読みきり | ナノ かつて、世界を滅ぼす程に長い戦争があった。

百年に及ぶその戦いの中。戦力を求める国々の為に、兵器を造り、売り捌く機関があった。
戦艦から細菌まで。ありとあらゆる兵器を生み出したその機関は、終戦と共に姿を消したが、彼等が造り出した兵器は、今も世界に残されている。


その一つが、私。


「……マジで死なねぇんだなァ……お前」

「…………一応、死んではいます。ただ……生き返ってしまうだけなのです」


不死の屍、とうに死んでいる生者。過ぎたる科学力と、人の欲望と狂気が生んだ怪物。

付けられた商品名は――人型生物兵器・ノーライフ。


「……最高だな、お前」


百年続いた終戦から更に百年。

存在価値を失い、朽ちるまでの日々を待つのみとなった兵器たる私は


「決ぃーめた。俺、お前のこと絶対殺してやるぜ。二度と生き返れないくらいに、よ」


その日、初めて約束をした。





人を焼き、大地をも侵した戦火は消えれど、その瘡が癒されることはなく。
手の施しようがない程の廃墟が並ぶこの村のように、放置された場所も少なくはない。

此処は、生き延びた国民達が身を寄せ合って築き上げた都市からそう遠くはない位置にある廃村だ。

その昔――大戦前は、行商でそれなりに栄えていたというが。今やその面影はなく。
吹き荒ぶ風が、窓硝子のない建物の中を通り抜けていく虚しい音だけが響いているような、寂しい場所だ。

時折、都市に住む人間が不法投棄した、家電だの自転車だのといった粗大ゴミが目につくが、それもまた、この場所が息をしていないことを象徴しているようで。
男は目深に被ったフードの位置を直しながら、やれやれと肩を落とした。


辛気臭いことを嫌う男は、この道を好いてはいなかった。
廃墟一つ一つ、捨てられたゴミの一つ一つが溜め息を吐いて、鬱々としながら風化していくのを待つだけの空気が、同情を求められているようで嫌になるのだ。

だが、それでも。男はこの場所をよく利用していた。

唾を吐き捨てたくなるような雰囲気をしていても、この場所は男にとって掛替えのない所で、道を進むごとに足取りも軽くなってしまう。
そんな場所だからこそ、彼は忌み嫌いながらも、この廃村に――いや。村の最奥で、どうにか形だけを保っている教会に、通い詰めていた。

嫌悪感を上塗る程の高揚を与え、ほぼ毎日彼の足を此処に運ばせる理由が、其処にはあった。


正確には、其処にいたというべきだろうか。


ぎぃ、と扉を押した先で待ち構えていたそれに、男はニタァっと歯を剥いて、笑った。


「よう、ノーライフ。今日も、殺しに来たぜ」

「……こんにちは、キーフ。今日も、殺る気満々なのね」





さらりと、綺麗に切り揃えられた長い黒髪と、それと同じ色をした、修道女のようなワンピースを揺らして振り向いたのは、十代後半の女であった。
少女と言うには稚さがない面持ちだが、女性というにはあまりに若い。それでいて、酷く美しい顔をしている。そんな女がノーライフ。

それに対するは、カーキ色のジャケットを着た、二十代前半の男。
凶悪さを絵に掻いたような顔付きに、伸ばし放題の痛んだ金髪が、見る者を自然と退かせる。そんな雰囲気を纏っているのが、キーフだ。


「今日は星座占いも一位で、天気も良好。おまけにエモノも新品っつー、サイッコーの殺し日和だからよ。
お前も、流石に今日こそ完全に死ぬんじゃねぇかと俺は思うぜ?ヒャハハ」

「……そうですか。それは、今から胸が躍りますね」


と、仄暗い表情を貼り付けたままにノーライフが答える中。キーフはわざわざスポーツバッグに入れてきた、新品のエモノを取り出した。

彼はいつもこうして、ノーライフを殺すエモノを隠して持ってくる。
バッグの中、ジャケットやズボンのポケットの中…すぐに披露するくせにわざわざ隠してから来るのは、彼曰く、見せた時の楽しみの為らしい。

何を持って来ようと、彼女が大きく揺らぐことなどないのだが。それでも、キーフ自身が楽しいのか、彼は毎回こうして律儀にエモノを何処かから取り出す。


スポーツバッグに入れてきたので、それなりに大きさのあるものなのかとノーライフはぼんやりと思いながら、いそいそと準備をするキーフを見ていたが。
案の定、彼が装着したのは、非常に刃渡りの長い四本の刃がついた手甲であった。


「ほら、見ろよコレ。東洋でニンジャってのが使ってたっつー武器でよ。鉤爪っつーんだぜ。
結構高かったんだがよ、実際手にしてみっと、やっぱ買って正解だって、俺の本能が言ってくんだコレが」


それは、まるで獣の爪のようであった。先が軽く丸まり、標的に刺さって容易く抜けないようになっており、それが四本横に並んでいる。
シンプルな構造ながら、殺傷能力に優れていることが、一目で汲み取れる。そんな武器だとノーライフは思った。

しかし、随分古い武器で、しかも東洋の物となれば、彼の言う通り、かなりの値段がするだろうに。
そんな物をわざわざ取り寄せてくるとは、本当にこの男は殺しが好きなのだなと、ノーライフは眉を下げた。


「…痛そうな武器、ですね」


鏡のように光る刃を見て、ぽつりとそう呟くと、キーフがまた、歯を見せて笑った。

彼のこの、狂気を煮詰めたような笑みが、ノーライフは嫌いではなかった。

今日に至るまで、何万と見てきた筈のその表情は、何れも恐怖し、嫌悪し、いつしか呆れてきたというのに――。


「ばぁか。痛そうなの選んでんだよ」


はっと、呆けている間に腹部に感じる冷徹な温度に、ノーライフは眼を剥いた。

伏せがちだった睫毛が花開くように、かっ開いた目蓋から、つぅと涙が流れてきたと思えば。同時に口からごぼっと、血が溢れて。


「ぐ、ぶ……」

「ん〜〜。突き刺した感覚が伝わってくるのもイイな。刺し心地も良好だ」

「い、あ゛……あ……あああああああああああああ!!!」


キーフが笑いながら鉤爪を引き抜くと、ノーライフは悲鳴を上げながら床に倒れ込んだ。

貫かれた腹が酸素に触れる度に内側から痛み、それにのたまおうとするも、上から踏み付けてくるキーフの足が、動くことを許してはくれず。
ノーライフは起き上がることも逃げることも叶わぬまま、再び腹部に鉤爪を突き立てられた。


「ぎああああああ!!!!あ、あああああ!!」、

「ノーライフ、どうよ?一気に四本も刃入ってきて。かなりキくだろ?」


薄いノーライフの腹を貫き、そのまま床まで突き刺す勢いで、キーフは鉤爪を振り下ろす。

そこからまた、ノーライフの肉を、内臓を、鉤爪の先に引っ掻けながら腕を引いて。
抉られる痛みに暴れる彼女を足で押さえつけながら、キーフは何度も何度も、ノーライフの腹部を鉤爪で蹂躙した。


「い…たい……痛い、です……キー、フ…っ!!それ、や……」

「ヒャハハハハ!そんなこと言われて、止める訳ねぇのなんか分かってんだろ!それとも、煽ってくれてんのか?」

「ひぎ、ぎ、う…ぐうううう!!!」


ぼろぼろと涙と声を零し、ノーライフは刺し貫かれる度に体を跳ねさせ、眼を剥いた。

あれだけ美しかった顔の面影が失せる程に、血を吐きながら壮絶な痛みに喘ぐノーライフに対し、キーフは非常に興奮しているらしく。
煤汚れている顔を紅潮させ、息を荒げながら、彼は激しく腕を動かして、ノーライフの腹を破壊していく。

肉が裂け、内臓がめちゃくちゃに出て、血が溢れて自分の顔に掛かろうとも。キーフは手を休めることなく、ノーライフを嬲る。


「あー、イイ……そんな痙攣するくらい痛がってるお前、久し振りに見たわ……コレ、やっぱ買って正解だったなァ」

「や、だ…キーフ……ぐぇ、あ……あぐ、うう!!うああああああああっ!!!」


やがて、ノーライフは体を大きく跳ねさせ、堪え難い絶叫を上げながら、ぐったりと抗うことを止めた。

それと同時に、キーフは彼女に鉤爪を下ろすのを止め。まるで獣に食い散らかされた後のようになった彼女をしばし見下ろしていたが――。


「今日初逝きだな、ノーライフ。ヒャハハ!早いじゃねーかよ。これじゃ、マジで今日死んじまうかもな!」

「っ…ハァ……あ………キー、フ……」


じゅるじゅると撓う音を立てながら、最早穴が開いたなどと言えない域にまで破られた彼女の腹が修復を始めると、
キーフは文字通り息を吹き返したノーライフに、今度はやたら、優しい笑みを向けた。


「けどよ。そう簡単に死なないでくれよ。ノーライフ」


依然手には、臓腑を付着させたままの鉤爪を付け、足で彼女の体を押さえ付けたまま。キーフは前髪に隠れた眼を細め、擦れた声でそっと囁く。

あれだけの激しい狂気を振り翳しておきながら。未だその腹の底に、荒ぶる殺意を抱えていながら。
キーフはぜいぜいと息をしながら再生していくノーライフを慈しむような眼で見て。


「俺は、もっとお前のこと殺してぇんだ……もっとお前の痛がる顔見て、断末魔聞いて…逝かせた感覚を味わいてぇんだ。だから、なぁ……」


ゆっくりと視線を下ろし、彼女の服部が元通り。白くきめ細かいその皮膚の中に、内臓を詰めたものに戻っていることを確認すると。
キーフはまた躊躇いなく、ノーライフの腹を縦に切り裂いた。


「ぎ、あ……あああああああああっ!!」

「もっと生きて、死んでくれよ、ノーライフ!俺の為に、もっともっと殺されてくれ!!」


そう吠えるように言いながら、キーフはノーライフの腹にじゅぶじゅぶと刃を沈めた。

力任せに殺していた先程とは趣向を変え、今度は戯れるように、キーフはノーライフの内臓を弄び始めた。


鉤爪の先に腸を引っ掻けては引っ張り出し、ずるずるといやにのんびりと床に伸ばして。
それから他の臓器もそれぞれ取り出しは彼女の横に並べたりと。

また堪え難い痛みにノーライフが喘いでも、キーフは素晴らしいおもちゃを得た子供のように眼を輝かせたまま、その手を止めない。


「それ……ヒッ……中、出すの、やめ、」

「すっげー、内臓みぃんな出ちまったぜ。腹ん中空っぽだ。ヒャハハ!」

「うぐ、あ……あ、ああああっ!あっ!!」


すっかり空洞になってしまった腹部を足で詰られ、またノーライフは意識を飛ばした。

視界が白んでいく中。此方を見下ろしてくるキーフの顔を最後まで見詰めながら、ノーライフはまた、彼に殺されるのだろうかと思いながら、幾度目かの死へと至った。


これもまた、真の最期ではないことを確信しながら。







人型生物兵器・ノーライフは、無限に等しい驚異的な再生能力を以てして敵の戦力を削る傭兵であった。

彼女が誕生した経緯は、彼女自身も知らないのだが。ともかく彼女は、死んでも死なない体と、それを使って国の勝利に貢献する使命を有していた。


逆に言えば、彼女はそれ以外に何も持ってはいなかった。


商品名とは違う、名前と言える名前も。生物として持ち合わせるべき心も。親も、兄弟も、友も、味方といったあらゆる人間関係も。
ノーライフは、何も持っていなかった。

故に。戦後、使命を失った彼女に残されていたのは、死んでも死なない体だけとなった。


自分を機関から買った国は、最早手元に置いておく意味のない不死の怪物を恐れ、彼女を都市から追放した。

処分しようにも死なず。しかし放っておいても特に害を成さない彼女は、こうして追いやられ。
彼女もそれに抗うことなく従い、近くの廃教会に適当に腰を下ろして、いつか本当の死が訪れてはくれないかと、漠然と長い時を過ごしていた。


実に退屈で、実に中身のない、長い長い時間。

時折外をふらりと出歩いて、一日空を眺めたり、迷い込んできた野良犬と気まぐれに戯れてみたり。
そうして過ごしてみてもまるで来る気配のない死に、ノーライフが辟易としだした頃。ちょうどこの、壮大な暇潰しの日々が始まって百年近く経った時だった。


「お前か?殺しても死なないっつー、不死の屍様は?」


数多の武器を引っ提げて、意気揚々と彼が乗り込んできたのは。


「……マジで死なねぇんだなァ……お前」

「…………一応、死んではいます。ただ……生き返ってしまうだけなのです」


キーフは、国が激しい内紛を始めた際に生まれた少年兵であった。

彼は両親に金貨一袋分で売られ、戦場の地雷撤去や囮として働かされた後、敵兵を殺す道具として利用された。


不幸中の幸いと言うべきか、キーフは人を殺すことに優れており、彼は数多の戦場を勝ち抜き、生き抜いてきた。
だが、彼もまた、内紛終了後。使い所のない兵器として放置されることとなった。

散々好き勝手に使われ、最早殺すことが生活に根付いてしまった彼は、ただの大量殺人鬼として処刑されることになったが。
キーフはこれに抗い、処刑人を殺して逃げ出した。


その後、彼は自分の命を狙ってくる者も、そうでない者も殺して、殺して。いくつもの夜を血に染めては朝を迎えて。
そんな日々を過ごしていた中、彼はノーライフの噂を聞いた。

都市の外。終戦後から放置されたままの廃村の奥にある教会に、百年前から住んでいる怪物がいる、と。
あぶれ者の集まる酒場でそんなおとぎ話に近い噂を聞いた彼は、堪らずそこから駆け出して、彼女のもとへと向かった。


殺さなければ生きれない。だが、殺しても殺しても満たされない自分を、その怪物が救ってくれるのではないかと。
キーフは大きな喜びに駆られながら、縋り付くかのようにノーライフを求め、この教会へやってきた。


それも、今から半年前のことになる。


「……今日も、私は生きていますね」





ズタボロのボロ雑巾のように成り果てた服を脱ぎ捨て、キーフが持ってきた、全く同じ黒い服に着替えながら、ノーライフは溜め息を吐いた。

今日も今日とて死ななかった自分を嘆いているというより、殺し疲れて、長椅子の上に寝転がっているキーフに呆れている色が濃い。


彼はいつもこうして、殺るだけ殺って、その後疲れてすぐに寝てしまう。
散々に弄んだノーライフのことなどお構いなしのその態度に、いつも彼女はじとっとした視線を送るのだが、彼が改める様子はない。

ノーライフは大きく肩を落としながら、服の中に入ってしまった髪をさんっと出して、うとうととしているキーフの横に腰を下ろした。


「…今日だけで貴方に十回は殺されましたが……本当に死ぬにはあと何回死んだらいいのでしょうね」

「さぁ、なぁ。流石に一日に千回殺せとかだったら、俺もお手上げだが……百回くらいだったら頑張っちゃうかもなァ」


けたけた、眠気のせいか緩く笑うキーフの頭を撫でると、水分のない金髪の下。深いグリーンの瞳が、心地よさそうに細められていった。


まるで遊び疲れた子供そのものだと、ノーライフは馬鹿なことを言ってのける彼の頭を撫で続け。
ふと、こんな日々もあとどれだけ続くのだろうかと、すっかり夜の色に沈んだ中、軽く眼を伏せた。


自分が本当に死ぬか、彼が自分を殺すのに飽きるか、諦めるか、死ぬか、はたまた別の誰かに殺されるか――。

どれが早いかは分からないが、いつかこんな殺し殺される毎日にも、終わりはやってくる。

その時、自分はまた一人になるのだろう。


長い長い時の中。終わりが来るのをひたすらに待っていたあの日々のように――いや、その更に前。生まれた時から彼と出会うまでのように。

こうして誰かと触れあうことも、話をすることもない。そんな孤独の中に取り残される日が、いつか必ずやってくる。


だが、願わくば――叶うのなら。


その日がずっと先であるようにと、祈りを込めて。ノーライフは眠りに落ちていくキーフの額に、そっと唇を落とした。


「……明日も、お手柔らかに殺してくださいね」


その言葉は、寝息を立てる彼に届いていなかったかもしれない。

それでも、今こうして隣に彼がある限り、ノーライフは自分が生きていることを感ぜられるのであった。



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