カナリヤ・カラス | ナノ



<さぁ、続いては今話題のご当地グルメ特集のコーナーです!本日は第三地区恵比尾市で大人気の海老チリサンドを取材したいと思います!>


時計が示す時間は、正午を少し過ぎた頃。
燕姫とハチゾーの会合が終えるのとほぼ同時刻に、金成屋一同は二階で揃って昼食を摂っていた。

その横では点けっぱなしのテレビ番組が垂れ流しとなっており、本日の昼食である雛鳴子手製の卵丼を頬張りながら、
一同はそれとなく、かつ力無く耳から頭に入っていく内容について、何となく話し出した。


「なーにがご当地グルメだ、死語も甚だしい。この国のご当地なんざ百年前に滅びたも同然じゃねーか」

「確かにそれは一理あります……わざわざご当地って言う程距離ないですよね……」

「郷土料理ってのはまだ分かるがな。あれは昔この国にあったそれを作っているから納得いくが…ご当地はないな」


天奉国は、元々そう広い国土を有している国ではなかった。


かつてこの国は、辺りを海に囲まれた島国であり、土地が少ない代わりに多くの水と独自の文化や技術を有していた。

ところが大戦後、使いものにならなくなった土地や海、反発的な人間を捨てて、生き延びた国民を囲った結果。
この国の国と言える部分は、決して広いとは言えない壁に囲まれた一つの大都市に収まってしまったのだ。


天奉国の元の国土から見れば、都の大きさは実に二十分の一と言ったところか。
元々王都として機能していた第一地区を中心に、そこから輪を広げるようにして壁を作って、限界まで広げた結果がこれなのだが――それにしても一国というには実にしょっぱい。

そしてその程度の国の中で、今流行っているというのが、テレビで放送している通り、ご当地グルメであった。


主に都の第二地区から第四地区間で、その土地で有名になっている料理。ただそれだけなのだが、娯楽の少ないこのご時世の都住人には、それが受けているらしい。
現にこうして、レポーターが行列の横を仰々しく滑りながら店内に入って、卵と混ぜた海老チリとレタスを挟んだ珍妙な料理をかっ喰らっているので、この片腹痛いブームは本物らしい。

最近はグルメだけではなく、ご当地キャラクターなるものまで流行り出しているらしく、
大口を開けて海老チリサンドを貪るレポーターの後ろで、海老を模しているらしいキャラクターの着ぐるみが目障りなレベルで動き回っている。

恵比尾市、という名前からあれこれ海老に因んでいるらしいが、こじ付けもいいところだ。
実際使われている海老は培養家畜同様に工場で造られ、排出されているもので、名産でも何でもない。
ついでに言えば、後ろのキャラクターのように殻など一切ない、むき身状態の海老しかない。

それなのによくもまぁ、こうも平然と推せるものだと、金成屋一同が皮肉りながら卵丼を掻っ込んだ時だった。


「ゴミ町もこういうの手出したら大変なことになりそうっすよね」


なんとなく、思ったことをギンペーが口にしたことで、少しばかし場の空気が変わった。

散々茶化していたテレビの内容についてはここで終わり、と思っていたところで、話がまた広がりを見せ、面白そうだと言う様子であった。


「それこそあちこちの勢力で、キャラクター戦争が勃発すんな。グッズをより掻っ捌く為に、隣のキャラクターをぶっ潰しに掛かる着ぐるみ共が町に溢れんぜ」


鴉が付け合せの漬物をごりごり噛みながらそう言うと、次いで茶を一口啜り終えた鷹彦が、口を開いた。


「そのキャラクターにしても、ゴミをモチーフにしたような汚らしい奴が量産される可能性があるな。そいつらが取っ組み合いをする光景…地獄絵図もいいとこだ」

「ハハハ……やっぱ金が動くってなると大騒ぎになるんっすね」


ギンペーは丼に残った米をかっかっと口に流しながら、取っ組み合いどころか銃撃戦を繰り広げていそうな着ぐるみ達と、炎上する町を想像して苦笑した。

本来、町を活気づける為の集客として考えられた”ご当地”という言葉が、町を滅ぼしてはどうしようもない。
それ以前に、ゴミ町にどれだけ可愛らしいキャラクターや、通を唸らせるグルメが誕生したところで、こんな場所にまともな人間は来ないだろう。

よって、第一次ご当地キャラクター戦争はゴミ町がゴミ町である限り回避されることが決定した。そんな安全が保障されても全く嬉しくないのだが。

ギンペーは「お前がキャラデザしたら単品でも地獄になるな鷹彦画伯」「出来た暁にはお前を真っ先にその地獄に叩き落としてやるからな」などと交わす二人と、
なんだかんだ言いながらテレビのご当地グルメに目と意識が持っていかれている雛鳴子を見て、空になった丼をテーブルに下した。ちょうどその時。


「あぁ、でもご当地グルメとは違うが、名物ならないこともねぇんじゃねーの?ミツ屋んとこのとかよ」

「……ミツ屋?」

「ギンペー、お前ミツ屋に集金行った時に店見なかったのか?」

「え、店って……事務所の」

「あー、やっぱりそっちしか見てねぇのな」


まだこの話題が継続されたことも驚きだが、そこに唐突に混ざってきたミツ屋の名前にギンペーは眼を丸くした。


言われて記憶を掘り返してみるが、雛鳴子と初めての集金に行ってから、ギンペーはミツ屋に立ち寄ってはいなかった。

その一回も、当時超絶不機嫌であった雛鳴子の後を急いで追いながら移動していたので、ミツ屋の外装をまじまじと見ることはなく。
そっちだなんだと言われても、どうにもピンと来なかった。

ギンペーがどういうことだと首を傾げると、鴉は丼に残った米を片付けてから、補足と解説を始めた。


「ミツ屋の横には小せぇ…っつってもそれなりにはあんだが、店が引っ付いててよ。そこで蜜豆売ってんだよ」

「み、蜜豆?!」

「あのオッサンが気まぐれに副業で始めたらしいが、結構うめぇぞ。この町には飯食うとこはあるが、甘ぇもんだけ売ってるとこってな、まぁねぇからよ。
町の女がよく集まってっからいい狩り場に……っと、」


いつの間にかテレビから此方に視線を向け、じとっと睨んでいる雛鳴子に、わざとらしく肩を竦めて、鴉は危険から逃れる蜥蜴の尾のように、話をぶつっと切った。


確かに、ゴミ町には飲食店がそれなりに多い。食事をする為にわざわざ都に買い物に行ったり、店に入ったりするのが面倒だという住人に向けているのか。
酒場の数にはまるで及ばないが、それでもこの不浄と暴力の町には見合わない量の飲食店がある。

ギンペーもゴミ町に来てから、それらの店を何回か利用したことがあるが、鴉の言う通り、甘味を取り扱う店を見たことはなかった。

アクセサリーショップよろしく、女の数が多いこの町で甘いものを取り扱えば儲かりそうなものだが――作る側の顏を考えると、やはりこの町にスイーツ店は、と顏が引き攣る。


見渡す限り恐持てが集うこの町で、額に傷のある筋骨隆々の男がクリームを絞ったりしている様は、想像し難いし、勘弁してほしいとも思う。
トッピングに白い粉や小指が添えられていそうで、実際店を構えても客が寄り付きそうにない。


「ま、とにかく興味があんなら次にミツ屋の近くでも通る機会があったら覗いてみるこったな」

「……そうするっす」


ギンペーは口の中をすっきりさせよう、と雛鳴子が煎れてくれた茶を啜りながら、いよいよ終わったご当地話の余韻を飲み下した。


しかし、蜜豆か。

ミツ屋だけに蜜豆を売っているのか、気まぐれで始めたにしても、食に関しては小五月蝿い鴉が認めるクオリティがあるということはかなり美味いのだろうか。


ギンペーは午後にまた集金があるにも関わらず、ぽやーっと蜜豆のことを考えていたのだが、それを目敏く見抜いた者がいた。


「ギンペーさん、此処終わったらミツ屋に行かない?」





午後の集金も残り一件というところで雛鳴子から繰り出された提案に、ギンペーは硬直した。


仕事が始まる前に、失敗は出来ないのだと気合をいれて雑念を振り払い、蜜豆のことも半ば忘れかけていたところに、雛鳴子から思わぬ誘いをかけられ仰天しているのだ。

暫くギンペーは、雛鳴子の言葉を誤って受信してはいないかと脳内で彼女の言葉を反芻したが、どうやら空耳でも妄想でもないらしい。


「さっき話聞いてたら食べたくなっちゃって…鴉さんに言うと色々五月蝿く言われそうだから、こっそり……どう?」

「お、おおお、俺でよければ!」


慌てて返事をした為、声が盛大に引っくり返ってしまったが、ギンペーはそれどころではなかった。

北小路銀平の、十七年に及ぶ人生で初めて受けた、女子から「二人で甘いものを食べにいこう」という誘い。
しかも相手はこの超級美少女たる雛鳴子である。困惑と上がりに上がったテンションで、おかしな返事をしてしまうのも無理はなかった。


「やった!あ、重ね重ね言うけど、これ鴉さんには絶対ナイショね!あの人に知られたらどんな言葉で馬鹿にされることか……」

「う、うん…黙ってる、黙ってる……」


ギンペーは緩む口元を手で覆い、ガッツポーズ代わりにぐっと手を握った。

そして先程嘲っていたご当地商法に、彼は手のひらを返して感謝するのであった。ありがとう、ご当地グルメ。実際ちょっと違うけど。


そんな訳で、雛鳴子とギンペーは本日最後の集金先にて金を回収した後、そのまま足早にミツ屋へと向かったのだが。

片や甘い蜜豆に、片や女子とのお誘いに浮足立っている二人は、自分達は何処まで行ってもあの男の手の上にいることを、この時すっかり忘れていたのであった。


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