カナリヤ・カラス | ナノ


「はーーーーん、また雛鳴子ちゃんは集金ゼロか」

「……どうも、すみませんでした」


からっぽの集金袋を逆様にしながらニタニタと笑う男を睨みながら、いつ見ても人の神経を逆撫でする笑い方だと、雛鳴子はこれでもかと顔を顰めた。

黒い髪、黒いシャツ、黒いマフラー、黒いズボン、黒いブーツ。何もかもが真っ黒の中、その瞳だけが血のように赤い。その獰猛な双眸で此方を見据えながら、男――鴉は、咥えた煙草に火を点け、紫煙を燻らせた。


「全く、何時までも甘ちゃんだなテメェは。集金任せて一年、何回集金日スカされりゃ気が済むんだよ。教えたよな? 集金日はただ金を集める日じゃねぇ。俺らが何があっても取り立てに来るって事、金がないなら何をしてでも作らせるって事を客に示さなきゃならねぇ日だってよ」

「分かってます。だから、すみませんって謝ってるんです」


言葉こそ反抗的ではあったが、自身に非がある事は理解していると、正真正銘の誠意を込めて、雛鳴子は頭を下げた。


鴉の言う事は、尤もだ。

自分に任された仕事は、集金だ。金成屋に於いてその仕事は、何をしてでも金を取り立てて来いという事を意味する。それを全う出来ず、剰え、負債者に温情を与えた。

責められる筋合いはある。責任を取れと言われれば、相応の償いもする。それでも、自分の選択が間違っているとは思わないと、雛鳴子は顔を上げ、真っ直ぐに背筋を伸ばし、胸を張った。


「来月スカされたその時はどうするつもりだ?」

「相手の体掻っ捌いてでもお金作ります」

「田所は見逃してじゃないかって他の依頼人共が揃って集金日に言い逃れしようとしたら?」

「全員叩きのめして、見逃した訳じゃないって思い知らさせます」

「……ったく。来月は三倍入れとけよ」

「……はい。ありがとうございます、鴉さん」


迷いや後悔があるなら徹底的に突いてやる心算だったが、覚悟が出来ているなら、それ以上は言うまいと、鴉は灰皿に煙草を捩じ込んで、机の上に脚を置いた。

窓から差し込む光に当てられ、青や紫に光る黒髪も、不遜な態度も、縄張りに君臨する鳥の姿を彷彿とさせる。まさに、カラス。あの鳥は、彼を現すのにこれ以上となく適している。黒を纏うその姿も、狡猾で獰猛な内面も。ただ――彼はもっとずっと、質が悪い。


「まぁ、人に優しくするのは大いに結構だが、テメェの返済金用意し損なわないようにな雛鳴子。知っての通り、俺はその辺シビアだからよ」


口角をこれでもかと吊り上げて嗤う鴉の顔を見て、雛鳴子の顔がガチッと固まった。


「俺とお前の特別契約ルールを忘れたとは言わせねーぞ。@、返済期間は五年。延期は決して認められない。 A、お前は月々家事雑用と金成屋の仕事で金を得ることは出来るが、住み込み費用と生活費・雑費が雑用分の給料となるので前者の収入は限りなくゼロ。金成屋の仕事は仲介料としてお前が回収・あるいは用意した金から半額が引かれる。また、仕事を失敗した場合はその倍額が請求される。B、仕事の失敗分は月末に請求される。用意出来なかった場合は来月に繰り越せるが、倍額になって請求される。C、以上のルールにより発生した負債も揃えて五年以内に完済出来なかった場合、お前は当初の予定通り俺の犬決定。いやー、我ながらうっとりする位単純明快なルールだ。忘れたくれも忘れられねぇだろ」

「……全く、その通りです」


雛鳴子は回顧した。一年前、金成屋として働く前に出されたこの”特別契約ルール”を前に、「失敗しなければなんて事ない」と同意の判子(仕事用にと鷹彦がくれた)を押してしまった時の事を。

今思えば、何て馬鹿なことをしたのだろう、と雛鳴子は悔やんでも悔やみきれなかった。


確かにこのルールは、失敗さえしなければ問題ない。鴉に出された仕事を順調にこなし、僅かでも着実に金を貯めていけば彼女の抱えた借金一千万は五年あれば返せるはずだったのだ。

だが、現実はそうはいかない。今回のようにしくじっては、鴉が楽しそうに”雛鳴子負債管理帳”をつける度、雛鳴子は思った。この男は時に善人の皮を被って人を騙す鬼だ、と。


「この一年で当初一千万だったお前の負債も約三千万か。もういい加減負けを認めたらどうだ? 雛鳴子。あと二年足掻いても膨らむのは負債とお前の胸だけだぞ」

「誰の決めたルールでこうなってると思ってんだてめぇ!! っていうか、後者は放っておいてください!!」

「カッ、あのルールに同意した身でよくそんなことが言えるな。ま、胸の方はそれで成長止まっても安心していいぞ。自分で育てるっていうのも一興だと寛大な心で迎えてやっからよ゛っ」


ガン!!と雛鳴子が投げた茶筒が鴉の額に直撃した。これ程のセクシャルハラスメントの応報を茶筒のクリーンヒットで済ませてやったのだから感謝しろと此方を睨む雛鳴子に対し、鴉は赤くなった眉間を顰めた。


「おっ前……本気の投げ方しなくてもいいだろ……」

「ホントならその頭砕いてやりたい位なんでラッキーだと思ってください! 私、備品の調達行くので失礼します!!」


そうピシャリと言い放つや、雛鳴子はドカドカと足音を立てながら店を出た。

バンッと戸が閉められてから数拍。事務所内がしんと静まり返ると、それまで沈黙を決め込んでいた鷹彦が、煙草の煙を吐きながら呟いた。


「今のは、お前の言い方が悪い」

prev next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -