モノツキ | ナノ
頭を伝うぬるい感覚と、アスファルトで擦れた皮膚の痛みに、頭上にちらつく赤い光。
こんな状態になったのもいつ以来だったかと思い返せば、最悪の上に最悪を塗り重ねられた日のことが蘇る。
「哀れなわっぱよのぅ」
目の前が黒い手に覆い隠されたせいで、体とバイクが道路へ投げ出された。
そのお蔭で盛大に頭を打ち付けたが、さてその”頭”は此処にあるのか。
俺からしちゃ愚問だが、周りからしたらそうならねぇだろう。
それを確認してくれる奴も、周りにはいなかった訳だが。
仮にもし、あの場に誰かいたのなら。目の前の道を遮るように、歩いている人間が一人でもいたのなら、俺はこうはなっていなかっただろう。
あそこに人っ子一人いなかった。だから俺は、今の”頭”同様、赤く光るそれを無視して――
道を突っ切ろうとした瞬間。俺は、あの糞忌々しい神サマの嘲笑を食らったのだ。
「罪を犯し、裁きを受けたものの行く末は知っておろうに。それでも止まろうとせぬとは。愚かを通り越して、哀れとしか言えぬわ」
「……そう言うなら、救いの手の一つでも差し伸べてくれってんだクソッタレ」
「救い、か。ほほほ、そうか、成る程。ほほ、ほほほほ」
脳が揺れたせいで、視界は眩み、耳鳴りもする。
それを無視して、此方を見て嗤う神サマを振りほどくようにして、俺は体とバイクを起こした。
こんなとこで転がっている場合ではないと、どうにか無事なそれらを動かそうとすると、暗い道の中に酷く愉快そうな笑い声が谺した。
楽しそうにしやがって。俺はクソ不愉快だ。
そう言い返して、ついでに唾の一つでも吐き掛けてやろうかと思った時。
暗がりに溶け込んでいたそいつが、ニタリと歯を見せて、俺を嗤った。
「お主は、未だ救いがあると思っておるのか」
目を逸らすように背中を向けていても確かに分かった。
押し殺していた、見ないようにしていた不安を煽るような嘲笑が、未だ眩む頭の中に嫌に響いた。
「わっぱ、やはりお主は哀れよのう。健気で、懸命で、いじらしい程に哀れなわっぱよ。
”救い”を信ずるお主が、この先どう贖いの道を行くのか、我等は見ていようぞ」
それを振り切るようにして走り出した。
制限速度も何もかも、意識の向こうに放り投げて。ただひたすらに、逃げた。逃げようとした。
「……ハッ、何が見ていようぞ、だ」
暴力に怯えて部屋の隅に丸まっていたあの日のように、俺はまた、見ることを止めていた。
背後まで迫っているようで、既に足首に絡み付いている絶望を認めずに。
俺は、全速力で逃げたんだ。
「お前に俺の……何が見えてるっつーんだよ」
此処はまだ、行き止まりではないと祈りながら。