モノツキ | ナノ
結局のところ、どうしたって加害者が得をするものだと思っていた。
人の尊厳を踏み躙った者にも尊厳がある。
そんな不条理が罷り通っているのだから、自分本意に生きた方が良いに決まっている。
傷付けられるより傷付けるべきだ。
虐げられるより虐げるべきだ。
騙されるより騙くらかすべきだ。
奪われるより奪い取るべきだ。
犯した罪に見合うだけの罰が降りかかる事など、在りはしないのだから。
そう、思っていた。
無辜の彼女を差し置いて自分が救われてしまったと痛感させられた、あの日までは。
「おはようございます、茶々子さん」
「おはよう、サカナちゃん」
もう何度、こうして朝を迎えたか。
今日も目が覚めたら彼女が其処に居てくれる事に感謝しながら、サカナは出来たばかりの朝食を並べる茶々子に笑いかけた。
「今日も朝ごはん作ってくれたんですね。ありがとうございます」
「ううん。別に、その……気にしないで」
「わ、いい匂い〜。僕、オムレツ大好きなんですよ〜」
茶々子と暮らすようになって、もうすぐ二年目の節目を迎えようとしていた。
日々の暮らしはとても穏やかで、慎ましくも幸福だ。傍目にも、そう見えるだろう。
長く塞ぐ込んでいた茶々子は人並みの生活と、心身の落ち着きを取り戻し、平穏な日々を享受している。
今が幸せかと問えば、彼女は頷いてくれるだろう。
それは紛れもなく本心だ。だからこそ彼女は不幸なのだと、サカナはそう思っていた。
「僕、今日はちょっと帰りが遅くなっちゃうと思うので、夕ご飯もお風呂も遠慮せず済ませちゃってください。帰れる目途が立ったら連絡しますので、ご心配なく」
「うん」
「あ、何か買ってきてほしい物とかありますか?帰りにお店寄ってくるので、必要な物あったら言ってくださいね」
「うん」
「じゃあ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。気を付けてね、サカナちゃん」
だから、堪らなく不安になるのだ。自分がこうして家を空けている間に、彼女が何処かへ行ってしまわないか、と。