しそうな家屋の群れや、軍艦アパートの間をすり抜けながら、少女はひたすらに走った。

何処にも救いがないことは分かっている。だが、それでも奇跡を望まずにはいられない。
次第に男達との距離が縮まろうとも、少女は諦められなかった。


(誰か、誰か、誰か、誰か!!!)


この期に及んでも、誰かに縋るしかなかった少女は、祈るような想いを抱えながら、我武者羅に走っていく。

そうして、まさに運命の分かれ道とでも言うべき路地に、彼女は辿り着いた。
直感で選んだその曲がり角――其処で、彼女の運命が変わった。


「きゃあぁ!!」


ドンと何かに弾かれて、少女はその場に尻餅をついた。

咄嗟に地面についた手に砂利が食い込む。その痛みに顔を歪めたのも束の間、自分の脚が止まったことに気が付いた少女は、さぁと青褪めた。


「はっは、長い鬼ごっこだったなぁガキぃ」


既に退路は塞がれた。元来た道では、追手の男達がニタニタと笑いながら此方を見ている。

腰を抜かした少女は、見開いた眼をそのままに、項垂れた。

もし違う場所で曲がっていたのなら、こうなる事も無かったのではないかと、確かな絶望を感じながら。


(ここまでだ……)


いよいよ、立ち上がれる気さえ失せた。

男達を突っ切って逃げれる可能性があったとしても、それを試す気にさえなれない。もう駄目だという想いにやられ、少女は打ちひしがれてしまっていた。


――だから、彼女は気が付けずにいた。

自分に何が当たったのかも。この道を選んだことで、自身の運命は大きく変動したということも。


「よう兄ちゃん、感謝すんぜ。このガキすばしっこくって困ったんだ」

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