モノツキ | ナノ



排気ガスのように狂気は排出されていく。

それが溜まり、籠ったのがこの世界だ。





<それでは、次のニュースです>


その日、ヨリコは駅のショッピングモールにいた。

週末ということもあってか、若者や買い物中の主婦とその子供が多く、賑わっている中。
ヨリコは一人、ある店の前でショーウィンドウとにらめっこしていた。

巨大なコロッセウム状のショッピングモールには、流行りの服や女子高生ならば歓声を上げずにはいられない可愛らしい雑貨、少し背伸びしたような化粧品から、日夜バラエティーやドラマを賑わす人気アイドルグループのCDアルバム、テレビでも特集される人気のスウィーツ等。
およそヨリコの年頃の女子ならば財布の紐を緩めずにはいられないラインナップが揃っているのだが、どれも今日のヨリコの眼には入っていなかった。

モールの中心部の巨大モニターには、美人キャスターがすましたような笑顔で今日のニュースを読み上げているが、それもどこまで彼女の耳に届いているか怪しい。
それほどまでにヨリコは悩んでいた。


「うーーーーーーーん……」


すい、すい、と指が左右に揺れ動く。所謂、どちらにしようかなの動作だ。


どちらにしようかな、つくも神様の言うとおり、なのなのな。

そんなどこで生まれたのかも分からない呪文に合わせて指を動かせど、結局決まった答えに満足がいかず最終的に自己判断になるのはお決まりであるが、ヨリコの答えは中々決まらなかった。


「お嬢ちゃん、決まったかい?」

「も、もうちょっと待ってください!」


その店は混んでいるということもなく、レジの前にヨリコが立って営業を妨げているということもないのだが、そこまで悩まれると店員の中年男性も気になって声を掛けたくものであった。

ヨリコはまだうんうん唸りながら、ショーウィンドウの中の商品達と戦いを繰り広げていた。

こんな調子がかれこれ三十分。一体何をそんなに悩むのかと、店員は首を傾げた。


「そんなに悩むようなものかねぇ…おはぎって」


ヨリコが学校帰りに足を運んだのは、和菓子屋だった。

学生であるヨリコにもそれなりに手が出せる、良心的な価格で上質な甘味を提供してくれる、それなりに評判のいい店だ。
入れ替わりが激しいクロガネショッピングモールでも、創立時から変わらず此処に支店を構えている程度には繁盛している。

ショーウィンドウの中には形の良い、しっとりとしたあんこに包まれたおはぎを始め、羊羹や団子、大福まで揃っていた。
その中からおはぎを厳選するまでにはどうにか至ったヨリコだが、問題はまだ続いていた。


「うぐぐ…こしあんとつぶあん……どっちの方が好きか聞いて来ればよかったぁ」


ヨリコは、先日昼行灯があんこが好きだ、という話を聞いてから、この店に来ることを決めていた。

先日ついにアルバイトの給料が支払われ、この金で買うのもなんだか奇妙な感覚だが、とにかく初めての給料は世話になった昼行灯と、ツキカゲの社員たちに使うことにしたのだった。
給料日の関係で、まだ一ヶ月分には満たない金額だったが、それでも手にした額はかなりのものだった。

時給千五百円ならば当然といえば当然だが、それでも人生初のアルバイトで手にした金額の重みはヨリコにもひしひしと伝わっていた。

よって、その感謝の気持ちとして贈呈する品を、ヨリコは中々妥協出来ずにいた。
ちなみに、昼行灯以外の社員の嗜好は最近聞き出すことに成功していた。

特に甘いものが嫌いだ、という社員もいないので、ヨリコは彼らに少し高めの缶入りクッキーを買ったのだが、やはり昼行灯にはあんこだろう、ということでこの店に来た。その結果がこれである。


「あの時ごちそうになったのどっちだったかなぁ…でもおしるこには粒が入ってたし…うーん………」


こつこつ、ショーウィンドウに軽くヨリコが額をぶつけ、悩みに悩んで十分後。


「毎度ありー」


ヨリコはこしつぶ両方のおはぎを買っていった。

どちらも嫌いということはないだろうから、自分も一緒に食べてしまえば彼も遠慮しないだろうというヨリコにしては珍しく頭を使った結果である。
ヨリコは満足げにむふーっと鼻から息を出して、人ごみの中を歩いて行った。


<帝都クロガネを代表する企業・アマテラスカンパニーの取締役、アマガハラ・ヒナミ氏が、先日人気女性モデルのJUNE氏とスポンサー専属契約を結んだことが、本日の会見で発表されました。
今回の契約はアマテラスカンパニーが新しい事業展開としてファッション界にも進出する為のもので、JUNE氏はこれに対し…>


モニターに流れるニュースを横目で見ながら、ヨリコはふふ、と頬を緩ませた。

鬱蒼とするような人ごみも、まるで未知の散歩道のように見える程に、今の彼女は浮足立っていた。
というよりか、はしゃいでいたというべきか。彼女の足取りは、いつになく軽かった。


(昼さんたち、喜んでくれるかなぁ)


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