カナリヤ・カラス | ナノ


今から百年前、この国――天奉皇国は、天奉大帝國から名を改めた。

その理由は、そこから更に百年前に開戦した、至上最悪の世界大戦。通称、百年戦争の終戦にある。


百年にも及ぶ戦争は、その間積りに積もった恨みを糧に、引くに引けないという理由一つで、絶え間なく続いていた。

だが、兵も、武器も、土地も。何もかもが限界を迎え、これ以上続ければ、誰が勝とうと遠からず破滅が待っていることを人々が認め。
世界は完全に滅びるその前に、手遅れ過ぎる終戦を迎えた。

大量の負の遺産と、甚大過ぎる被害を抱え。ただ一つ、戦う義務からの解放だけを得た人類は、死にかけた世界でどうにか生き続けた。
皮肉なことに、大戦により異常発達したテクノロジーが、何も無くなった世界を、ぎりぎりのところで回す術を人々に齎してくれていたのだ。

しかし、他を滅ぼすことを目的とした悪意により生まれた技術が、善にのみ転ぶことはなく。
見えないところで、今も人は大戦の残り香に燻り殺されようとして。その濃い悪の香りは、此処ゴミ町にも迫ってきているのだった。



「ったく、どうなってやがんだよ」


ぺっと唾を吐き捨てるようにそう言って、鴇緒は鶴嘴に引っかかった臓腑を、ぶんと薙ぎ払った。
吹き飛んだそれは、辺りに散らばった無数の肉片の山へとべちゃりと落ちて、やがて溶け込んで何処にいったのかも分からなくなる。

見渡す限り、死体。この町では、そうそうないにせよ、珍しくもない光景だった。
ただ、転がる屍が見たことも無いような生物のもので。しかもそれが、人間めいているというのは、多少堪えるものだ。

鴇緒は顏に付着した返り血と、うっすら掻いた汗をリストバンドで拭いながら、周りを見回し、仲間達の安否を確認した。


掃除屋にそれらが押し寄せてきたのは、つい数分前のことだった。

買い出しに行っていた仲間三人が、突然襲撃を受けたとの連絡を受け。一体どこのどいつだとアジトから外に出たところ、鴇緒の目に映ったのは、四つん這いの何かに追いかけられる仲間達であった。

両手に荷物を抱えた、掃除屋の中では戦闘力に欠ける女子二人と、彼女達を庇いながら異形を必死に払おうとする、護衛にとつかせた男一人。
彼等を見て、鴇緒は何が起きているのかと考える前に踏み込んで、襲い掛かる異形を駆逐した。

だが、即座に次の襲撃者に見舞われたかと思えば、気付けば掃除屋は人の形をしたものに囲まれていて。その処分を終えたのが、まさに今さっきのことだった。

異形の生物は、一匹一匹がそれなりの強さを持っていたが、所詮それなり止まりであり、ゴミ町四天王が一人である鴇緒の敵ではなかった。
彼の仲間達でも対処は可能であったし、また群れで来られても、大きな問題はないようにも思える。

だというのに。鴇緒はどうにも嫌な胸騒ぎがして、自ら築いた死体の山を見ても一段落出来る気がしなかった。

これらが、人の形をしているからだろうか。どうにも、嫌な匂いがしてならない。
嗅ぎ慣れた血肉の、ではなく。もっと濁った、蝿すら集らないような人の悪意の匂いが。散々それに曝され続けてきた鴇緒には、それが感ぜられてしまったのだった。

と、そんな時。
PRRRRR、とけたたましい音を立て、彼の携帯電話が、血生臭い空気を震わせた。

こんな時に、と顔を顰め、相手によっては無視を決め込もうとした鴇緒であったが。
携帯電話に表示された呼び出し相手の名前を見た瞬間。彼は、これは放っておけるものではないと、渋々ながらも応答した。


「……もしもし」

「もしもし。通話に出られる余裕があるようで何よりだわ、掃除屋くん」


耳を打つ涼やかな声は、燕姫のものだった。



鴇緒が、鴉の手により過剰な上昇思考を潰される前。
ゴミ町四天王をかっ喰らい、頂点に立とうとしていた彼が、最も気掛かりにしていた存在が、彼女。安樂屋院長にして、四天王唯一の紅一点・燕姫だった。

他の二人よりも遥かに劣るであろう戦闘力に、持っている組織も小規模の部類に入る彼女を、何故警戒していたのか。
その裏には間違いなく、ワタリの存在があった。

町内会参加者なら、容易く手に掛けられるだろうと思っていた当時の鴇緒ですら、ゴミ町最強と謳われるワタリの存在は危惧していた。
だからこそ、デッドダックハントの日。鴉との小競り合いを止められた際も大人しく引き下がったのである。

いつかはその首を掻こうとは考えていたが、そのいつかに至るまでは牙を剥かずにおこうと。そう思わせる威圧感を、ゴミ町最強の男は有していた。
そんな男を飼っていて、かつ利益の為に無駄な争いを好まない燕姫には、注意を払っておこうと。以前からそう思っていた鴇緒だが、その認識を更に強めたのが、例の事件である。


「……その言い振りからして、あんた何が起こってんのか把握してんだな」

「把握、と言える程には理解しきれていないわ。だからこそ、貴方に連絡したのよ」


あくまで穏健派であった筈の燕姫が怒り、それにより、かつての鴇緒すらも退かせていたワタリが動き出した。
そんな事態が起こってしまった以上、燕姫の動向には気を配らなければならない。
故に、鴇緒は彼女の名前を見た瞬間、諦めたかのように通話に応じたのだが。どうやらその姿勢は正しかったようだ。

突如見舞われたこの災厄。それは、燕姫が抱えると宣言した、連続殺人事件と繋がっている。それが分かっただけで、鴇緒には大きな収穫であった。
訳も分からぬ道に立たされた時に、導が打ちたてられるというのは有り難い話だ。

鴇緒は顏を出した余裕で口角を上げ、燕姫の声へと耳を向けた。


「仕事の依頼よ、掃除屋・鴇緒。今恐らく、貴方の周りに散らばっているであろう死体を片付けて、こっちに持ってきて頂戴。道中も、同じような死体があれば同様に」

「OK、女帝殿」


ぷつ、と通話を切って、鴇緒は携帯をつなぎのポケットへと捩じ込んだ。


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