モノツキ | ナノ
この狭い世界の中にすら居場所がない、ちっぽけな俺は恐れていた。
「ごめんね、アオキ。お母さん、もう行かないと」
親にすら見捨てられた惨めな自分を、唯一真っ直ぐに見つめてくれた人間が消えることを。
部屋の隅で蹲ることから卒業したばかりの頃から、俺は恐れていた。
「ちゃんと朝には帰って来るから。……私も心配だけど、仕事だからガマンしてね」
「……かーちゃん、」
生活の為、給料のいい夜勤で働くあいつが仕事に向かう時間が嫌いだった。
ボロアパートのドアの先。広がる暗がりに呑まれて、あいつがそのまま何処かへ消えてしまうのではないか。
俺はまた、誰にも見られることなく取り残されてしまうのではないか。
それがとてつもなく恐ろしく、そして、途方もなく寂しかった。
そんなガキの心情など、手に取るように分かるのだろう。
いつも決まって、あいつは出勤前に、泣き出しそうな俺の顔を隠すようにして、強く抱き締めてこう言った。
「大丈夫。お母さんは、離れていてもアオキのこと見てるからね」
駄々をこねていられない身分なのは、ガキでも重々理解していた。
それでも納得しきれずに、往生する俺を安堵させるのは、今思えば笑ってしまうようなその決まり文句だった。
「………いってらっしゃい」
「…うんっ。いってきます、アオキ」
扉の向こうに出れば、薄い布団の中で丸まっている哀れなガキの姿など、見える訳ないだろう。
あらゆる不安から身を守るようにして、夜明けを待っていた俺を、あいつは知る由もない。
けれど、それでも。
あの言葉は、恐ろしくて仕方のない夜をやり過ごす為の、微かな灯火になっていた。