カナリヤ・カラス | ナノ


「お疲れ様っした!」


その日は、比較的穏やかに業務が終わった。予定の入っていた客の対応も、顧客の負債管理も滞りなく済み。定時終業だと金成屋の戸は閉められた。

閉店後はいつもであれば、ギンペーは二階へと上がり、雛鳴子の作った夕食(有料)を頂戴するのだが、その日は違った。


「え、ギンペーさん今日はいいの?」

「うん!俺、ちょっと用事出来たから!」


ギンペーは店が閉まるや否や、いそいそと帰路に着いた。

元お坊ちゃまだけに、家事が天才的に出来ないギンペーは、いつも雛鳴子の作る夕食を楽しみにしていたので、一体何があるんだかと雛鳴子はまたも首を傾げたが。
浮いた一人分は明日の朝にでも回せるので、まぁいいかと特に言及することなく、ギンペーの背中を適当に見送った。


ギンペーは、ゴミ町の夕暮れが好きだった。

朝も昼も薄暗いというのに、夕方だけは傾いた陽の、目に痛い程鮮烈な光を取り込み。道を囲むゴミ山が深い影を作りながら、オレンジ色に発光している。
都では決して見ることの出来ないその景色が、ギンペーはとても好きだった。
最近この時間帯は金成屋二階で、雛鳴子が夕飯を作る様や、古びたテレビから流れる惰性的な番組を見て終ってしまっていたのだが。
久し振りに見たその景色は、やはりギンペーの心を躍らせた。

特に今日は、上着の内ポケットに入れてきた初給料のこともあって、道を行く足取りはぐんぐんと加速していった。


本心を言えば、雛鳴子の作る夕飯をギンペーはとても食べたかった。
彼女の作る物はどれも安い材料で出来ているのだが。生まれてこの方屋敷のお抱え料理人や三つ星以上のレストランの、値段も知らない高級食材が使われている食事しか口にしてこなかったギンペーの舌には、それらよりも余程マッチしていた。

ギンペーには違いというものが然程よく分からない。大戦貴族の子息でありながら、第六地区出身の少女の安い料理すら美味く感じてしまうのは、そのせいかもしれないが。
小皿にちょこんと盛られたよく分からない肉と、そこに添えられた名も知らないハーブだなんだよりも。
三人分、時に四人分どかんと纏めて大雑把に盛られた、野菜ばかりの格安の手料理の方が、ギンペーには美味く感じられた。

前者が不味かったかと言われればそうでもない。寧ろ、あれはあれで美味かった。
しかし一つの皿を突きあい、談笑を交わし、肉を取り合ったりしながら食べる食事は、また格別なものだった。

それはきっと、あの料理を雛鳴子が作り、それを彼女達と食べているからこそ感じられるものだろう。

だから、ギンペーは金成屋で過ごす夕飯の時間が好きだった。雛鳴子が台所をてきぱき動く様を見るのも、次第に漂ってくる空腹を煽る匂いも、何の気なしに見ている夕方のニュースでさえも。
ギンペーにとって、とても大切なものになっていた。故に、彼は決めたのだった。初給料はまず、雛鳴子の為に使おう、と。


ギンペーはゴミ町に来て、無論、鴉にも鷹彦にも世話になっている。だから彼等にも、酒でも買って日頃の感謝を伝えねばとは思った。
しかし先に、初仕事から何かと世話になっている雛鳴子に、労いの意を込めて感謝の品を送ろうと、ギンペーはそう決めた。

何せお互い似た立場。最初の頃よりだいぶ打ち解けたとはいえ、これからもっと仲良くなっておく必要は間違いなくあるだろう。歳も近いことだし、友好は深めて損はない。
それに、「え、これを私に?……ありがとう、ギンペーさん」なんて、あの破格の美少女から言われるのは、想像しただけで胸が躍る。

そんな年頃の少年にありがちな、都合のいい妄想に駆り立てられ、ギンペーは記憶を辿りながらある場所を目指し、ゴミ町の奥へと進んでいった。


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