カナリヤ・カラス | ナノ


鴉の休暇発表から二日後。最初に連休を頂戴した鷹彦が、昨晩呷った酒が抜けぬまま、身に覚えのない場所で目を覚ました昼過ぎに、ギンペーはターキーキッチンの裏口に赴いていた。


「やぁ。待ってたよ、ギンペーくん」

「メレアちゃん」


テレシスによって荒らされた店は掃除屋の手によって粗方片付けられ、ひしゃげた屋根も修繕が進められていた。


鴇緒は別件で出払っているそうで、表の方には見た事あるような無いような……そんな顔ぶれの面々が作業に励んでおり、メレアに用があって来たというギンペーを訝るような眼で見遣りつつ、彼女がガレージで待っていることを教えてくれた。

ギンペーのようなパッとしない輩が、メレアのような美少女と二人で会うことなど、一体何の用件だと思ったのだろう。

生憎、君達に妬まれたり羨まれたりするようなことは一切ありませんよ、と眉を潜めつつ、ギンペーは裏口へと回り、先日白鳥から貰い受けたスクーターの最終チェックをしているメレアと挨拶を交わした。


そう。今日ギンペーが此処に来たのは、例のスクーターの受け取りの為であった。

先の騒動の後、ギンペーは「余裕が出来てから直してくれたらいいから」と、スクーターの修理を先送りにさせていた。
多岐は未だ安樂屋に入院中。店が休んでいる間、メレアはゴミ町のあちこちを回って、電化製品や車の修理を請け負って賃金を稼いでいると小耳に挟んだ為だ。

馬鹿高い安樂屋の治療費に、壊された店の修理代、当面の生活費。
多岐の貯金が残されているとはいえ、稼げるだけ稼いでおかなければやっていけまいと懸命に働くメレアに、負担を掛けさせるのは忍びない。
急ぎでもないので、余裕が出来た時でいいからと言っていたのだが、三日間の連休が与えられることが決定したその日の内に、ギンペーは申し訳ないがスクーターを直してもらえないかとメレアに頼み込んでいた。

未だ多忙であることは重々承知だが、どうしても必要になるのだとギンペーは電話越しに頭を下げたのだが、メレアは「二日で仕上げるから待ってて」と快諾してくれた。


ギンペーが後でいいから、と言ってくれたのでお言葉に甘えさせてもらってこそいたが、必要とあらば真っ先に直そうと考えていたそうだ。

こうして、お古のスクーターはメレアの手によって完璧に修繕され、新品と比べても遜色ない仕上がりで、ギンペーの前に差し出された。


ボディは希望通りのスカイブルー。レトロなフォルムはそのままにエンジン等を一新したそうだ。
見た目は白鳥から渡された時のままだが、性能は約束すると、メレアはスクーターの座席をパシンと叩いてみせた。


「メンテナンスはいつでも受け付けるから、何かあったら気軽に電話して」

「至れり尽くせりでなんか申し訳ないなぁ……。ありがとう、メレアちゃん」


細かい傷も補修され、とても中古品とは思えぬ仕上がりだ。忙しい中、此処まで綺麗にしてもらったおまけに、アフターケアまで完備とは、頭が上がらない。

ギンペーは、スクーターのハンドルを握り、適当に動かしながら、これはきちんとお礼をしなければと修理代について切り出した。


「そうだ修理代なんだけど……」

「お金はいいよ。こないだ父さんが世話になったんだから」


ところが、メレアは代金は受け取れないとギンペーの申し出を拒否した。

幾ら大した額を払える見込みが無さそうとはいえ、多少なり収入になるのなら、受け取って然るべきであろうに。
ギンペーは、時間を割いて修理してくれたのだから、お礼を受け取ってくれと言うが、メレアは首を縦に振ってはくれなかった。


「そ、そんな訳にはいかないって!」

「いいって。ギンペーくん、あんまお金無いんでしょ?」

「確かに、今は殆ど持ち合わせないけど……こんなに綺麗にしてもらったんだし、ちゃんと払うって!」

「たかが一ヶ月食べ放題券で、あんだけ良くしてもらったんだから、これくらいタダでやらせてよ。じゃなきゃ、鴉に何言われるか分かったもんじゃ……いや、あいつの場合、それでいいのか?」


月末にまとめて払う、と言っていたが、足りない分は鴉から借り受けることも考えられる。

となると、そこからまた新たな負債がギンペーに加算されることになるだろう。そこに付け入らない鴉ではあるまいと、メレアは苦笑しつつ、いいからいいからとギンペーを宥める。


「まぁ、とにかく、私がいいんだからそれでいいってことで。あ、タダだからって手とか抜いてないから安心して。仕事は堅実・正確・丁寧でやる主義だから」

「そ、そこは心配してないけど……けど、やっぱ悪いって」


ギンペーとて、財布に余裕がある訳ではない。タダでいいと言うのなら、是非甘えさせてもらいたいところだが、メレアにそこまでしてもらう理由が自分には無いと、ギンペーも頷けなかった。


「元はと言えば、俺が役に立たなかったせいで、ああなったていうか……。鷽島のとこに乗り込んだ時だって、俺は殆ど何もしてないし……」


多岐とメレアを助けたのは、鴉達の功績だ。

自分がしたことと言えば、鴉の指示通り、雛鳴子に従って爆弾を仕掛けたり、鷹彦が征圧したオペレータールームでテレシスを動かし、微力ながら手助けしたくらい。

タダでスクーターを直してもらうだけの働きではないし、元を辿れば、自分が非力であったが為に、メレアは攫われ、事が大きくなってしまったのだ。


もしあそこにいたのが鴉や鷹彦であったなら、あんなことにはならなかった。

だから、自分には感謝される筋合いなど無いのだと、ギンペーは軽く俯いた――が。


「そんなことないよ」


コツンとつむじを小突かれ、自然と眼が上を向いた。

影から引き剥がされるように明るさを増した視線の先には、穏やかに微笑むメレアがいて。此処でそんな表情を見せてくれるのかと、ギンペーは思わず目を見開いた。

そんな、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をすることないだろうと、メレアは一層目を細めながら、くるりと身を翻してみせる。

そして靡く髪から僅かに覗いた首筋には、未だ鷽島に取り付けられたインプラントパーツが残っていた。


ゴミ町に戻った後、メレアは埋め込まれたパーツの摘出手術を受けることを拒んだ。

自分まで安樂屋に世話になっては、多岐の貯蓄が枯渇するという金銭面の意味合いもあったが、実父の遺品――エクゼテレシスとの繋がりを残しておきたいという願いから、メレアは体の中にパーツを残したままでいる。

日常生活に支障は無い。見た目は痛ましいかもしれないが、殆ど服で隠れるし、自分は割と気に入っている。
だから、このままでいいのだと、メレアは残したままの部品に、慈しむように手を当てた。
これが愛しいと思えるのも、あの一件があったからだ。


とんでもない目に遭ったことには違いないし、起こらなくて済んだのなら、それでよかったとも思える事件だった。それでも、実父の遺したものに触れ、彼が自分を愛してくれていたのだという実感と、多岐も同じ想いを抱いてくれていたことを知れたことを、メレアは尊いと感じていた。

こんな風に思えるのも、金成屋の面々が人事を尽くし、自分達を助けてくれたからなのだと、メレアは微笑する。


「聞いたよ。あそこに入る為に爆弾仕掛けたり、エクゼテレシスが撃ったレーザーから父さんを守ってくれたりしてくれたって。……父さん、アイツはあれでどうして中々出来た男だって褒めてたし、初めて会った時に殺しかけて悪かったってちょっと申し訳なさそうにしてたよ」

「そう、だったんだ……」

「父さんにあそこまで言わせたんだから、大したもんだよギンペーくん」


褒められ慣れていないのと、メレアに励まされてしまったことが気恥ずかしくなって、ギンペーはまたしても顔を下に向けてしまった。


慰めが欲しくて自虐した訳ではないのだが、ゆくりなく、そんな形になってしまった。

本当に自分は格好付けるのが下手でいけないと自己嫌悪に、メレアや多岐に褒められた喜びが混ざって、頭の中がグチャグチャに撹拌される。

落ち込んだらいいのか、欣喜雀躍としたらいいのか。
身の振り方も分からぬまま立ち尽くし、微妙な笑みを浮かべるギンペーの肩を、メレアはとどめと言わんばかりにトンと押した。


「そういう訳だから、スクーターの修理代はお気になさらず。これからもターキーキッチンをご贔屓に。料理の方は、まだ当分先になるけどね」

「アハハハハ……。多岐さん、早く良くなるといいね」


結局、その一押しで、ギンペーは白旗を上げた。

メレアからの好意をこれ以上拒むのも失礼な話だし、この恩はまた、別の形で返せばいいだろう。
先日メレアの料理を口にして下した腹がキュウと引き締まる感覚を抑え込みながら、ギンペーはこれ以上お邪魔しては営業妨害になるだろうと、スクーターに跨った。


「じゃあ、俺はこれで……。スクーター、本当にありがとうね」

「仕事?」

「いや。ちょっと私用でね……。もしかしたら、明日にはもう修理を頼むことになるかもしれないけど、怒らないでもらえると嬉しい……かな」


直した傍から壊す予定があるのかと、メレアは一瞬呆けたが、ギンペーがスクーターを直してほしいと言ってきたのはその為かとすぐに察した。


「早速そんな危ない橋を渡る用事が……いや、その為にスクーター取りに来たって感じ?」

「……ごめん」

「いいや。そもそもこの街で、乗り物が長持ちする方が無理な話だし、気にしないで行ってきなよ」


流石に木端微塵にしたら考え物だけどね、と悪戯っぽく笑いながら、メレアはヒラヒラと手を振った。


ギンペーが何をするつもりなのかは知らないが、直したスクーターが明日には駄目になるかもしれないような用件だ。

無事では済まされないことを覚悟で、それでも臨むというのなら、死なない程度に頑張ってくれと、メレアはギンペーを送り出した。

せっかく出来たお得意さんが、また足を運んできてくれますようにと簡素な祈りを込めながら。


「ありがとう、メレアちゃん。……それじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい。君が吹っ飛ばないよう祈ってるよ」


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