モノツキ | ナノ




人は自分の理解者を求める。人は自分を正当化してくれる拠り所を求める。人は自分の理想を叶えてくれるものを求める。

その存在が希少であればある程に、人は依存し、強く餓える。





蝉時雨と灼熱の日光が容赦なく降り注ぐ帝都の夏は、とにもかくにも過ごし難い。
一歩外に踏み出せば、太陽とコンクリートの照り返しによる挟み撃ち、多湿の空気がむんわりと纏わりついて実に不愉快だ。

真夏の責め苦から逃れる術と言えば、日焼け覚悟でカルキ臭い水に満たされたプールに浸かるか、体を壊すのを承知でクーラーを利かせた部屋に引きこもるか。
妥協しても扇風機に当たったり、木陰に避難したり、冷たい飲み物を摂取したりと対処法は様々であるが、やはり人はより快適である方へと身を寄せてしまうものである。

そんな茹だるような夏のド真ん中で、ケイナは暇を極めていた。

最低限の温度にクーラーを効かせた部屋のソファに寝転がり、オレンジ味のアイスキャンディーを舐めながら、退屈極まる昼間の番組をBGMに漫画を捲る。
手前のテーブルには氷を浮かべた麦茶があり、少し歩けば冷蔵庫にお中元のゼリーや水羊羹も待機している。
人類の夏を極めたような環境下でだらけている彼女の、ホットパンツから伸びた脚の先では、アイスコーヒーをマドラーで掻き混ぜる男が深い溜め息を吐いていた。


「輝かしき夏の真昼間に女子高生がリビングでごろ寝で、何回も読んだ少年漫画を読み耽るとは、不毛な光景だな」

「うるせーな。お前も変わらねーことしてんじゃねーか」

「社会人様はてめーら学生と違って長期休暇なんてねーんだよ。だからこうして貴重な休みには全力でだらけるのが正解っつーことだ」


男はそう言いながら、ガムシロが混ざったコーヒーを一口飲んで、ソファの脇に山積みにされた漫画を手に取った。

するとリビングに直結した台所の方から「あっ」という声がして、間もなくカップアイスを手にした少年がどすどすと足音を引き連れてきた。


「ケイイチ!それ俺が持ってきたやつじゃねーか!先に読むんじゃねーよ!!」

「買ったの俺じゃねーか。誰の財力によって我が家の本棚が潤ってると思ってんだよ」

「それとこれとは話がちげーだろ!しっかも俺が次読むとこかよ!!」


ぎゃんぎゃんと頭上から響く声にケイナが顔を顰める中、男はへらへらと笑いながら漫画を捲り続ける。

読み回されて表紙が痛んだり汚れたりしているだけ、そのコミックスはマシな方で。同作のシリーズの中には誰が読むかで争った結果、真っ二つに裂けたものすらある。
随分前に買い直されたので現物は残っていないが、山積みにされた漫画の背表紙を見ていると、あぁあれは暫くセロテープで補強されていたななどと思い出す。

そんなことを考えていると、突如ぐいっとソファに伸ばしていた脚が掴み上げられ、ケイナは女子とは思えぬ形相で顔を顰めた。

上体を捩じって見れば、ケイナの脚を退けて、そこに男・ケイイチとの論争に見切りを付けてきた少年が、彼女と似たような面持ちで座っていた。
その傍らにはケイイチの近くから奪うようにして持ってきた漫画が重なっている。
ケイナはぶつくさ言いながらカップアイスを食らう少年に向かって、牙を剥くように口を開いた。


「何してんだよケイタ、邪魔くせーな!向こうのソファが空いてんだろうがよ!」

「じゃあてめぇがケイイチの方に移動しろよ!俺はあいつの隣にぜってー座らねぇから!!」

「はぁあ?!意味分からんねーことぬかしてんじゃねーよスカタン!」

「うるせーな!てめぇのが邪魔だし、見てて不愉快だから出てけよブース!!」

「あぁ?!!」

「……ケイジ兄、あれが真の不毛ってやつ?」

「ハハハ、ケイゴは中々鋭いなぁ」


吠えあう犬のように言い争いながら、脚や手で互いを小突きあい出したケイナと、少年・ケイタを指差す子供は、見ているのも不毛だとさっさと二人から目を逸らした。

ケイゴと呼ばれた彼は、ケイジ兄と呼んだ男と「見ないならゲームやるから」と言って、テレビの前で据え置きゲームの準備を始め出すが、それを聞く者はケイイチのみで。
小学生児童に冷めた目で見られているとも知らず、ケイナとケイタの争いはヒートアップしていた。

こんな光景は、ここイヌイ家では非常に有り触れたものであった。


帝都第九地区から、一家の大黒柱である父の仕事の都合により、第二地区へと引っ越してきたイヌイ家は四男一女の大家族である。
一言で現すのなら男勝りの一言に尽きるケイナだが、そのルーツはこのがちがちの男家系に起因していた。

男兄弟に囲まれ、彼等とこうして些細なことで悪罵を飛ばし、そこから手や脚を出すという流れが日常的であったが為に、
母親が「せっかくの女の子なのに」と嘆く程度にケイナは実に男らしく成長した。

髪はばっさりとショートカットに、脚はおよそ開き気味で、言葉遣いも兄弟達と変わらず、趣味はスポーツ、好きな漫画は血沸き肉躍る少年漫画ときている。


「もういい、てめーは一生そこに座り続けてろカス!!」


そんな訳で、昨今草食などと言われている男よりもいっそ男らしいケイナは、自慢の絞め技でケイタを落とした後に、やってられるかとソファから腰を上げた。

女子高生が即座にデス・ロックを仕掛けられるのは、父親がプロレス好きで、兄弟でいつも真似事をしていたせいだろう。
あるべき女子の姿から離れている彼女は、他の兄弟達同様父親とよく似た顔を顰めたまま、ずかずかと女らしからぬ足音でリビングを退出した。


「ケイジ、テレビでゲームやんならパソコン借りっからな」

「んだ、またネトゲか?お前夏休みで暇だからって最近やり過ぎじゃね?廃人予備軍め」

「うるせーな、てめぇこそ深夜にぶつくさ喋りながらやってんの知ってんだからな」

「独り言みてーに言うなよ。俺はオン友と通話しながらやっての」

「知るか学生ニート。さっさとバイトしろ」

「お前も暇ならバイト探せよ。お前の友達は今も働いてんだろ?」


そう言いながらコントローラーのボタンを、途方もないプレイ時間により研磨された動きで捌いていくケイジに、ケイナはくわっと怒りの形相を向けた。

が、間もなくそれはふしゅっと治まり。ケイナはしゅんと落ち込んだ面持ちで唇を尖らせ、ケイジに食い掛ることもなく行ってしまった。


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