カナリヤ・カラス | ナノ


「おはようございまっす!」

「おう、おはよう。今日も無駄にエネルギッシュだな、無駄に」

「に、二回も言わないでくださいよぉ……」


店先の掃除を終え、二階から降りてきた鴉に挨拶をする。自分でも思っていた以上の声量が出ていたが「五月蝿ぇ馬鹿」と蹴り飛ばされることは無かった。
鴉の機嫌が悪かったなら、こうはならなかっただろう。

玄関から机に向かう鴉をつぶさに観察すると、眠そうに欠伸をしてはいるが足取りは重くなかった。二日酔いや寝不足を引き摺っている訳でもないようだ。

機嫌はそこそこ。体調面も良好。であれば、多少下手を打っても鼻で一笑される程度で済まされるだろう。これは好機と、ギンペーはいそいそと掃除道具を片付け、机の上に脚を投げる鴉の元へ駆け寄った。


「それより、今日はお話がありまして」

「何でぇ、改まって。女でも紹介してほしいの?童貞しか食わないムチムチエロエロお姉さんなら知り合いにいるけど」

「違うっすよ!!でもその人の話、一応後で聞かせてください!一応!!」

「ギンペーさん」

「ゴ、ゴホン……」


雛鳴子からこれ以上となく冷ややかな視線を向けられ、ギンペーは慌てて取り繕うように咳払いした。

思わず食い付いてしまったが、そうではない。自分の目的はもっと崇高で硬派なものなのだと、ギンペーは背筋を伸ばして胸を張る。


「……鴉さんもご存知かと思いますが、この北小路銀平。先の大亰自治国で単独で、幹部を倒すという大金星を上げました」

「へー、そうなんだ。すごいじゃん」

「話した!これ何回も話した!!」

「どうどう、ギンペーさん」


全くもって真面目に聞く気が無いらしい。鴉は俗っぽい週刊誌を捲り、過激なグラビアを見ながら指で耳の穴を掻いている。

所詮子どものする話だと見做しているのだろう。露骨に馬鹿にしやがって。


しかし此処で喚いていても仕方がない。地団駄を踏みたくなる気持ちを抑え、ギンペーは話を続けた。


「……この功績から見ても、俺はもう一人前…………とはまだ言えないと思いますが、半人前くらいにはなってると思うんです」

「鴉さん、回りくどい話きらーい」

「俺にも!新しい仕事ください!!」


完膚無きまでにペースを乱され、ギンペーは雪崩込むように机を叩いた。

鴉は相変らず、此方に一瞥もくれずに女体の写真を眺めている。ギンペーが改まってきた辺りで――いや、もっと前から察していたのだろう。そんなことだろうと思ったと言いたげな鴉の顔は、ギンペーからは見えない。

バンバンと机を叩いて訴えかけた所で、何も響きはしないだろう。
これは弄ばれるだけ弄ばれて終いだなと、雛鳴子と鷹彦は揃って肩を竦めた。


「集金、営業、掃除、書類整理……これも大事な仕事だって分かってます!でもこう……もっとこう……かっこいい仕事がしたいんです!!」

「オカマサイボーグで童貞卒業したからってイキんなよ、ギンペー。一発殺ったくらいで調子乗ってると死ぬぞ」

「痛っ」


わざとらしく大きな溜め息を吐くと、鴉は投げ出した脚でギンペーの顎を小突いた。


ギンペーが大亰自治国で奮闘したのは確かだ。誰の手も借りず、たった一人で自治国軍幹部を倒したことは評価してやってもいいと思っている。

だが、たかがその程度で強くなったと錯覚されては困る。

彼が勝てたのは、相手が間抜けだったからだ。相手がギンペーを侮りに侮り、油断して、まんまと不意打ちを食らった。だから勝てたに過ぎない。
それを見越して仕掛けたとはいえ、実力で勝利したとは言えない内は自分が弱者であることを前提に行動すべきだ。

ギンペーも、そう言われることは想定していたらしい。やはりそうなるのかと露骨に表情を萎びさせている。

それこそが鴉の狙いであると気が付けないからこそ、彼は半人前に届かない。


「だが、俺はゴミ町住人が選ぶ理想の上司殿堂入りの金成屋鴉さんだ」

「何でそんな息をするように嘘吐くんですか」

「この町に理想の上司なんて生き物が存在しているなら、見えないピンクのユニコーンも空飛ぶスパゲッティもいるだろうな」

「外野の声は置いといて、お前の日頃の働きぶりとその上昇志向を評し、俺直々に特別任務を言い渡そう」

「ス……スペシャルミッション?!」

「変換機能すごいな」


既視感のあるやり取りに雛鳴子と鷹彦は呆れたように眼を細くしているが、ギンペーがその眼差しに気付くことはなく、鴉の手の上でコロコロと面白いように転がされている。


「ある機密データと重要書類の交換取引がある。俺が行く予定だったが、今回お前に任せよう」

「ふぁぁ……」

「死ぬほど嬉しい時にしか出ない声だ」

「場所が場所だから、やっぱり止めてぇんなら止めてもいいぜ」

「行きます!!」


眼を爛々と輝かせ、ふんすと鼻を鳴らすギンペーは、最早誰が何と言おうと止まることはないだろう。
こうして何度痛い目に合わされてきたことか……と雛鳴子達が憐みの眼を向ける中、ギンペーはメラメラと闘志を燃やしている。


「この北小路銀平!例え火の中、水の中!必ずやこのスペシャルミッション、やり遂げてみせます!」

「おーおー、やる気満々だな。そんじゃコレ、頼んだぜ」


面白いように魚が食い付く釣り以上に面白いこともあるまい。鴉はクククと喉を鳴らしながら、そこそこの厚みを持つ茶封筒をギンペーに手渡した。

これが例の重要書類らしい。ギンペーは卒業証書を貰う時よりも恭しく、見た目よりずしりと重く感じる封筒を受け取った。


「で、何時何処で取引が?」

「今日の十六時。場所は此処だ」


さらりとペンを走らせ、取引場所を書いたメモを添える。

紙面には簡易な地図。それがゴミ町を現していることは一目で理解出来た。周りにある物がゴミ山、ゴミ山、ゴミ山だったからだ。


この町にどれだけゴミ山があることか。

方角や此処からの距離で割り出せば凡その位置は分かるかと暫し地図を眺めていたギンペーは、取引が行われる場所の特定と同時に瞠目した。


「こ……此処は…………ッ!」

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