カナリヤ・カラス | ナノ


「うーー…」


頭から湯気を出すように思考回路を巡らせど、演算能力のたかがしれた頭では結論は容易く導き出されない。

迷いが生じるのは、賢い人間も愚かな人間も変わらないだろうが、己の問題の処理の仕方が前者と後者では異なるものである。
こんな時、迷わず自身に必要な選択をさっと出せるものこそ理想的であり、ギンペーのようにただ唸って結論を先延ばしにていくのは、お手本のような間違った例だろう。

時は金なりという言葉があるが、あれは時間を有効に使える賢さを持つ者は成功するという意味だと雛鳴子は思う。
不必要なところでは一切使わずに、しかし時に気まぐれで持て余してみたりもする。そんな人間こそが金を得るのだと、この町の、奇しくも財力を得た者達を見ていて、そう感じた。

では自分はそうなれるかというと、残念なことに当分は叶いそうにもなかった。

ギンペー程ではないにせよ、少ない自由賃金内でのやりくりを考え、それが果たして正しいものかと再計算して、悩んだ末にようやく商品をカゴの中へと入れている内には、自分はまだまだ未熟だと痛感してしまう。

はぁ、と小さな溜め息を吐く雛鳴子の横で、未だにうんうん唸っているギンペーがその憂鬱を理解するには、まだ時間が掛かりそうだ。


「随分お悩みみたいだね」


そんな悩める若者二人に、からからと笑い声が投げかけられた。然程大きな声量ではないが、地下の店内にはよく通るその声の発生源は、店主の白鳥だ。

雛鳴子とギンペーは揃って彼の方を見ると、それぞれ眉を顰めたり下げたりと、真逆の反応を示した。それはそのまま、彼女らの思考のベクトルの方向を現しているのだろう。
面白いなぁと白鳥が目を細める中、すっかり棚から目を離したギンペーの嘆願するような声が響いた。


「俺もそろそろ、自分の武器が欲しいっていうか…例えば鴉さんの刀とか、鷹彦さんのワイヤーフックみたいな。あぁいう、○○と言えば俺!
みたいなのが欲しいんっすけど……白鳥さん、何かいいのないっすか?」

「んー、ないねぇ」

「返答早っ!!も、もうちょっと考えてくださいっすよ!俺は真剣に悩んでるんすよ!?」

「ハハハ、ごめんごめん」


ギンペーが目をかっと開き、必死の形相で訴えてくるのが可笑しいらしく、白鳥は軽く声を上げた。

が、すぐにそれも落ち着け、白鳥はレジ台に肘をついて頬杖すると、困ったように眉を僅かに八の字にした。


「でもねぇ、此処にはギンペーくんに合う武器はないと思うんだ。銃火器の品揃えはご覧の有り様だし、爆弾類じゃ君の望むレベルには届かないだろうしね」

「ナ、ナイフとかは?」

「見た感じ、君に刃物は不向きと俺は思うね」


しかけ屋はあくまでトラップ系がメイン商品であり、銃火器の類は偶然手に入った物を適当に置いてるに過ぎず、品揃えはたかが知れている。
ナイフ類も、銃火器よりは充実して揃えられているとは言えど、トラップに活用出来る範囲内の物くらいしかない。

だが、仮にそれらが十分過ぎる程に揃っていたとしても、そこからギンペーに合う物は選出されることはないように思われた。それは何となく、ギンペーも自覚していることであった。


この町に来てまだ一ヶ月と少し。徐々に、というか緩やかにこの町に馴染みつつある彼だが、生粋のゴミ町住人達には何一つ及ばない。

勝てるところがあるとすれば、自慢の逃げ足と隠れスキル位だが。それが通じる相手も限られてくるもので。
まだまだただの少年に過ぎない彼が、目標たる鴉や鷹彦のようになるには、足りないものが多過ぎる。そして不足点が多ければ多い程、今の彼が手に入れられる力にも限度がある。

それでも、向き不向き位は知りたい。そんなギンペーの心境を、雛鳴子も白鳥も見抜いていた。故に、この場ではっきりさせるべきだと、白鳥はやや厳しめの助言をギンペーに授けた。


「護身程度には持ってていいだろうけど、戦闘にとなると難しそうだ。デッドダックハントの話を聞いた限り、君のウリはその脚にあるみたいだしね。接近系はあまり向かないと思うよ」

「……そうっすか」


こう言われるのは分かっていたので、ギンペーは肩をがっくり落とす程度の落ち込みで終わった。

それでも、突き付けられた現実は中々に痛い。期待は僅かにと留めていた筈だが、寧ろ希望を小さくした分、痛みが増した気すらしてきた。


「……一体、何が俺には向いてるんっすかね…」


しょげ込むギンペーに、雛鳴子は何か声を掛けようかと迷った。
だが、何を言っても慰めにもならなそうで、雛鳴子はいい案はないかと視線で白鳥に助けをも求めた。すると。


「それが分かるのは当分先になるだろうねぇ……でも、今から判断材料の為に視野を広げて見るのもアリかな」


白鳥の口から出た意味深な言葉に、項垂れていたギンペーがばっと顔を上げた。
まるで魚が頭上から餌を垂らされたようなその反応に、雛鳴子は半歩たじろぎ、白鳥はにこっと、何処か後ろ暗さを感ぜさせる笑みを浮かべた。

白鳥のその表情に、雛鳴子は見覚えがあった。あれは、この町に於いてよく見る、獲物が掛かったことを確信する笑いに違いなかった。


「ギンペーくん、君は鴉の刀がハンドメイドの物だって知ってるかい?」

「ハンドメイド……ってことは、あの刀、一から作られた物ってことですか?!」

「そう。あぁ、でも勿論あいつが作った訳じゃないよ。作ったのは、この町にいる武器職人さ」

「……そうだったんですか」


雛鳴子はゴミ町に流れ着いてから、疑問に思えど口にして尋ねたことは無かった、鴉がいつも腰に提げている刀の、思わぬ正体に目を丸くした。

鞘も、柄も、鍔も黒く。しかし刃だけは仄かに青く、濡れたように光る刀。
その一振りで厚い鋼鉄製のシャッターだろうと、巨大な生物兵器の胴体だろうと斬り裂くそれ――名は確か、烏ノ爪と言ったか。

物の扱いに関してムラのある鴉が、大事な商売道具と言って欠かさず手入れしていた際、そう呼んでいた気がする。
持ち主の腕もあるだろうが、それにしても規格外のレベルの切れ味を持っている刀だとは思っていたが、まさか鴉の為に作られた物だったとは。

驚く雛鳴子とギンペーを余所に、白鳥の話は本題へと近付いていく。


「ゴミ町北部のスクラップ山に住む、桜田文次郎(さくらだぶんじろう)御年七十二歳、愛称文じぃ。
彼の工房に行けば、いい武器のヒントが得られるかもしれないし、運が最高に良ければ自分にぴったりの武器を作ってもらえるかもしれないよ。
文じぃは腕も然ることながら眼も一流でね。ぱっと見ただけで人に一番合う武器を見抜けちゃうんだ。
鷹彦も、文じぃに任せて武器を作ってもらった結果、今に落ち着いたくらいだからね」

「マ、マジっすか!めちゃくちゃスゲーじいさんじゃないすっか!!」

「ただ、文じぃはとんでもなく偏屈でね」


浮かれ舞い上がりそうなギンペーに、白鳥が釘を刺すようにそう言うと、ぴたりと彼の動きが止まった。

全く分かり易い、と笑いたいところだが、固まりながらもうずうずとその先を聞きたがっているギンペーと、ちゃっかり話に聞き入っている雛鳴子を待たせるのも酷だと白鳥は続ける。


「工房は基本一見さんお断わり。仮に通してもらえても、文じぃのお眼鏡に適わないと何も作ってもらえないなんてよくあること。
っていうか、寧ろ作ってもらえる方が珍しいっていうか奇跡みたいなものなんだよねハハハ」

「そ……そうなんっすか」


忘れがちになるが、此処は狂気と欲望渦巻くゴミ町である。美味しい話が転がっているなら、其処に辿り着くまでに三つ落とし穴がある。そういう町だ。
そんな中で還暦を越えても元気に過ごしている人間が、ただのお年寄りである訳がなかった。

白鳥の言い方は恐らく、桜田文次郎を現すにはまだソフトな言い方だろう。例え老人であろうとも、この町で生き抜いている以上、彼も例外なく独自の狂気を持っているに違いない。
偏屈という最も気掛かりなワードの中に、想像もつかないような邪悪が潜んでいるのは確実だろう。

一気に顔が強張るギンペーと雛鳴子に、ついに堪え切れず白鳥は小さく吹き出したが、今度はそれを収めることなく、寧ろ大いに笑顔を咲かせた。


「だから、行くなら鴉に同行させてもらうといいよ。あいつ、たまに刀を診てもらいに文じぃのとこに行くみたいだから、そのついでにって。それなら死ぬこともないと思うよ」

「死ぬ?!!」

「まぁ、行ってみれば分かる分かる。俺としてはお客さんが減っちゃうから、門前払いされてくるのがいいんだけどね。でも、健闘を祈るよギンペーくん」

「う、ういーっす……」


元気付けるつもりなのか。実にいい笑顔でそう言い切られ、うやむやなままに放たれたギンペーは、曇りがちな返事をして、奥の商品棚の方へとふらふら歩いていった。
それを一瞥し、雛鳴子は自分の買い物をさっさとカゴに入れると、レジに向かった。

白鳥はいつものように、カゴから商品を出しては頭で値段を計算していくが、雛鳴子が此方をじぃっと見ていることに気が付くと――いや。
こうなることは分かっていたが、その通りになったことを確認すると、手を止めて、顔を上げた。


「…白鳥さん、いじわるですね」

「えー?」


敢えて心外だ、と言いたげに発せられた声に、雛鳴子はむすっとした顔に陰を濃くした。
白々しい、と責めるように睨み付けるが、彼はまるで動じることなく、紙袋に商品を詰めていく。その余裕が気に食わないと雛鳴子は更にむくれるが、それで竦むような相手ではない。


「ギンペーさんにその、文次郎さんって人のとこに行くの勧めたの……まだ自分は武器を手に取れないってこと、自覚させる為ですよね」

「ハハハ、流石に雛ちゃんは誤魔化せないか」


奥でまた唸りながら、商品を手に取って選別しているギンペーに聞こえない大きさの声を突き刺されても、白鳥はけらけらと笑って返した。

この展開が見えていたので、そうなって然るべきだが。やはり雛鳴子はそれを受け入れ難かった。


「その通り。俺の目から見ても、ギンペーくんはまだまだ未熟だ。それを彼自身にしっかり自覚してもらって、此処で手榴弾なんかを買うのが一番だって認識してもらうのが目的。
店には利益が入るし、ギンペーくんも無理な背伸びをして命を落とすこともないし、いい作戦だと思うんだけど」


白鳥は、雛鳴子の中ではそうそう害はなさないだろう人間にカテゴリーされている。
率先して此方を貶めてくることはなく、利益目当てであれど、こんな風に自分やギンペーに対しアドバイスも寄越してくるし、それも当人達にとって損に転がることではない。

気まぐれにだが、商品をおまけしてくれたり、少し値引いてくれたりもする。だから、雛鳴子は白鳥はこんな町の中では”いい人”に属していると、そう思っている。

だが、それでも彼は非常に食えない男だと、雛鳴子はそう感じる。特にこういう時――”いい人”である白鳥が、何処かの誰かのように狡猾さを見せる時。
雛鳴子は、白鳥が”いい人”であれど、信頼していい人間ではないのだと、痛感してとても不安になる。そして、身勝手ながら裏切られた気にもなってしまう。

だから、白鳥が自分の中でまだ”いい人”に属している内は、最も心を許せない彼のような打算を見せないでほしいと、雛鳴子は眉を顰めた。それに。


「…白鳥さんの言うことは御尤もだと思います。……でも、ひどいとも思います…」


期待をさせて、そこに付け込むのは、希望が行動源である人間には酷な話だ。
まだ先のあるギンペーを、早々に打ちのめしてやらないでくれと、雛鳴子は白鳥を諌めるように声を零した。


「…そうだねぇ。雛ちゃんの言う通り、俺は酷い奴だ」


白鳥がそう、やたら悲しそうに返してきたので、雛鳴子は言い方を誤ったかと眉間の力をふっと抜いた。だが、その次の瞬間。


「なので、あげようと思ってたおまけは無しにしまーす」


白鳥はいつの間にか紙袋に入れていた催涙弾を取出し、ことんとレジ台に置いた。

その音が鼓膜に届くと共に、目をわぁっと見開く雛鳴子に、白鳥はにかっと笑ってみせ。間もなく火が点いたようにしかけ屋に声が響いた。


「え、えぇ?!ちょ、そ…それは本当に酷いですよ!っていうか、なんで止めるのに言ったんですか!知らなかったら気にならないのに!」

「だって俺は意地悪だからねー」

「〜〜〜〜〜〜っ!」

「アハハハハ、ごめんごめん。そう睨まないでったら」


わたふたしたと思えば、言い返す言葉が見付からずに肩を怒らせる雛鳴子の挙動がツボに入ったようで。
白鳥は腹を抱えて笑い、ギンペーも二人が騒いでいるので何事かと慌てて奥から戻ってきた。

雛鳴子が小憎たらしいやら何やらで真っ赤にした顔を見て、ぎょっとギンペーが一歩尻込みする頃。
白鳥はようやく笑いの波が落ち着き、サングラスの下の目にうっすら涙を浮かべたまま、取り出した催涙弾を再度、雛鳴子の買い物袋へと戻した。


「はい、これ一個ずつ付けるから。ふふ、だからむくれないでったら」

「……撤回、まだしませんからね」

「はいはい。あ、ギンペーくん。そういう訳だからコレ、おまけね」

「あ、は…はぁ……」


ギンペーはどういう訳だかさっぱりだが、それでもおまけをもらって悪い気はしなかった。その感覚は、何も知らないからこその特権とも言えよう。

雛鳴子はやっぱりこの人は分からない、と代金をレジに叩き付けるように出すと、ふんだくるように紙袋を手に取った。


next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -