モノツキ | ナノ


世界は生まれ変わった。

八百万の神々にとって支配されていた箱庭の世界は、たった一人の少女を守る為に立ち上がったほんの一握りの反乱分子によって書き換えられた。


あの大革命から一年が過ぎ、新世界創造プラグラムは凡そ滞りなく、この世界を回し続けている。

その影響と呼ぶべきか――否。自分の世界がこんなにも色付いたのは、あの戦いが始まる少し前のことだと、流石の彼も自覚していた。


「…………シグ?どうしたの?」

「うぉぉっ」


此方が慄くと同時に、向こうの肩もビクリと跳ねる。

何か悪いことをしてしまったかというように、彼女は身を縮めて此方の様子を窺っているが、自分が声を上げたのは、不意を突かれたからであって、畏怖ではない。

彼女は少し前に新調したマスクを被っているし、その下の髑髏の面にも、最近、僅かながら慣れてきた。
それでも、自分が長いこと怯えてきたせいか、彼女はまた怖がらせてしまったのではないかと申し訳なさそうなオーラを出している。考えるまでもなく、呆けていた自分が悪いというのに。

シグナルは、ばつが悪そうに口を尖らせながら、おどおどと此方を見遣る髑髏路から視線を逸らした。


「な、なんでもねぇよ。その、なんだ……今日は何食おうかと考えてただけだ」

「今、お昼食べてるのに……?」

「…………俺は計画的な男だからな」


ラグナロクを経て、モノツキでも表を堂々と出歩くことが出来るようになって暫く経つ。

自分はそれより前に、”真実の愛”を以てその権利を獲得したのだが、己の居場所は此処に違いないと裏社会に身を置き続けてきた。
だからだろうか。彼女とこうして、当たり前のように会社の外に出て食事するというのが、今でも特別なことに思えるのだ。


今やこの世界の新たな神と称して然るべきあの少女に勧められ、足を運んだ創作パスタの店は、評判通り味良し、量良し、値段良しの三拍子が揃っている。
どれも美味そうだと迷いに迷って頼んだ、たらこ入りカルボナーラも満足のいく味で、これを食べながら他に食べたい物を考える余裕は無い。

いや、そうではない。彼に余裕がないのは、たらこ入りカルボナーラが想像以上に美味いからではなく、向いで湯葉のトマトソースパスタをちびちび食べ進めている髑髏路がいるからだ。

そう彼女に言ったなら、髑髏路は、やはり自分がいては落ち着いて食事が出来ないのかと俯いてしまうだろうが、それは誤解だ。シグナルは、髑髏路の顔が見え隠れすることに不安を覚えて、浮き足立っているのではない。寧ろ、その逆に近い。


「しゃ、髑髏路、よぉ」

「ん?なぁに?」


彼女が其処にいる。ただそれだけなのに、シグナルの世界は鮮やかに彩られて止まない。

此方を覗き見るような視線も、稚けない声も、その小さな一口も。髑髏路の全てが狂おしい程に愛しくて、シグナルはその眩さから逃れるように眼を伏せた。


「…………いや、何でもねぇ」

「そう?」


この感情を、何と呼ぶのか。それを知らない彼ではないが、これを認めたくても認められない理由が多過ぎて、シグナルは美味いと思っていたのに、てんで量の減っていないカルボナーラを掻っ込んだ。

一口目はあれだけ革命的な味だと舌鼓を打っていたというのに、今は何故か、髑髏路が食べているパスタの方が遥かに美味そうに見えた。


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