カナリヤ・カラス | ナノ


彼の生き様はまさに荒唐無稽。滅茶苦茶の一言に尽きる。

全て気まぐれで出来ているようで、時に緻密な計算の元に構成されている、傍若無人な彼らしいと言えば彼らしい、嵐のような生き方。
今日まで散々振り回され続けながら、それを目の当たりにしてきた金成屋一同であったが、これは最早、喜劇としかいいようのないレベルで悲惨な光景だと、雛鳴子達は揃って絶句した。


あんなにも悠々と構え、格好付けていた鴉が、向い側の建物から砲撃を受け、紙屑のように吹き飛ばされた。

その様は、いっそ悲しくくらい可笑しくて。しかしながら、当然笑っていられる事態でも無くて。雛鳴子達は鴉が落ちていった先を、大慌てで覗き込みに向かった。


「ななな、何やってるんですか、あの人!!」

「壮大に格好付けて撃ち落される奴があるか馬鹿!!」


砲撃を受けた鴉は、突き破られた廊下の壁諸共、真っ逆様に落ちて行った。


此処は凡そビルの七階建てに相応する高度だ。あのまま底まで落ちてしまったのなら、今頃五体バラバラになっていることだろう。
いやそもそも、砲撃を受けた時点で原型を留めていないかもしれないのだが、一応落ちていく瞬間の鴉は人の形をしていたような気がする。

間一髪、直撃は免れていたのか。だが、幾ら頑丈な鴉でも、あの至近距離で砲撃に巻き込まれたとあっては、ただでは済まされまい。


――これは万が一も有り得るのではないだろうか。


三人は顔を青くしながら、何処かに鴉が引っかかってはいないかと、下を覗き込むも、それらしきものは見当たらない。


本当に、何をしてくれているのか、あの男は。あれだけ余裕ぶっておきながら、誰よりも早く攻撃を喰らい、剰え何処かへ吹っ飛ばされるなど、馬鹿にも程がある。

だが、そんな馬鹿でも、いてくれなければ困る。彼は本作戦の要の一つであり、何より、自分達のリーダーなのだ。此処で頭を失えば、自分達は首を落された鶏のような足取りで進むことになる。

今なら調子に乗ったことを詰らないで済ましてやる。だから、大人しく出てきてくれはしないかと、雛鳴子達は祈るような想いで鴉を探す。その様子を向いから眺望していたのは――。


「おおう……なんと麗しい娘っこでありますか……」


鴉を撃墜した大亰自治国軍砲兵部隊を率いる隊長・鶉井は、双眼鏡に映る破格の美少女に感嘆の息を吐いていた。


殆どが男で構成されている自治国軍は、恐ろしく花がない。軍属の給仕や娼婦は抱えられているが、こんなにも美しい少女を目にする機会など皆無。
そこに、あの美少女だ。眼を奪われても仕方ないだろうと、鶉井は双眼鏡を介さず、直接目にしようものなら眼球が潰れてしまうのではないかと思いながらも視線を逸らせず、雛鳴子の姿を見つめていたのだが。


「隊長、如何なさいますか。未だブラックフェザーの同胞が残っていますが」

「わ、分かってるであります!相手が可憐な少女でも、我々は自治国軍人!敵は女子供でも容赦なく排除するであります!」


如何に見目麗しい少女でも、相手は自治国軍に仇成す敵。捕えて捕虜とするのも吝かではないが、相手は今、頭である鴉を欠いて狼狽している。追撃を食らわせ、残る三人を一掃するのは易い。

此処は軍人として、砲兵部隊長として適切な判断をと、鶉井は軽く咳払いし、照準を再び雛鳴子達へ定めさせた。


「次弾、装填!残る三人も撃墜するでありま――ぐおおおおおっ?!」

「た、隊長!!?」


が、号令を口にするより早く、鶉井の体は華麗な跳び蹴りを喰らい、素っ頓狂な声と共に真横に吹っ飛んで行った。


突然のことに混乱し、受け身を取り損ねた鶉井は不様に顔から落下。
対する襲撃者は、蝶のように舞い蜂のように刺すという言葉が似つかわしい軽やかさで、ハイヒールにも関わらず見事な着地を決めてみせた。


「いやー、やっぱ私持ってるわねぇ。孔雀達とはぐれちゃったと思ったら、予期せずターゲットはっけーん」

「き、貴様は……」


落下の際、内部を痛めたのか。鼻血を一筋垂らしながら、よろよろと体を起こした鶉井は、鮮やかな蹴りを食らわせてくれた女を見て、ぎょっと瞠目した。


相手が標的の一人だったのもある。だが、鶉井が何より驚いたのは――。


「な……なんと破廉恥な格好をしてるでありますか!!」

「え、そう?これでも布面積多い方だと思ってるんだけど」


下着も同然のトップス。短過ぎるダメージパンツ。丸出しの臍。剥き出しの太腿。燦然と輝く胸。

これで布面積が多い方とは、どういう判断基準をしているのか。娼婦だってもっと慎ましい服で出歩くだろうにと、鶉井は顔を真っ赤にしながら憤慨した。


「そんな格好で戦場に来るなど不謹慎であります!!ただちに上着の前を閉めるであります!!」


そう、此処は戦場。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの場で、こんな不埒な格好をしてくるなど場違い極まりない。TPOは弁えるべきだ。

と、説教めいた言葉を口にしている間にも血圧が上がったのか。垂れてきた程度の量だった鼻血が流れ出てきたので、鶉井は手持ちのティッシュを鼻の穴に詰めながら、ぶつくさと文句を口にしていたのだが。


「…………ちらっ」

「ブヘアッ」

「「た、隊長ーーー!!!」」


前を閉めるどころか、逆にコートをはらりと肌蹴て肩を露にされ、鶉井は両の穴から鼻血を噴き出し、勢い余って仰け反るどころか後ろへ倒れた。

幾ら女体に対する耐性値が低いとはいえ、こうも凄まじいオーバーリアクションを見せるかと砲兵部隊の隊員達が狼狽える中。
露出女改め、星硝子は腰に手を当て、悪女の高笑いポーズと渾身の決め顔で鶉井を嘲る。


「はーっはっはっはっは!!閉めろと言われたら逆に開けたくなるのがこの私、星硝子よ!」

「き、貴様!!色仕掛けとは卑怯な!!」

「卑怯上等。露出して勝てる戦いなら、幾らでもサービスしてやるってーの!」


この服装はただの趣味であり、ハニートラップで場をやり過ごすつもりなど無かったが、相手に対し有効なら使う手は無いだろうと、星硝子はコートを脱ぎ捨てた。

その思い切りの良さに呆気に取られている間に、視界が舞い上がるコートに覆われる。
そして次の瞬間、前列の兵士達はコートの陰に隠れて突っ込んで来た星硝子の蹴りによって薙ぎ倒されながら、彼女の踏み台として容赦なく活用された。

むんずとハイヒールが喰い込む程に強く踏み込むと、今度は高く跳び上がり、星硝子は引っ掴んだコートを翻しながら回転する。

バサァっと鳥が飛び立つような音が耳に届く頃には時既に遅し。星硝子に背後を取られた兵士達は振り向くことさえ間に合わず、空中から射撃された。


「ぎゃ、ぎゃあああああああ!!!」


数名が悲鳴を上げたところで、やっと何が起きたのか思考が追いついた兵士達は慌てて銃を構え、鮮やかに着地を決めた星硝子に照準を定めた。

何時の間に銃を抜いていたのか。コートを腰に巻き、両手に二丁拳銃を構えた星硝子は、自分に銃口が向けられたと眼で見るよりも早く本能で察知すると、銃剣を持って突っ込んで来た兵士の襟首を引っ掴み、後列目掛けてぶん投げた。

その細くしなやかな肢体の何処に、武装した兵士一人を放り投げる力があるというのか。
唖然としている間に、突っ込んできた兵士が降ってくる。後列の狙撃手達が大童でそれを回避すると、星硝子は踵を返し、前方から襲い掛かる兵士達へと踏み出す。

弾丸めいた速さで駆ける彼女に、兵士達は銃剣を突き立てんとするが、切っ先が捉えたのは残影だけ。
宙を突いた空虚な手応えが脳に届く頃には、跳び上がった星硝子の銃口に曝される。


――撃たれる。


彼女の影に呑まれた兵士達が死を悟った、その刹那。響く銃声に反応したのは、星硝子であった。


「……滞空時間こそ最大の隙と思いましたが、流石はカラス。空中でもそのように動くとは、敵ながら天晴であります」


空中で身を捩じり、兵士達に銃撃を喰わらせること無く着地した星硝子は、風穴の開いたコートを一瞥し、ヒュウと口笛を鳴らした。


彼女を撃ったのは、ついに両の鼻にティッシュを詰めることになった鶉井だった。

未だその顔は初心な少年のように紅潮しているが、軍用スコープに覆われた眼は、命のやりとりをするもののそれに変わっている。
そのアンバランスさに小さく吹き出しつつも、あれは侮れる相手ではないだろうと、星硝子は銃を持ち直した。


「相手にとって不足なし、ね。いいわ、掛かってきなさい。可愛い砲兵部隊長さん」


自分の役割は、相手の撹乱と幹部の撃滅。
厄介な狙撃手を此処で畳んでしまえば、味方も楽に動けるだろうし、理想的なシチュエーションだと、星硝子は口角を上げる。


「私は、三羽烏同盟チーム流星軍がリーダー・星硝子。革命運動の為、一肌脱いじゃうんだから」

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