ゴミ捨て場。
それは住宅地、もしくはアパートやマンションの敷地内に設けられた共有スペースであり、
家庭内で出た各種のゴミは一旦ここに集められてから、自治体の管理する収集車によって回収されていく。
回収対象となるゴミは曜日ごとに異なっている為、スムーズな回収には出す側の協力が必要不可欠なのだが――。
「ちょっと! そこのあなた達!」
「……あ?」
「あ?じゃないでしょ! 今日は燃えるゴミの日、資源ゴミは別の日よ!
そのゴミ袋の中、全部ごちゃ混ぜじゃないの! んまー! しかも空き缶まで入ってる!」
「なんだァこいつ……文句があるってのなら――」
「お、おい待て! よく見ろ、この姿は……!」
「へっ? ……あっ、ああっ!?」
「ゴミの分別はちゃんとやらないと、みんなに迷惑がかかるのよ!
あなた達だけの問題じゃ済まないの! わかる?」
「は、はいっ! すいませんでしたー!」
訳の分からないのが難癖をつけてきたという初めの強気はどこへやら、その二人のというか二体のフリークスは、
パンパンに膨らんだゴミ袋を抱えると、一目散にその場から逃げ去っていった。
町中でのトラブルはご法度である。ルールを無視して荒事に訴える愚か者にしても、さすがに相手は選ぶ。
腰に両手を当ててぷりぷりと怒りながら、片手にゴミ袋を下げたケムダーは小さくなっていく同胞達の後ろ姿を見送った。
「まったくもう、困っちゃうわね!」
「お前こそその謎の主婦口調をやめろ。どこを目指してるんだ」
騒ぎを聞きつけて出てきた慈島は、今日も今日とて朝から家に押し掛けてきている実の父親に限りなく冷たい目を向けた。
朝食の席では、さっそくゴミ捨て場での一件が話題になっていた。
長きに渡る人類とフリークスとの戦いがフリークス側の全面降伏で終わった後、
これまでは言ってしまえば狩り場でしかなかった避難区域へ、徐々にだが生活の場を移し始めるフリークスが出始め、
また人間の側も消極的にとはいえこれを許容した。
結果を見れば人類側の完全勝利とはいえ、ある意味では痛み分けにも近い終わりの形だった為である。
せっかく融和に入ろうとしている流れを無理にせき止めても、決壊するか溢れるだけだぞ、と。
おかげでこの頃では、町中をありのままの姿で散策したりゴミ出しをしたり肉屋でコロッケを買うフリークス達を見るのも、
さほど珍しい事ではなくなりつつある。それでいいのかと思わなくもなかったが、いいのだろう多分。
戦いの終結からほとんど間を置かず、フリークスの移住を支援する企業や団体が声をあげたのも大きかった。
もちろん善意の筈がない。この虎視眈々と儲け話の機会を伺う抜け目のなさ、やはり一番恐ろしいのは人間なのか。
侵略区域への観光ツアーなども計画されているらしく、またこれが予約段階で結構な人気だという。
ただしやはり、意識の面ではまだまだ摺り合わせが必要なようだ。
いかに両者が歩み寄りを始めようと、あくまで生活基盤となるのは人が作った人の町。
うまくやっていこうとすれば、人が定めた様々な決まり事に、後から来たフリークスの側が従わなければならない。
元々は人間だった者も、能力が弾けたついでに頭の方も若干弾けてしまっているので同じ事である。
過渡期にごたごたが起きるのは、人の歴史でさえ変わらない。ましてつい最近まで食うか食われるかの関係だった間柄たるや、だ。
ネギが浮いたアサリの味噌汁を啜りながら、慈島は難しい顔をした。
「やっぱり、こういう面ではまだいざこざが発生しがちだな。
擬態してれば怪しまれない為に奴らもルールに合わせるんだろうが、堂々と出歩けるようになったせいで逆に地が出てしまってる」
「今はマナーがちょっと悪い程度で済まされてますけど、なんとかしないと新たな火種になりかねませんよね。
あ、ごはんよそいますよお義父さん」
「ありがと嫁ちゃん。早いうちにひと仕事終えた後の朝飯は格別だぜ」
「ただゴミを近場のゴミ捨て場に置いてきただけで仕事ぶるな。むしろお前が収集されれば良かったのに」
「ゴミ捨て場に捨てられてる子猫なんて保護待ったなしじゃん。小さくても大切な命」
「ゴミ捨て場と子猫に謝れ」
眉間の皺が深くなる一方の慈島に向かって、ケムダーは鼻先を持ち上げるようにしてにゃーんと鳴いた。
殺したい。アサリの殻を噛み砕かんばかりの目付きになっている慈島の前に、宥めるように愛がしらすおろしの小鉢を置く。
「それともアレか、猫が許されないなら擬態の方で転がってろってのかぁ?
それだと雨の日にゴミ捨て場に倒れてた男を通り掛かった女の子が拾って家に連れ帰ったら、
実は人類を脅かすフリークスの十怪、貪欲のケムダーでしたみたいな乙女ゲー展開になっちゃうだろ。
どのタイミングで『俺に構うな』と『その子に手を出すな』の台詞言うべきだろうな俺」
「お前が何を言ってるのかまるで意味が分からん。
そもそもゴミ捨て場で行き倒れてるような怪しい男を若い女の子が拾う訳ないだろうが」
「それが拾うんだよ。なあ嫁ちゃん、雨の日のゴミ捨て場にびしょ濡れの志郎が倒れてたら拾うよな」
「それは拾いますね……」
「いや拾わないでしょ……拾わないよね? 拾っちゃ駄目だよそんなの……」
なぜ状況が雨の日に限定されているのかも気になったが、真顔で頷いている愛を見ていると慈島にはそれ以上は聞けなかった。
愛する妻とこのろくでなしの間で、何やら自分の知らない共有される世界があったらしいのも癪に障る。
余計な話を吹き込まれる前に殺した方が良かったのではないか。特に何もなくても殺した方がいいのではないかと思いながら、
慈島はソーセージエッグに箸を伸ばす。
卵の表面はパリッと香ばしく焼けており、それでいて脂っこさなど微塵も感じられない。
添えられているのは千切りのキャベツとトマト。どちらにもあらかじめドレッシングで味が付けてある。
少々の酸味が、ソーセージの濃い目の味に対して爽やかだ。無論、染み出したドレッシングで卵がびしゃびしゃにならないよう、
量はしっかりと加減されている。毎食の事ながら、慈島は愛妻の料理の腕前に感心しきりだった。
「今朝のは両面焼いてあるんだね」
「はい、ターンオーバーって言うんですよ。同じ目玉焼きでも、たまには気分が変わっていいかと思って。
最初はなかなか綺麗な形に裏返せなかったり、火が通り過ぎちゃったりでうまくいかなかったんですけど、
愛の手料理に失敗なんてないから!可能性として存在してないから!って言ってパパが全部食べてました」
「コレステロール大丈夫かな徹雄さん……」
「父の愛だなぁ、尊い」
「お前が愛を語るな。愛が汚れる」
白米にのりたまふりかけをパラパラとかけているケムダーを、慈島は睨み付けた。
これだけ大量におかずがあるのにどうしてふりかけを使うのか。そしてその瓶に貼られた「俺の」のラベルは何だ。
そんな事があった日から、暫くが過ぎた週末。
念願の日曜日。となればいつも頑張ってくれている妻へのお礼も兼ねて二人でどこかへという思い虚しく、
朝から近所の公園に慈島は立っていた。
「俺は何をやってるんだ……」
片手には箒。もう片手にはゴミ袋。そして全身を包む作業着と軍手とスニーカー。
誰がどう見ても立派な、これから大掃除に取り掛かりますという格好である。
「ほら、この前のゴミ捨て場でのトラブル。ああいうのが多かれ少なかれどこでも起きてたみたいで、
このままじゃいけないっていう事で、公園の清掃作業を通して人間とフリークスの親睦を図るのと同時に、
ゴミはゴミ箱へ、分別はきちんとっていう衛生意識をどっちにも改めて持ってもらおうって企画されたんですよ」
幼稚園か、と慈島は思った。
説明をしてくれる愛も当然参加者であり、掃除向きという事でジャージに着替えている。
結婚しているといってもまだまだ愛が子供なのには違いない訳で、そんな年相応の姿はなんとも微笑ましく、
また休日に一緒にいるのは変わらないという事もあって、慈島の気分はやや持ち直した。
集合場所にはフリークスも含めて結構な参加者がいる。そこそこ広い公園だから数が多い分には困らないだろう。
少し前なら大混乱間違いなしという光景に、変われば変わるものだと慈島は瞑目し、それから愛の立つ側とは逆の隣を見た。
「なんでお前までいるんだ」
「参加者には炊き出しやるって聞いたから来た」
「もうホームレスと変わらないな」
「昔の俺にはなかったけれど、今の俺には帰る家があるんだ」
「どの家の事を言っているのかは皆目見当がつかないが返答の内容次第ではこの場で殺す」
「まあまあ志郎さん。お義父さんも今日はよろしくお願いしますね。
集めたゴミや枯葉は袋に入れるか、私の所まで持ってきてください。全部消しちゃいますから」
「愛ちゃん、張り切るのはいいけどゴミ掃除なんかに能力使わないようにね……」
平和な一日が、今日も始まる。
―――
田鰻さんからいただきました、FREAK HOUSEのケムダーと慈愛です。
タイトルが「ゴミ捨てするFREAK HOUSEのケムダー」だったので「(元)人間のゴミがゴミ捨ててる」と思ったら、慈島が同じようなことを言っていたので笑ってしまいました。
常にケムダーに辛辣ながら愛さんとラブい慈島、何言われても全く気にしてないケムダー、そしてコレステロール地獄の徹雄とニヤニヤポイントが多過ぎて端的に言って最高でした。
あとこれを読んだ後、のりたま買ってきました。美味しい。
田鰻さん、本当にありがとうございました!!生きる糧にします!!