「志郎さん、これ見てください!」
そう言って愛が取り出してきた物に、慈島は僅かに目を見開いた。
じゃん!という効果音がどこかから響いてきそうな、うきうきと弾む声だ。
まあ、不自然な後ろ手の状態でつつつと歩み寄ってきた時点で、背中に何か隠しているのは分かっていたのだが。
そんな子供っぽさもまた可愛らしいとすかさず思ってしまうあたり、自分も相当やられている。
ごほん、と軽い咳払いをしてから、慈島は尋ねた。
「ええと、これって……フライパン? ずいぶん小さいんだね」
「フライパンはフライパンですけど、ちょっと用途が特別なんですよ。
これ、ホットサンドメーカーです」
なるほどと慈島は納得した。
蝶番のような部分で二つに開いた小型フライパンの内部には、よく見れば一回り小さい四角形の出っ張りがある。
「トーストやサンドイッチばっかりじゃワンパターンかと思って、変化をつけたくて買っちゃいました」
「俺はワンパターンなんて思った事ないよ。愛ちゃんが作ってくれるだけで幸せだ」
「もー! 志郎さんったら、もー! もー!」
愛は年頃の少女らしく真っ赤に頬を染めて照れた。
身をよじる勢いでホットサンドメーカーの片側が飛んでいきそうになっている事に慈島はハラハラする。
「それで、志郎さんは何を挟みたいですか? 卵? ツナ? ハムチーズ? それともメンチカツとか?
一緒に材料いろいろ買ってきたから、リクエストに応えちゃいますよ!」
「ああ、そうか……中に具を挟むんだっけ」
「はい、挟むんです。何にします? オーソドックスなのはやっぱり最初のみっつだと思いますけど……」
「………………」
「? 慈島さん?」
「……チ……」
「ち?」
「…………チョコバナナ……とか、一回やってみたい、かな……」
別に男が甘いものを好きだからといって恥じる必要はなく、慈島もお茶の時間になると愛が用意してくれる菓子を日頃から楽しみにしている。
が、初手からチョコバナナというのはさすがに幾らか躊躇するものがあったらしく、さりとて欲望には勝てず、
そのささやかな後ろめたさから、最後の方は僅かに視線を外した照れくさそうな小声になっていた。
どうやら、その仕草も愛の内側にこみ上げる諸々を後押ししてしまったようだ。
「ッ! ッ!! ッ〜!!!!!」
「愛ちゃん!?」
突如としてホットサンドメーカー片手に無言の壁殴りを初めた愛に、慈島は仰天する。
訳が分からないまま慌てて止めに入った慈島の腕の中で、ぜいぜいと愛は息を荒げる。
「ご、ごめん。何かまずい事を言ったかな。作るのが大変なら無理しなくていいから……」
「そうじゃないです……そういう事じゃないんです……」
ふるふると力無く首を横に振ってから、あ、でもこれはこのままで、と愛は即座に立ち直った声で言った。
と、まあ、そのような経緯があって。
幸いバナナは家にあった。チョコレートもパンに塗る為のチョコソースが余っている。
意外と内部まで熱が通りにくいので、固形のチョコよりはあらかじめ溶けているこちらの方が確実らしい。
スライスしたバナナを食パンの上に並べ、その上からチョコソースを満遍なくかけ、もう一枚の食パンで蓋をしたら、あとは焼くだけだ。
物珍しさもあって、じりじりと炙られるホットサンドメーカーを、慈島はなんとなく愛の隣に並んで見守る。
ぱかんと開いた中からこんがり狐色に焼けたパンが姿を現した時には、思わず二人揃って小さな歓声をあげた。
さあ、実食だ。
「甘くて美味しい」
「あ、慈島さんお口にチョコついてますよ。今拭いて……」
「ん」
指摘された慈島は、反射的に親指で唇をぐっと拭うとそのまま舐め取った。
引き続き一口、二口と食べ進め、ようやく食卓に深い沈黙が落ちているのに気付いてはっとする。
「…………あ、ごめん……行儀悪かったよね……」
「いえ、あの……ご馳走様でした……」
「え???」
目を瞬かせる慈島の前で、愛は何かを堪えるように、テーブルに置いた両の拳を真っ白になるほど固く握り締めていた。
先程のあれで一度発散していなければ危なかった――後に愛は深刻な顔で笑穂にそう語り無視されたという。
「ところで愛ちゃんは食べないの?」
「あ、私はその……今はまだあんまりお腹がすいてないので、また後で」
「そっか」
特に不自然な理由でもないため慈島も聞き流し、それきり忘れてしまった。
チョコバナナのホットサンドは大満足の出来で、それを聞いたケムダーが俺にも作ってと愛にねだり、お前は食うなと慈島にすごまれるまでが一セット。
そしてそんな平和なのか物騒なのか不明なやり取りがあった翌日、誰もいない家で密かに肉メインなガッツリ系のホットサンドを作って食べる愛の姿があったのは、もうひとつの話。
―――
この話をいただいた日、めっちゃくちゃ体調悪かったんですが、読み終えた瞬間腹痛と眠気と脚のむくみが全て治りました。田鰻さん、本当にありがとうございます!!
田鰻さんが書いてくださる慈愛、いつもほのぼのしてて可愛くて癒されるぅ……。愛さんもだけど、慈島も相当ラブくて、私の表情筋全てが歓喜してる。
しっかり冷遇されてるケムダーや、愛さんの猪ムーブに引いてる笑穂も最高に良い味出してて超好きです。
ツイッターでいただいたネタに乗って呟いた内容も入れていただけて、超ハッピーです!
田鰻さん、ありがとうございました!!
皆さんも健康になってね!!