読みきり | ナノ



一つ、私はお前に嘘をつかない。

一つ、私は最期まで歩みを止めはしない。

一つ、私は死の間際までお前の為に戦おう。

一つ、私はこの代償から逃げはしない。

一つ、私は強くなろう。

一つ、私はお前が与えてくれたものの為に これを誓う。







その少女は、惨劇を目の当たりにして動けずにいた。

焦げた肉の匂い、飛び散った鮮血、崩れた瓦礫に凭れる臓物、それに群がる機会を上空で窺う鳥の群れ、灰色の空。
およそ地獄と比喩するに相応しい光景だった。


平和な田舎村を瞬く間に絶叫で染め上げた、隣国の軍隊の襲撃。

争いなど、無関係に等しいこの山間の村。戦争など、山を二つ三つ跨いだ先での話。
時にこの田舎での暮らしを「退屈」と投げ出し、名誉を求め兵に志願する若者が、数年に一度ぼつぼつと現れる位で。
戦場に向かう騎士達の兵糧となる麦や、毛布となる羊毛を出荷することで生活の資金を得ている位で。
攻め落とされる道理など、あってないような村だった。


業者の荷馬車か、水牛が通る位しかない道を、騎馬と兵士が埋め尽くし、凄まじい咆哮と共に攻め込んできたのが一時間前。

それからのことは、よく分からなかった。


人々が逃げ惑う中、一人が剣を、一人が鑓を、一人が斧を、一人が見たことも無いような魔物を、一人が銃を…と、人を殺す道具を、ただただ振るっていた。

血が飛び散った、肉が舞った。抵抗し農具で立ち向かった男も、状況が呑み込めない子供も、つんのめりそうになりながら逃げる女も皆等しく殺された。

蹂躙。まさにそんな言葉が当てはまる光景だった。


鍛え上げられた兵士達に成す術なく村人は踏み躙られた。
日々の暮らしを、平穏を、大切な誰かを。

泣き叫んでも助けなどない。怒りに歯を食いしばれど剣は振り下ろされる。憎しみに身を任せ突っ込んでも、虫を叩き落とすかのように首が飛ばされる。

四肢を斬り落とされた気のいい牛飼いの目の前では、女房が裸に剥かれている。
行商で買った本で医学を学んでいた青年の横には、医術などでは救えるはずもない状態にまで痛めつけられた老人達が転がっている。
花冠を作って遊んでいた少女や、犬を連れて駆け回っていた少年が、縛り上げられ荷馬車に押し込められている。
近々挙式を上げることが決まっていた若い娘も、ちぎれた服で痛めつけられた体を隠しながら、荷馬車の奥で声を殺して泣いている。


一方的な搾取を目の前に、少女は愕然としていた。
数刻前まで平穏そのものだった村を襲った惨劇に、抵抗する気力すら失っていた。
嘘だ、こんな、夢に決まっている と。逃れられない現実から、眼を逸らすかのように。


だが、全ては真実に違いなかった。


挨拶を交わした隣人が肉塊となっていることも、禿鷹のように弱者を淘汰する騎士達が暴れまわっていることも。

そんな現状を、たった一人の剣士が変えてしまったことも――。



「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」


その叫び声は、まさに口火だった。絶叫で埋まっていた村の中に訪れた、異変を示す、口火だった。

少女のように、壊滅的な現状に打ちのめされ、待ち受ける絶望に身を任せるだけとなった生き残りの村人たちも。それを奴隷、あるいは娼婦、あるいは処分対象に仕分けようとしていた騎士達も。
聞き飽きる程に痛ましい悲鳴を聞いていた、この場の全ての人間が、それを何かの予兆と捉え、そちらに目をやった。


「……おい、あれ」


平和な村が地獄に塗り替えられたように、変革とは刹那で起こりうるものだった。

噴出す血を見たところで動じる者がいないはずのこの場で、誰もが血の気を引かせ、その光景を見ていた。


宙に舞う、籠手をつけた腕 兜に覆われた首。

騎士達にとって珍しい光景ではなかった。戦場ではいつ、誰がそうなってもおかしくないもので、自分達もそうなるか否かの瀬戸際に常に立たされているのだから。


しかし、それは戦場での話であった。

此処は、戦場などではない。武装する者もいない、脅威のない、もぎ取られるのを待つばかりの果樹園のようなものだ。
そこで、鍛練を積み、鎧を実に纏い、武器を持った兵士が 死んでいる。いや、殺されている。


そんなことが、起こりうる訳はなかった。

野兎を狩りに出た狼が、臟を曝してくたばるようなものだ。有り得る訳がないのだ。


「な、何をしている貴様ら!!見ていないで、そいつを止めんかぁあああああああああああ!!」


閃く刃を掻い潜り、鑓を躱し、斧を受け止め、魔獣を殺気だけで食い止め、銃をへし折り、蟻を蹴散らすように兵士達が、確実に仕留めてられる。

一人、また一人。雄叫びを上げて向かう兵士達が、村人達がそうされたように、払い除けられている。


有り得るはずがなかった。

羽虫を相手にしているのではない、歩き始めた赤子を相手にしているのではない、積み上げた骨を蹴散らすのとでは訳が違う。立ち向かってきているのは、騎士だ。

鋼の鎧に、怒涛の勢いで他国に攻め入る強国・シュヴァイツェン帝国の紋様を刻んだ、兵士達だ。

勝ち上がる為に手段を選ばず、圧倒的な兵の数と、魔法を取り入れ始め、益々その力を増したという武器で今名乗りを上げている軍隊の一角だ。


それが今、塵芥のように蹴散らされている。

天地がひっくり返りでもしない限り、有り得ることのないことだったが、それもまた現実であった。


「と、止まれ!!止まらぬか!!貴様、一体何奴だ!!何の目的で――」


軍隊入りして間もない若い兵士が死んだ。
その魔法の才能で将来を約束された兵士が死んだ。
シュヴァイツェン帝国軍が中将の息子であるエリート兵士が死んだ。
剣の天才として士官学校を主席合格した兵士が死んだ。
運の良さだけで生き残っていた兵士が死んだ。
女を凌辱することだけを楽しみにしている歪んだ思想の兵士が死んだ。
病気の母親の為に戦場に立つことを決めた兵士が死んだ。
上司におべっかを使うことで未来のポストを得ようとしていた兵士が死んだ。
故郷に恋人を残してきた兵士が死んだ。
騎馬を手なずける腕を買われてきた兵士が死んだ。
それらを束ねてきた将校も、死んだ。

皆等しく、ただの肉塊となって終わった。時間にして、二十分と掛からなかった。


残った村人達の誰もが息を呑みこむ中。立っていたのは、血まみれの剣士が一人だけだった。

それも――


「………おん、な?」

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