カナリヤ・カラス | ナノ



「ゴミ町連続女性惨殺事件、ついに被害者数が二十を越えたねぇ」


バサバサと捲っていた町内新聞を閉じながら、白鳥は他人事のようにそう言った。
それに対し、そんな言い方をしなくてもいいのではないか、と商品棚を物色していたギンペーは顔を顰めた。


「この町、殺しなんて日常茶飯事だと思ってたんすけど……町内新聞でそうも大々的に取り扱うもんなんっすね」

「まぁ、確かに殺人自体は珍しくもないことなんだけどね」


皮肉を込めて言ったことにも関わらず、白鳥は実に飄々とした調子を保ったままに返してきた。

声にはあからさまに軽蔑が含まれていた。だというのに、白鳥はそれを敢えてスルーしているのか。
ギンペーは益々顔に不服の色を乗せたが、やはり白鳥に変化はない。


「それこそ痴情の縺れから組織の対立、無意味な快楽殺人まで。この町にはあらゆる殺人が取り揃えられてると言っても過言じゃない。
が、その中でこうして新聞記事にされるのは、町全体の問題になることだからさ」

「……どういうことっすか」

「この事件、こないだまでは取り上げられるようなものではなかった。けれど、昨夜事情が変わったのさ」


白鳥は綺麗に新聞を畳むと、それをギンペーに向かって放り投げた。

幸いにも床に買い物カゴを置いていたので、手は空いていた。それをどうにかキャッチすると、白鳥から読んでみろ、というような視線が送られてきた。

恐らく、一面をでかでかと飾る記事に彼の言いたいことが書いてあるのだろう。
ギンペーは渋々ながらも、読みなれない新聞へと目を通した。


「……『ゴミ町連続女性惨殺事件、二十一人目の被害者は安樂屋所属の看護婦、山浦ミドリ(享年二十二歳)。
事件が起こったのは一昨日深夜未明、買い出しに向かった被害者が戻らず、心配した同僚が探しに向かったところ、彼女の遺体が安樂屋前に置かれていたのを発見。
遺体は縦に裂かれ、腹部には内臓の殆どが残っておらず、犯行はこれまでの事件と同一人物であると思われる』……」


思わず眉間に皺が寄る事件内容は、ここ数日よく聞いていた話と一致していた。


つい、十日程前のことだった。

最初の事件が起きたのは、ギンペーが鴉達と文次郎の工房に行ったすぐ後のことだった。
町のストリップ劇場で働く踊り子が、路地裏で惨殺遺体になって発見され、その死体の異常な状態に流石のゴミ町でもちょっとした騒ぎになり、話はすぐに彼等の耳にも届いた。

踊り子は頭から股まで縦に裂かれ、彼女の腹部には僅かな量の臓器しか残っていなかった。
死後間もなく発見され、野良犬が群れていた形跡もないというのに。踊り子の内臓はまるで食い千切られた後のようだった。

それから二日もせず、次の事件は起こり、またもや女性が凄惨な姿となって発見され――それが今日に至るまで、二十一件続いていた。

異常が通常である筈のゴミ町でも、異常過ぎるこの事件。しかし、ただそれだけならば白鳥が言った通り。新聞記事になることはなく、酒の席を盛り上げるゴシップで終わっていただろう。

問題は事件内容ではなく、その被害者にあった。


「『安樂屋院長・燕姫氏は、優秀な部下であった被害者を失ったことに憤慨し、この事件の犯人捜しを決行。自らの用心棒であるワタリを捜索に放つことを声明』……こ、これ!」

「そう。今回の事件で犯人は、意図してるのかいないのか、ともかくゴミ町の女帝を怒らせちゃったって訳」


二十一人目にして、ついに事件の犯人は触れてはならないものに手を伸ばしてしまった。

ゴミ町四天王が一人、安樂屋・燕姫。彼女の下には、主に手術中のアシストや入院患者の介護に勤める看護婦達が十数名、就いている。
彼女達は皆、燕姫が手自ら指導し、一流のスタッフとして育てられた精鋭看護婦であり。その腕前についてはデットダックハントの際、生物兵器を確実に捌いていた様からもよく知られている。

そこに至るまでに彼女達には長い時間と、途方もない労力が掛けられている。それを横から掻っ攫われたとくれば、燕姫が怒るのも頷ける話である。


ゴミ町住人達にとって、この一連の事件を何処の誰がやったかも、殺された人間についてもどうでもいいことだ。

しかし、それがゴミ町に於ける有力者である燕姫を怒らせ、ゴミ町最強と謳われるワタリを解き放つことになったのなら話は別だ。


「ギンペーくん、雛鳴子ちゃんを守ってあげたいって気持ちはとても素晴らしいと思うけど……もし犯人に遭遇することがあったとしても、手出しはしない方がいい」


弔いなどという美しい目的ではなく、己の所有物を無許可に貪られたことへの報復を目論む燕姫。
そんな彼女の命令により動き出した、ゴミ町四天王二人――鴉と鴇緒を黙らせた程の力を持つワタリ。

彼等に不用意に関わってしまうことがないように、事件をこれ以上厄介なものにしないようにと。そう訴える為に、惨殺事件は新聞で取り扱われることになった。


そう、これは報道ではなく、警告なのだ。

間違ってもこの事件に介入し、燕姫の怒りと、ワタリの刃に触れてしまわないようにという――。


「ゴミ町最強の男の得物を、横から掠め取るような真似をすれば、どういう目にあうか。この町に来て半年も経っていない君でも、なんとなく分かるだろう?」

「はぁ…………………え?」


白鳥の言うことに頷き掛けて、ギンペーはばっと顔を上げた。

この事件が取り立てられた理由はよく分かった。だが、今度はその解説の間に挟まれた見過ごせない言葉が頭に引っかかってきた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっすよ!白鳥さん、さっきなんて?!!」

「アハハハハ!ギンペーくん、君って本当に真っ直ぐだよねぇ」


遅れてそれに食い掛るギンペーに、白鳥はけらけらと笑った。
馬鹿にしている訳ではなく、感心したような言い方だが、それにしても心を見透かされたようで悔しい。

ギンペーは真っ赤になった顔を隠すべく帽子を目深に下げて、買い込むつもりでカゴに入れていた商品を片っ端から棚に戻した。


つい十日前、雛鳴子と共に装備を整え、以後特にそれを使用することもなかったギンペーが、やたら攻撃力に長ける爆発物を多く手に取っていて。
加えて件の騒動のことがあれば、ギンペーのことをある程度知る者なら、白鳥同様に彼の目論みを見破ることは出来ただろう。

ギンペーの行動原理は単純である。腹の探り合いが勝負を分かつことの多いゴミ町では、思考を読み取られることは命取りとも言える。

それでも、白鳥は率直にギンペーの愚直さを褒めた。当のギンペーは全く褒められた気がせず、ぶつくさと商品を戻し続けているのだが。


「…いつまで笑ってんっすか、白鳥さん」

「ハハ、ごめんごめん。あー、…でもさ。雛ちゃんにとって君みたいな存在は、とても大事だと思うよ。
環境のせいであの子、人の腹の底ばかり疑って、頼ることに怯えてるからさ。ストレートに助けてあげるって気持ち見せてくれる人が、必要だと思うんだ。
鴉じゃ手の及ばない時もあるだろうしさ。君のその真っ直ぐなとこは、雛ちゃんの為になるよ」

「……そう、っすかねぇ」


ギンペーは白鳥の言葉がどうにも引っかかり、何とも晴れない返答をした。
雛鳴子の置かれた状況についてはよく分かる。だが、その後に続く”鴉では手の及ばない時”というのはが、どうにも納得し難かった。

ゴミ町に来てからそう時間は経っていないが、それでもギンペーにだって鴉という男は、全てとはいかずとも理解出来ている。

彼は、自分の所有物に対しては何処までも徹底して管理しようとする、途方もない欲深さで出来ている男だ。
そんな彼が、未来の性奴隷として傍らに置いている雛鳴子を失うような手抜かりをするとは、ギンペーには到底思えなかった。


確かに不測の事態や理不尽の襲撃というのはこの町では常に起こり得ることだ。丁寧に張っていた罠や防壁を潜り抜け、いつ誰が牙を立てて来るとも限らない。
どれだけ鴉が周到に雛鳴子を手に収めていたとしても、完全無欠ではないその守りが破られる時は来るだろう。

しかし雛鳴子もただ鴉に守られている訳でもないし――何より、金成屋・鴉を欺ける人間がいるとは、ギンペーには思えなかった。

万が一のことはあっても、その先にいける者は億が一にもいる気がしない。鴉の強さと狡猾さを前にして、一体誰が、彼から何かを奪おうと思えるのか。
鴉を知っているからこそ、この時のギンペーには、白鳥の言葉の意味が全く理解出来なかった。

白鳥は、その鴉以上の強さを持つ番犬を飼い慣らしているゴミ町四天王・燕姫ですら、部下を奪われたことを――相手の持つ力も脅威も弁えずに牙を剥く者が、この町にはいることを話していたというのに。

ギンペーは、白鳥の言葉に含まれた意図など、何一つ分からずにいたのだった。




結局、餞別と言って煙幕弾を一つ貰って、念の為にと二、三個装備品を買って、ギンペーは金成屋に戻った。

どうにも心は晴れないが、いつまでももやもやしてはいられない。
今でこそ連続女性惨殺事件でざわめていているが、この町を歩くのに警戒すべきは女性だけではない。
誰もが自分の首を掻かれないよう、大なり小なり気を張っていなければ、この町では生きていけないのだ。

迷いは、遅れを生む。一秒未満の反応に運命を左右される身としては、余計なことに気を取られているのはマイナスにしか運ばないし、考えたところで何も分かりはしないのだ。

ギンペーは取り敢えず白鳥の言っていたことは忘れておこう、と気持ちを切り替えて、金成屋の戸を開いた。


「ただいまーっす」

「あぁ、お帰り」

「って、あれ?鷹彦さんだけっすか?」


返ってきた声が一つであることに首を傾げながら事務所内を見渡してみたが、中にはやはり鷹彦しかいなかった。

堂々と構えられた机の主たる鴉も、先程の話題に取り上げられていた雛鳴子もおらず。事務所内の空気は何というか、閑散としている。


「雛鳴子は集金ついでに買い物だ。もうそろそろ戻る頃だろう」

「そっかぁ…。鴉さんはまだ向こうっすかね」

「場所が場所だからな。朝から向っているとはいえ、仕事のこともあるから時間は掛かるだろう」


ちら、と各自の予定が書き込まれた黒板に目をやると、確かに今日この時間は自分と鷹彦だけが事務所にいることになっていた。

雛鳴子は昼過ぎに都に集金で、終わった後に夕飯の買い出しをして来るので、戻るのはあと三十分前後だろう。
一方鴉は、書かれたスケジュールからして、鷹彦の言う通り、まだ当分此方に戻ってきそうにはなかった。

赤いチョークで書かれた「出稼ぎ」の文字を見て、ギンペーはまた靄が立ち込めて来る感覚がした。


(鴉じゃ手の及ばない時もあるだろうしさ)


まさかそんなことはないだろう。そう確信している筈なのに、どうにもギンペーは落ち着ける気がしなかった。


prev next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -