カナリヤ・カラス | ナノ


壁内第三地区、RAPTOR社軍事ドローン開発支部。

この施設は十四年前の惨劇・ホロコースト事件から長らく沈黙していたが、亰の最新兵器の台頭に感化され、昨今は人も物資も出入りが多い。
その中には、軍事ドローンのテスターとして、”弾かれた民”が仕入れられているとか。亰から亡命してきた技術師が囲われているとか。とにかく怪しい噂が絶えないが、その辺りの真相を知るのは此処の所長として君臨している天才技師・鷽島と、彼の息が掛かった一部職員しか知り得ないのだろう。

何が運び込まれていて、それが何に使われているかなど、自分のような一介の警備員が知る由ではない。
自分はこうして流れ作業をこなすベルトコンベアよろしく、搬入にやってくるドライバーをチェックして門を開くだけなのだと、警備員は大きく欠伸した。

ドーンと大きな音と地響きがしたのは、その次の瞬間だった。


「な、なんだぁ?!!」


眠気も惰性も根こそぎ吹き飛ぶような衝撃を受け、慌てて警備員室を飛び出し、音のした方を見遣れば、其処には冗談のような光景が待ち構えていた。

ひしゃげた窓ガラス、飛び出した鉄骨、散らばったガラス片、どよめく人々。そんなものが霞む程の圧倒的インパクトを誇るのは、施設の壁に突き刺さった大型トラックの姿である。

かなりのスピードで突っ込んだのだろう。煙を上げるトラックはまるで、獲物を追い掛けて穴倉に嵌り込んだ獣のように壁にめり込んでいる。非常に不謹慎だが、凄惨を越えてシュールにさえ見えてくる眺めだ。

一体何がどうしてこうなったのかと、警備員はトラックを囲む職員達に声を掛けた。


「ど、どうしましたか?!これは一体……」

「そ、それが……突然このトラックが物凄い勢いで走ってきて……」

「ドライバーは?」

「恐らく駄目でしょうね……。私達、さっきまで建物の中にいて、このトラックの運転席が突っ込んで来るところを見たんですけど……」

「運転席は酷く潰れちまってたよ。あれじゃ、中にいる人間もぺちゃんこだろうな……」

「呼んでも返事がありませんでしたし……」


幸いにも巻き込まれた職員はいなかったが、トラックに乗り込んでいたドライバーの方は助かる見込みが無いだろう、とのことだった。

トラックが正面から壁に突っ込んでいる図を目にした時から何となく、運転手は只では済まされていないだろうと思っていた。
しかし、まさか運転席がグシャグシャになる程の勢いだったとは。

さぞ悲惨な最期を遂げたことだろうと眉を顰め、警備員は心の中で弔辞を捧げながら、それとなく職員達と共にトラックが突っ込んだ原因を探った。


「事故、ですかね」

「ブレーキとアクセルを踏み間違えたってレベルには見えないですが……」

「まさか自殺?」

「とにかく、警察に」


雁首揃えてアレコレ考えたところで、これは警備員と技師達でどうこう出来る問題ではない。早急に警察に連絡を入れて、後のことは彼等に任せるに限る。
警備員は携帯を取り出し、さてどう説明したものかとコール音に耳を傾けながら思案し――そこで、思考を遮るような爆発音が響いた。


「こ、今度は何だぁ?!」


既に事は終えていると、完全に油断しきっていた。そこに先刻トラックがぶつかった時のそれに劣らぬ轟音がやってきたので、警備員は思わず携帯を落してしまった。

落した拍子に、繋がった通話も切れてしまったのだが、そんなことに警備員が気付く余裕は無く。大慌てで携帯を拾い上げる頃には、職員達が音の発信源を見付け、悲鳴を上げていた。


「おい見ろ!!あそこ、燃えてるぞ!!」


遅れて響く、火災用サイレン。それを煽り立てるように、爆発は更に一発、もう一発と続き、瞬く間に施設の各地から黒い煙と炎が上がった。


「キャアアーーー!!」

「に、逃げろぉーー!!」


こうなってはトラックになど構ってはいられない。
手放しで逃げ出す職員に続き、警備員もオタオタと携帯を持ち直しながら、脱兎の如くその場を後にした。

トラックの運転手は、とうに死んでいるのだ。死体に感けて、此方が死んでは笑い話にもならない。
非情と言われようと知ったことか。こっちは非常事態なのだと、全力で走っていく一同は、最後まで気付かなかった。

歪曲した運転席の中は無人で。最初から其処には誰もいなかったということも。一連の騒動が全て、ある男の企みによって引き起こされているということも。




「んー、見事なドンチャン騒ぎだな。雛鳴子とギンペーは上手くやったみてぇで何よりだ」


逃げ惑う人々の叫び声と警報機が打ち鳴らすサイレンの音を聞きながら、鴉は担いだ刀で肩をトントンと叩いた。計画が気持ち良く、円滑に運んだことで機嫌を良くしているらしい。

その為にトラック一台がオジャンになり、貴重な機材が幾つも火を吹くことになったのだが。お陰で簡単に施設内に侵入し、堂々と歩いていられるのだから、文句は言えまい。


施設内に侵入する為、鴉が企てた策は、此処で搬入の仕事をしている運送業の男を使い、彼の運転するトラックの荷台に隠れて中に入るという大胆不敵なものであった。

当然そのまま建物内部へ侵入すれば、瞬く間に騒ぎになるのは必須。
そこで彼は、アクセルを固定した無人のトラックを施設の壁へと発進させ、その騒ぎに乗じて、雛鳴子とギンペーを投入。
追い討ちを掛けるように、施設内各地に爆弾を仕掛けさせ、蜂の巣を突いたような騒ぎになったところで、大手を振って侵入する。それが彼の立てた計画だ。


事前に手に入れた見取り図からするに、本命は地下の機密開発室にいるだろう。
上がどれだけ大騒ぎになろうと、鷽島はエクゼテレシスを手放してまで逃げ出すような真似はしないだろう。メレアについても然り。この二つは、彼が貴族に取り入る為に必要不可欠なのだ。

それに、地上へと通じる道を閉鎖してしまえば、賊程度の侵入を阻むことは容易い。各地に仕掛けた厳重なトラップにかけて、一網打尽。それで終いだと考え、鷽島は籠城を決めるだろう。


だからこそ、鴉は面倒な人目を散らす為、盛大に騒ぎを起こさせたのである。

ターゲットが逃げ出し、余計な手間をかけさせられる心配が無いのなら、派手にやらかすくらいでちょうどいい。
鷽島が自分達をそこらのテロリストか何かと思っている内には、心配は無用。目的地までの道を開く為の通行証と、トラップ解除用のパスワードは既に仕入れてある。
後は呑気に機械いじりに勤しむ鷽島の前に現れ、ハローと挨拶してやるだけだと、閑散とした廊下を悠々と歩く鴉を見遣りつつ、多岐は各方面にご愁傷様と簡素な祈りを捧げながら、ふぅと低く溜め息を吐いた。


「あのドライバー、この騒ぎに上手いこと便乗して逃げられてるといいんだが」

「他人の心配してる場合かよ」


言いながら、鴉はカードキーに通行証をスキャンし、電子音を上げながら開いたドアの間を躊躇いなく闊歩して行く。

彼とて、警戒していない訳ではない。
侵入者を阻む警備システムを無力化出来る術こそ持っているが、それが絶対の安全を保障してくれるとは限らない。
もしかしたら、仕入れた情報には記載されていなかった罠があるかもしれないし、対侵入者用のドローンが出払って来る可能性も高い。

だからこそ、鴉は辺りに気を配りながら、頭の中にインプットした地図に従い、目的地への最善最短ルートを躊躇せず歩いていく。

覚悟はとうに出来ている。故に迷わず、尻込みせず、堂々と足を進めるべきなのだと、鴉は半歩後ろを行く多岐に背中で語る。


「腹ぁ括れよ、多岐。こっから先は俺達の仕事だ」

「分かってらぁ。てめぇこそ腑抜けた戦い方してみろ、死ぬ程スタッフィング詰めてやるぞ」

「カッ。丸焼きにするんなら相応しい奴がいんだろ」

「ハハハ、違ぇねぇ」


なんて話した傍から、と鴉は刀を、多岐は肉切包丁を構えた。

近くに設置された防犯カメラを通して、セキュリティが此方の存在に気付いたらしい。十数体の対人警備ドローンが廊下の向こうからゾロゾロと隊を成してやって来た。

その中にテレシスの姿は無いが――これらを蹴散らせば、自ずと出払ってくるだろう。
出来ることなら、その前に目的地に到達するのが望ましいが、そこは自分達の働き次第だな、と鴉は歯を剥いて笑った。


「ではシェフ、お手並み拝見させてもらいますよっと!!」

「おうよ!!」


言うが早いか、鴉は警備ドローンの隊列目掛けて大きく跳躍し、体を回転させながら鋼鉄のボディに斬撃を食らわせた。

”烏ノ爪”の鋭い一閃は、鉄製の四肢を容易く切断し、バランスを欠いてグラリと傾いた機体は、後から進軍してきた多岐の力任せの一撃によって押し潰された。
研ぎ澄まされた切れ味を誇る鴉の攻撃に対し、多岐の攻撃は何処までも無骨で、重い。
筋骨隆々の肉体から繰り出される一振りは、対象の肉を骨ごと断つ破壊力を有し、頑丈さに定評のあるRAPTOR社製の警備ドローンも、まるで紙風船のように潰されていく。

開発・製作に携わった人間が見れば、涙を流さずにはいられない光景だろう。
天奉が誇る技術と、高額な費用を以てして作られたロボット達が、次々と鉄クズになっていく様は、悪い夢としか思えない。

実際、これをカメラ越しに見ている監視室の職員達も、眼と口をこれでもかと開いて、戦々恐々としていた。


「な……なんなんだ、あいつらは」

「所長に連絡を入れろ!このままだと、突破されるぞ!!」


天下のRAPTOR社に押し入るような輩など、前代未聞であった。

殆ど置物状態にも等しかった警備ドローンも、これまで運用されたのは数回。何れも、試運転の為に搬入された壁外の人間の逃亡を阻止する為であったが、ドローンが人間に圧倒されることなど一度たりとて無かった。

だから監視達は、テロでも何でも、これがある以上すぐに鎮圧されるだろうとそう思っていたのだが、頼みのドローンはこうしている間にも次から次へとスクラップになっていく。


彼等に鴉と多岐の狙いは分からない。だが、二人の向かう先が地下へ通じる一本道であることから、このままでは所長――鷽島のいる機密開発室に乗り込まれると判断出来た。

それだけは許してはならない。
あそこにある物は、RAPTOR社と天奉の未来を握る可能性。万が一のことがあれば、自分達の首が飛びかねない。

何としてでもあの二人を食い止めなければと、監視は増援を要請すべく内線に手を伸ばそうとして――其処で、何者かに頭部を強く打たれた。


「悪いな。あまり時間を掛けていられないんだ」


薄れゆく意識の中に響く、低い男の声。


――まだ他に仲間がいたのか。

そう声にならない声で呟きながら、監視達は床に倒れていく。
その様を見ながら、男――鷹彦は上着のポケットから携帯を取出し、通話を繋いだ。


「此方、鷹彦。監視室の制圧完了だ。これから通路のロックを解除する。雛鳴子、ギンペー、お前らも地下に迎え」

<了解>


作戦は、順調に進んでいく。
スムーズに運び過ぎて逆に怖いくらいだと、嫌な予感に背を押されながら、鷹彦は鴉が書いた作戦文書に則り、幾つかのセキュリティシステムを解除した。


此処での仕事が終わったなら、次に向かうべきは――。


カメラに映る目的地の様子を見遣りながら、床に転がる監視達をワイヤーで纏めて束ねると、鷹彦は速やかに監視室を移動した。


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