カナリヤ・カラス | ナノ


それから小一時間後。掃除屋によって集められた死体の山は、駆り出された安樂屋職員によって分別され、燕姫が解剖することになった。

その間、鴇緒はアジトにいる仲間が心配だと仕事を終えるやすぐに戻ってしまったが。
安樂屋のロビーには、燕姫の解剖結果を待って、伝令にと残った掃除屋メンバーに、ミツ屋・月の会の使い、そして金成屋が鎮座していた。
その傍らでは、此処に至るまでにいくつの異形を斬り伏せてきたのかも分からぬワタリが、ぼんやりと窓の外を眺めている。


――件の異形らは、その数実に五十を越えて、町に出没した。

都からの帰りに、その内の五体程に襲われた雛鳴子は、自前の武器でどうにか敵を蹴散らすも、攻撃を躱す際にうっかり安く買えた卵を割ってしまい。
その時に上げた叫び声を聞いて駆けつけてきた鴉に、思い切り小突かれた。

何をするんだ、紛らわしいことをと言い合っていられたも束の間。また新たにぞろぞろとやってきた異形共に、二人は意識を向け、即座に迎撃へと入った。

それから、一先ず金成屋に戻ろうとする道すがら、町のあちこちで上がる悲鳴に出くわして。その一つで、騒ぎを聞いて店を出ていた鷹彦とギンペーに合流して。
四人はどうするべきかとさっくり話し合った結果、取り敢えずこれは燕姫に話すべきだろうという結論に至った。

鴉の目撃証言からして、これらが燕姫の逆鱗に触れた例の事件に関与していることには違いない。
ならば、余計なことをしでかして、ワタリを差し向けられたりしないよう、身の振り方を見据える為にも、彼女にこれを伝える必要がある、と。
そうして、ワタリや金成屋から全てを聞いた燕姫は、その異形の解剖に乗り出ることにした。

数が多い分、サンプルには困らない。手は掛かるが、何も掴めないという事態にはそうそうならないだろう。
看護婦達によるフルサポートのもと、燕姫は掃除屋に依頼して集めさせた死体を調べ。彼女が何を見出してくるのか、その報告を鴉達は待っていた。

ミツ屋や月の会の人間までもが此処に来ているのは、彼等もまた、鴉達のように異形に出くわしていて、その対応に困っていたからだった。
ハチゾーは燕姫の依頼により何かしらの調べ事に出払っていて、月の会はまた別途の用件で忙しいとのことで。その代用として、使いが派遣されている。

燕姫が逐一電話を回す手間を省き、かつ、そこで何かやることがあるのなら手を回せる。
そうした理由により、各勢力は燕姫の解剖結果をロビーで待機し――やがて、解剖室から出てきた燕姫の口から、衝撃的な真相を告げられた。


「…あれらは、やっぱり人間だったわ」


燕姫はいつものように淡々と、そう言い放った。
集められた死体を漁り、それをまたバラして調べていく作業に疲れたというより、遣る瀬無いと言いたげな様子であった。

そうもなる、と数名が顔を顰める中。興味深い眼で此方を見てくる鴉やワタリに、燕姫は溜め息を吐きながら続ける。


「貴方達、”桃源狂”って知ってるかしら」


聞き慣れない言葉に一同が反応を曇らせる中、燕姫はカルテを眺めながら、また仄暗い息を吐いた。

どうして彼女の色がこうも優れないのか。それを理解している者は、恐らく此処にはいないだろう。
だからこそ、説明するのだが。なんて不毛な考えを抱きながら、燕姫は口を動かす。


「”桃源狂”は、百年戦争時代に軍で使用されていたドーピングドラッグ……彼等は皆、その末期中毒者よ」

「や、薬物中毒者?!」


人を異形へと変えたその正体に関しては、ギンペーを除いて、誰も大きな反応を示さなかった。

法のもと、国という秩序のもとに護られている壁の中では、これは異常なことである。
だが、無法を極めた壁の外で、更に不条理を集めたこの町では、やはりこんなことも、よくあることなのであった。


「……仮にあれが人間だったとしたら、人体改造かドーピング漬けだろうとは思ったが」

「大戦時代に使われてたブツっつったが、なんでそんな物が?」


草木など殆ど枯れ果てたこの世界だが、培養家畜や復元野菜同様に、植物もまた、この環境に適応するように遺伝子改良が施された上で、死にかけの大地に緩やかに根を下ろしつつある。
中には、突然変異で現れた全くの新種などもあり、それらを利用して、違法薬物を作る者もまた、少なくない。
特に国の目が届かない壁の外では、酒、煙草、薬物は大きな収入であった。

物資こそ少ないが、壁の外には広大な土地がある。人がどうにか住める程度に汚染された土地で、強く逞しくあることを強制された植物たちは育てられ、歪んだ農産業は、国の知らないところで――いや、知って尚、眼を背けられた上で、発達していた。
だから、時に人体に多大な影響を齎す薬物も、珍しいものではなかった。
寧ろ、そうした物は趣味の悪い金持ちや、そのような人間を相手にする商売の人間に好まれる。
それを狙って、悪魔のような効果を持つ薬物を作ろうとする機関すらも、存在する。
ゴミ町に住まう者達は、そんな方向性の間違った技術の犠牲者を、よく見ているのだ。

故に、蹴散らしてきたものが人間であったと知らされた後に、それが薬害によるものだと知っても、驚きはしなかった。

しかし。そんな彼等にも、信じられないことが一つあった。


「大戦時代に兵士に使用されていたその手のヤクは、あまりに非道徳だっつー理由で製造方法が葬られてる筈だろ?」

「えぇ、その通りよ」


燕姫は、非常に優れた医者である。彼女も自身の腕に誇りを持ち、また周囲もそれだけは信用している。よって、彼女の解剖結果に誤りはないと、そう思える。
それに、あらゆる薬物の凄惨な副作用を見てきた彼等ですら、人体にあそこまで影響が出るものは見たことがない。

だとしても、俄かには信じられないのだ。
散々戦火の下に人権を燃やしてきた御国が、遅すぎる倫理観で葬った薬物が、再びこの世に出てきていることが。


「”桃源狂”は、人間が無無意識の内に抑え込んでいる力を最大限引き出す麻薬であり、また人間の欲求を凶悪かつ凶暴に増幅させるもの…。
しかし、副作用に脳細胞が破壊され、人間であるという意識が消え…薬物効果で再構築された体は、次第に人から離れていく……。
薬一つで人体改造が施せる手軽さから、大戦中は捕虜によく使用され、即席の戦力を得るのに活躍していたそうよ」


成る程、それは間違いない。と、信じ難い事実が更に彼等の脳に食い込んだ。


ゴミ町を賑わせた連続女性惨殺事件。その犯人は、もう間違いなく”桃源狂”の中毒者に違いないだろう。

住人達は、何故あのような形で女だけを殺し回っていたのか。このようなことはよくあると言っても、疑問に感じていたのだが。
その答えはやはり、ただの欲望の結果だった。

麻薬により本能を獣の如く駆り立てられた中毒者は、己の脳を支配する強烈な欲求に従い、女を襲った。

だから、あれは女を喰らいながら――と、鴉が思い出して顔を顰める中。有り得ない筈の真相を呑み込みつつある一同に、燕姫はなけなしの補足を付け足した。


「そういう訳で、当時も研究サンプルは非常に多くてね…中毒者が特定の周波数を送ることで、簡単な指示なら聞かせることが出来たそうよ。
加えて、彼等はあくまで薬物中毒者だから、定期的に薬を与える人間には従順になるとか……最早、歴史上の話だった筈なのに」


大戦中に使用されてきた、戦争の為の薬は、二度と悲劇を生まない為にと、製造に関するあらゆるものが処分された。
情報、機材、研究所、材料、関係者――徹底して処理され、平穏であり続けなければならない世界に、未来永劫その悪意は芽吹くことがない筈であった。

そうした物があったという記録は残れど、そこから現物を生み出すことは不可能である。
先人達の恩恵に肖りながらも発展を続けている人類だが、完膚なきまでのロストテクノロジーには手が届かない。その筈、なのだが。

と、燕姫自身も何より信頼している筈の自分の腕と脳に、疑いを持ち出した時だった。
濁り淀んだ空気の中、彼女の携帯のコール音が鳴り響いた。


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