カナリヤ・カラス | ナノ


馴れ合いでは何も得ることは出来ない。

身を寄せ合うだけでは、生きていられない。


「……にたくねぇ…死にたくねぇよぉ……助けてくれよ、なぁ……」

「俺の分まで…生きてくれよな、お前ら……」

「お前らは、絶対に外に出てくれよな……なぁに、お前がいるなら大丈夫だよ」


何かを成す為には、何かを捨てなければならない。

死の匂いが充満した世界から這い上がる為には 生きる為には。


「鴇緒。あいつらのこと頼んだぞ」


俺はそうやって あの地獄から抜け出してきたんだ。





「……あのぉ」


ぱちっと音を立てて目蓋が開かれた。

開けていく視界には、非常に困り切った顔をして此方を見る白金の髪の少女が映り、鴇緒は頭をぼりぼりと掻きながら欠伸混じりに口を開いた。


「…ん、あぁ……気付いたのかお前」

「えぇ、まぁ。まだ打たれた首とか痛いんですけど…そう快適に寝ていられる体勢でもないので」


少女、雛鳴子はそう言って、顔をやや顰めた。

その体は両手足ががっちりと縄に縛られ、胴体もパイプ椅子の背もたれに固定され、真正面のソファに座り込んでいる鴇緒と調度向かい合う形で座り込んでいる状態だ。
つい先ほどまでは項垂れて気絶していたのだが、見張りに飽いてきた鴇緒が僅かばかし仮眠を取っている間に気が付いたらしい。

頭を上げ、人形のように整った顔にヤケクソっぽい笑みをこちらに向ける雛鳴子に、鴇緒はニタと歯を見せて笑った。


「悪いな。もうちょいマシなお持て成ししてやりてぇとこなんだが、生憎お前は人質ってやつなもんでよ」

「はぁ……やっぱそういうことなんですね」


雛鳴子は縄に圧迫される腹から、深い溜息を吐いた。

壁の時計が指す時間からおよそ一時間前。鴉の為に昼食の用意に向った雛鳴子は、二階から戻る途中、後方から何者かに首を強く打たれ、気を失った。

――いや、背後から襲われ姿を確認することは出来なかったが。集金を狙って襲撃してくる男達をも撃退する雛鳴子の後ろを一瞬で取り、声を出す間もなく気絶させたのは、何者か、ではなく、鴇緒だろう。

眼が覚めた時、眠りこける彼の姿を見ても然程驚きはせず、寧ろ「あぁ、やっぱりか」という気持ちが雛鳴子の中に湧き上がった。

驚きは、気絶させられた一瞬の間に使い果たしてしまったのかもしれない。
攫われたことへの焦りや恐怖が込み上げてこないのは、自分が足掻いても無駄だというのを、思い知らされたからかもしれない。
斯くして、極めて平常を保った状態で、雛鳴子は鴇緒と対峙していた。

鴇緒が此方に何かをしてくる様子もないし、雛鳴子の頭はどうにかしてこの状況を打破出来ないものかと冷静に全力回転していた。

自分のことを人質、と鴇緒は言った。だが、そもそも雛鳴子は自分が人質にされることに、まるで納得がいっていなかった。


「あの……一応言っておきますけど、私なんかじゃ鴉さんは脅せませんし、動じませんよ」


鴇緒が人質を捕り、誘い出したいのは間違いなく鴉だろう。
デッドダックハントの時のように、戦闘を避けられ、最低限の衝突で事を済まされないようにする為、彼を煽る材料を求め、結果彼は雛鳴子を攫ったのだろう。

しかし、雛鳴子の視点からすれば、自分が狙われるのはお門違いもいいところであった。

我が身可愛さで逃れたいという気持ちはない訳ではないが、それ以上に、関係のない私をこんな形で巻き込まないでほしいという気持ちが彼女にはあった。


抗争が始まり、戦うはめになったのなら、雛鳴子も諦めただろうが。役に立たない人質として捕えられ、縄でがっちがちに拘束されるのは納得がいかない話だ。

何故なら、彼女の言う通り。雛鳴子は、鴉の企てた算段を崩す要因にはなりえないからだ。

ただでさえ自己中心を極めたあの男の、家族でもなく恋人でもなく親友でもない。ただの契約者の一人兼未来の性奴隷(仮)である雛鳴子は、それを理解していた。
自分が、鴉を突き動かすに足りない存在であることを。


「確かにあの人、自分の物と見做した物には眼を光らせてますけど…それが弱みになるような人じゃ」

「ハッ!随分信頼されてねぇんだなぁ、あの糞ガラス」


それを理解してもらえないか、と話をしていた雛鳴子の口が、ぴたりと止まった。
いつの間にかソファから腰を上げていた鴇緒に頬を掴まれ、口を動かそうにも動かせない状態になっていたのだが。
それ以前に、こちらを射竦めるような鋭い視線が、喋ることを許そうとしてくれていなかった。

鴇緒の表情は笑っているというのに、その眼は今にも此方の首を掻いてきそうで、雛鳴子は背中に冷や汗が伝うのを感じた。


「お前の言う通り。いくら腑抜けでもあいつは人質を捕られたからと言って白旗を上げたり、ボロを出すようなまともな性格はしていねぇだろう。
だが、流石にこんな形で喧嘩売られて黙ってる性分じゃあねぇだろ?トモダチ思いの金成屋・鴉はよぉ」


鴇緒はぱっと雛鳴子の頬から手を離すと、ソファの隣に備えられた背の低い冷蔵庫から缶ジュースを一つ出して、蓋を開けた。

ぶしゅ、と空気が抜ける音と共に、オレンジの爽やかな香りが一瞬鼻をつく。
人質を捕った側であるにしても、同時に狙われる身となった状態で、随分と余裕を見せる…と、雛鳴子が怪訝そうな目をする中。
ジュースを適当に飲んだ鴇緒は、話を続けた。


「あいつが保ちてぇ体面も、立場も、店も、何もかも此処で全部ぶっ壊すのが俺の狙いだ。
その為に、ふらふら逃げ回ろうとする奴を引き摺り出す為のエサが必要だったからよ。三人の中で一番効果のありそうなお前を、俺自らひっ捕らえてきたっつー訳だ。
脅せる脅せないは関係ねぇ。ただ、奴を此処に引っ張り出せりゃそれでいいのさ」


鴇緒が雛鳴子の話を止めたのは、どうやらそういうことらしい。

彼の要求は身代金でもなく降伏でもなく、鴉と真っ向から抗争することで彼を潰すことにあり、雛鳴子はその為のエサである以上、逃がしはしないということのようだ。

だから余計なことは言わなくていい、と。彼はそう言いたいのだろう。
そういうことならば、自分は人質問題に無関係とは言えず、鴉が来るまでは縄を解かれることもないだろう。雛鳴子はまた、深く溜息を吐いた。


「それに聞いたぜ。お前、ヤクザに追われて都から逃げて来たところを、あいつに性奴隷として買われたんだってなァ。
んで、貞操と自由を賭けた契約結んで、今はあいつの元で働きながら、一つ屋根の下返済生活してんだろ?」

「……ハチゾーさんですね、それ話したの」

「さぁな」


飲み終えたジュースの缶をゴミ箱に放り投げた鴇緒が、これ以上となく嫌な表情で笑った。

雛鳴子が最も出されたくなかった話題と知っていて、この話を切り出したに違いない。そんな笑い方であることが、雛鳴子には分かった。

それは、この町で見慣れた顔だった。人の一番痛い傷を突くことが自身の為に繋がるゴミ町に於いて、それは最も見る顔と言っても過言ではなく。
何より、雛鳴子の一番近くにいる男が、度々見せる顔だったからだ。

そして、その表情の中に窺える不遜さや不敵さも――。


「ま、出所はさておきだ。こんな町で三年も無事でいられたのは、あいつがお前に最低限の危険で済むよう画策してきたからだろ?
てめぇの巣に託って、与える仕事も選び抜いて、ついでにお前に見えねぇとこでも色々してたんだろうぜ。
そこまで思われてる身のお前が、こうして捕らわれの身になってんだ。あいつは――」


鴇緒は終始厭味ったらしい言い方を続けた。

だが、その声は、言葉の続きは、次の雛鳴子の一言によって鎖されることになった。


「……そこまで確信が持てるのは、貴方が鴉さんを信じているからですか?」


next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -