カナリヤ・カラス | ナノ





「あっははははは!!マジでその話、何回聞いても面白ぇなァ、おい!」

「笑い事じゃないですよ!!」


バン!と勢いよく机を叩く雛鳴子に、更に火が点いたかのように鴉が大口を開けて笑う。

それが気に入らないと顔をわなわなと赤くする雛鳴子だが、悲しいことに彼女に心底同情し、鴉を責め立ててくれる、そんな女子学級委員長のような義心に溢れた者は此処にはおらず。
鷹彦は笑いを堪えて湯呑を握ったまま動けず、ギンペーはギンペーで、ただならぬ事態に顔を少し青くしている。

そんな状況でヒートアップした雛鳴子は止まらず、我慢の限界がと言わんばかりに噴火した。


「いきなり意味不明なこと言われて、怖いからダッシュで逃げて……もう二度と会うこともないだろうと思ったら!あの人、私が都に集金に行く度に何故か遭遇するんですよ?!
その度に『是非結婚を!』『まずは話を!』って言ってきて…ストーカー規制法が適用されない壁外の身分をこんなに嘆くことになるだなんて思いませんでしたよ!!」

「はー…、ほんっとにどうなってんだろうなァ。お前GPSでもつけられてんじゃねぇの?検査してやろうか?」

「鴉さん、人が真剣に悩んでいるのに便乗してセクハラかまそうってんなら爆撃しますよ」

「謎の男に付き纏われてる雛鳴子ちゃんを気遣った俺の好意がセクハラへの布石に取られるたぁ、心外だぜ」


と言いながらも、卑しさが全面的に出ている動きをしていた指の動きを止めて、鴉はけらけら笑いながら煙草に火を点けた。

いつものことながら、この男には本当にデリカシーの欠片もない。
雛鳴子が未だ顔を赤くしたまま彼を睨むと、そこでようやっと鷹彦が話に入ってきた。


「そういえば雛鳴子。君に求婚を迫るその男…最初の遭遇から一週間以上経つが、名前は分かるのか?」

「名前、ですか……」


ずず、と鷹彦が湯呑から茶を啜っている間、雛鳴子はことん、と首を傾げて考えた。

しかし、傾けたところで知らないものは脳からぽろりと落ちてきてはくれない。雛鳴子はすぐに頭の位置を戻し、晴れない顔で答えた。


「そういえば、いっつも会ったらすぐ逃げてたので……なんか関わったら負けな匂いがして、何も聞いてないです」

「確かに、聞いている限りでも、そいつは干渉したら最後な雰囲気だ。
だが、逃げ回ったり身を隠したりだで集金率は下がるし、君ももう限界みたいだし……そろそろ相手を調べて手を打つべきだと俺は思う」


ただのストーカーなら。いや、ストーカーの時点でおかしいのだが。
その中でも常軌を越えた件の男に、普段なら蹴りの一つ、ヤキの一つでも入れる雛鳴子も本能的に危機感を覚え、その結果逃走という選択を取り続けてきている。

第三者からしても、彼女の選択は正しいと思えた。ストーカーというのは大概、構ってほしいという心理が強く働いていて、余計な干渉は行動に過激さを増長させるだけという。

だから、雛鳴子が今日まで逃げ続けていることは良い。しかし、それもそろそろ策としては通用しない頃合いだと、鷹彦はそう思った。


理由として、相手がまるで諦める様子がないというのと、もう一つ。ゴミ町住まいの雛鳴子が、都に出入りするのを確実に把握しているという点にあった。


「相手は一度会っただけの君の行動を把握している位の手合いだ。しかも、壁の外の人間が此方に来るのを把握しているということは…都守と何等かの関係を持っているのだろう。
そんな人間をこのままにしておくと…此処まで突撃される可能性があると思うぞ」

「こ、此処まで……いや、それはないんじゃ…」


壁の内側にいる人間が、壁の外側にいる人間に好んで干渉することなど、まず無い。

都の人間にとって、外の人間というのは無関係な非国民であり、無法者な危険人物であり、まず関わりたくないものだからだ。


己の利益の為に、いつぞやの桃源狂事件のように利用することはあっても、人として関与してくることはない。
その為に、自ら法の庇護を捨て、無秩序な不要物の町に来るなど、そんなことは有り得ない。

幾らストーキング行為をしてまで求婚する程に雛鳴子に好意を寄せていたとしても、だ。
自分の命と、此方に見向きもせずひたすら逃げる少女を秤に乗せれば、必然的に優先すべきものは見える。

だからこそ、男は雛鳴子が都の中に来た時のみ現れて、しつこくあちらへ――壁の中へ来るようにと口説いてきているのだろう。


故に、雛鳴子はそれはないと言った。しかしそれは憶測ではなく、彼女の希望であった。

名も知らぬ男が、命を擲つ覚悟で自分を追って来てほしくない。というか、ゴミ町にいる自分の居場所を突き止めるような相手など、厄介過ぎて困る。
雛鳴子は半ば祈るような気持ちで答えたが、現実はいつも無情であった。


「すまない、邪魔をするぞ」






ガララ、と表の戸が開いたと思えば、聞き慣れない、というか、この寂れた町でおよそ場違いな程に華やいだ男の声が響いていた。

その声に鴉、鷹彦、ギンペーは顔を顰め、憶えのある雛鳴子はざぁっと顔を青くして、反射的に椅子から立ち上った。


彼女が慌てて何処かへ隠れようと狼狽えている様子を見て、残された一同はまさかと顔を見合わせたが、そうこうしている間に、事務所と店を遮る戸がバンッと開かれた。

まさに刹那。雛鳴子はうわぁぁっと目を見開いて、声無く叫び。鴉達は、現れた男の姿に揃って固まった。


「あぁ、やはり此処にいたんだね、僕の花嫁!相も変らないその美しさ……こんな町にまで来た甲斐があったものだ!」


恍惚の笑みを浮かべ、夢物語を口遊むかのようにつらつら歯の浮くような賛辞を述べる男は、一同の予想を色々と上回っていた。


まず第一に、目に入ったのは、男の容姿だ。

歳は二十代前半か。空気感から若く、しゃんと伸びた背筋は、男の威風堂々たる物言いに力強さを加えている。
背はギンペー以上鷹彦未満と言ったところか。世間一般的にはかなり高い方に分類され、その体はすらりと細長い。

だが、体よりも目に付くのが顔である。

ストーカーという言葉からイメージされる、完全に偏見ながら、如何にも陰湿で暗然としたイメージとは程遠く。声色同様に華のある、所謂色男であった。
さらりと艶のある青い髪に、女のように白い肌と、長い睫毛に縁どられた金色の瞳。
この町ではそう見ることのないタイプの、紅顔の美青年。それが、ここ最近雛鳴子を苛んでいるストーカーの正体であった。


そういえば、その奇行ばかり聞いていて、男自身がどんな人間なのかさっぱり聞いていなかった一同だが、まさかこんな相手に付き纏われていたとは。

開いた口が塞がらない一同は、ストーカーなんてせずとも女が、樹液を垂らす木に群がる虫のように集まりそうなこの男を見ていたが、
そんな視線をまるで気にすることなく、男はかつかつと靴を鳴らし、小さく震えながら身構える雛鳴子の前へと躍り出た。


「嗚呼、会いたかったよ僕の花嫁!君と僕の間にある赤い糸を辿れば、必ず会えると信じていたよ!」

「な、ななな、何が赤い糸ですか!!貴方が此処に来たのは、貴方の意図でしょう!!!」

「ハハハ、これは中々上手いことを言う。僕の意図……ふふ、そうか…僕が君に会いたいと望むその想いが!君にも見えているということか!」

「ひぃいいいいいい!どっから生まれてくるんですかそのポジティブ思考ぅううう!!」


両手を広げ、さぁ飛び込んでおいでと言わんばかりに迫ってくる男から、雛鳴子はだっと小走りして、近くにいたギンペーの後ろへと退避した。

本人の了承もなく壁にされてしまったギンペーだが、彼は未だ、吃驚の後遺症により抗議の声も何も出せない状態で。
そんな彼を間に挟んで、男は高らかにはっはっはと笑っていた。


「そう照れなくてもいい!直に僕らは夫婦になるのだから、何も恥じらうことはない!僕は君の全てを受け入れるし、君も僕のありったけの想いをそのまま受け取ってくれればいい!」

「何もよくないですし、そもそも誰が貴方と夫婦になると言いましたか?!!」

「神が、いや、運命が!君と僕は結ばれるべきだと、そう言っているのさ!」

「もう貴方黙ってくださいよぉおおお!!」


繰り広げられる茶番劇に雛鳴子がわっとしゃがみ込み、男はストーカー行為をしている自覚がまるでないのか、実に堂々と笑っていた。

そんなめちゃくちゃなやり取りを前に、ようやっと硬直が解けた鷹彦は、事態を見つつ、鴉にぼそりと声を掛けた。


「……鴉、この男………」

「あぁ……違ぇねぇ」


二人が唖然とする程に驚いたのは、ストーカーの正体がこんな男だった、ということよりは、この男がストーカーだった、という意味合いの方が大きかった。


そう。雛鳴子が名前も知らなかったこの男の正体を、鴉と鷹彦は知っていたのだ。

そして、意外にも雛鳴子の盾にされたまま動けずにいるギンペーも。珍しく、知っていた。


「大体!貴方なんなんですか!!名前も知らない人にいきなりその…プロポーズとかされても、頷ける訳ないでしょう!!」

「そうか…そう言えば、君はこの僕のことを何も知らないのだったな……それ故に僕は君を見初めたのだが、すっかり失念していた」


笑う度にちゃらちゃらと金のイヤリングやネックレスを揺らす、大層雅な格好をしたこの男が、何者なのか。

この場で知らないのは雛鳴子だけで、故に問題は此処まで運ばれることになっていた。


いや。それ以前に、彼女がこの男を知らずにいたが為に、全ては始まってしまったのだ。


「ならば、君の為に名乗ろう。僕の名は、青嵐山瑠璃千代(しょうらんざん・るりちよ)。都の第一地区に家を構える、純貴族青嵐山家の当主だ」

「…………え……えぇえええええええええええ?!!」


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