モノツキ | ナノ


――遡ること二年前。ツキゴロシに追われていたところを成り行きで助けたのが、彼との出会いであった。


(成る程……。通販を利用した際、配達員に顔を見られ、ツキゴロシに目を付けられた……と)


聞けば、それより更に二年前。
彼はオンラインゲーム用にとパソコンのモニターを新調した際、古いモニターを適当に処分しようとしてつくも神に呪われ、以後、自宅であるマンションの一室に籠りながら、アフィリエイト等のネットビジネスで収入を得て生活していたという。


(戻る場所も行く宛もないのなら、此処で暮らしませんか?上の階に空き部屋があるんです。……無論、条件はありますが)


それまで特に不便はしていなかったが、ツキゴロシに見付かってしまった以上、マンションに戻れなくなったと嘆く彼に、ツキカゲでハッカーとして働くことを条件に此処で暮らさないかと提案したのも、思い返すと随分昔のことのように感じられる。

それだけ、LAN――もとい、マドカ・ナナミの正体は衝撃的なものであった。


「なんで”真実の民”が引きこもりハッカーなんかやってんだよ!!」

「術師のくせにパソコンなんか触ってるなって言われたり……まぁ、色々嫌になったから家出した」

「どうしてモノツキになってたんだ?!つか、なんで元に戻れてんだよ!!」

「経緯は社長に言った通り……。元に戻れたのは、呪い受ける前に簡単な術かけて、何時でも戻れるようにしてたから」

「今戻った理由は?!」

「兄貴がいなくなったから」


なんじゃそりゃ、と一同は思わず脱力した。

詰まる所、彼は気高き”真実の民”の生まれでありながら、家の方針が気に食わず、好き勝手する為に家出して。
自由にネットやゲームに没頭出来る場所を手にするも、其処でつくも神に目を付けられ、呪いを受け。
紆余曲折を経てツキカゲに流れ着き、そのまま居付いていた……ということらしい。


LANは社員の中では新参で、そう付き合いが長い訳でも深い訳でもないが、身近な者の中に、こんなとんでもない輩が潜んでいたとは。

流石にショックだと一同が打ちひしがれる傍らで、LANは依然、淡々と作業を進めていた。


「っていうか、俺のことなんて今はいいだろ……それより、ホシムラ・ヨリコだ」


そういえば、先刻からノートパソコンで何をしているのかと覗き込めば、プログラミングとオンラインゲーム――ラグナ録の画面が見えた。

こんな状況で何を、と、顔を顰めたのも束の間。二つの画面につらつらと並ぶ、見た事もない不可思議な文字に、一同は瞠目した。


一体何処にこんな奇妙なフォントが存在するというのか。いや、まずこれは何処の言語なのだろうか。
異国の血を引く火縄ガンにすら、其処に何が記されているのかさっぱり分からず、意味不明な文字の羅列に言葉を失っている始末だ。

喩えるならそれは象形文字。或いは、達筆が過ぎる人が大慌てで用意した書置きの文字めいており、それがラグナ録のゲーム画面にまで使用されている光景は、可笑しな夢でも見ているかのような気分に陥る。

先程から理解不能なことばかり流し込まれ、その上更に視界に映るものまでまでもしっちゃかめっちゃかでは、どうにかなってしまいそうだと頭を抱える一同に、LANはこれが、”真実の民”が用いる文字霊術の術式言語であることだけを教えると、もういい加減本題に入らせてくれと、途切れた言葉の先を吐き出した。


「協力者達には、つくも神が来た直後に連絡してある。いつでも動き出してくれるだろう。後はあんた達次第だ」

「きょ、協力者って……」

「ラグナ録最大規模のギルドマスター、魔法騎士・嵐(らん)が直々にプログラミング霊術を教えた、信頼出来る凄腕ハッカー達だ」


言いながら、LANはラグナ録の、ギルドハウス内にあるマスタールームを見せた。

ラグナ録のギルドハウスには、メンバーであれば誰でも自由に出入り出来る部屋と、ギルドマスターが許可した者だけが入室出来るマスタールームが存在する。
大きなギルドのマスターは、一部のメンバーのみが参加するオフ会の打ち合わせをしたり、
上級プレイヤーにしか挑めない超高難易度クエストの編成隊でミーティングしたり、ギルドイベントの企画会議をしたりと、様々な用途で此処を使用しているというが。
LANが今回マスタールームに招き入れたのは、ゲーム内チャットや個別会話で綿密な審査を経て選定された、腕と才能と時間を持て余す、誇り高きハッカー集団であった。

人数は総勢十二人。何れも、LAN自ら考案したプログラミング霊術を会得しており、世界終焉への備えは既に万全であるという。


――常日頃、ただ遊蕩しているだけのように見えていたが、まさか陰でこんなことを仕組んでいたとは。


すっかり呆気に取られ、言葉もない一同の中、ケイナだけは別の驚きの色を見せ、あんぐりと口を開け、LANを指差していた。


「ま、魔法騎士・嵐って……じゃあ、お前まさか!!」

「……その話は、全てが終わった時にでも」


それは何のことだと、昼行灯達に新しい疑問符を植え付けられたのを見て、LANは唇に人差し指を宛がい、ケイナを押し黙らせた。

聞きたいことは各々あるだろうが、それは全てが終わった時に話せばいいことだ。
問題は、その”終わり”が、完膚なきまでに絶望的な”本当の終わり”であるか、この世界と一人の少女を巻き込んだ”黄昏の終わり”であるかどうか。

そしてそれを握るのは、残り少ない猶予。今ここにある一分一秒なのだと、LANは己の計画を端的に打ち明けていく。


「俺はこれから彼等と共に”真実の民”の霊術式を乗っ取り、ホシムラ・ヨリコを救済する。
無論、この箱庭の世界も崩壊させたりはしないし、あのクソッタレな神様達のこともノー・プロブレムだ。
だが……この計画には、あんた達の協力が不可欠……いや。あんたらの協力なしには決して成立しない。後はあんた達次第っていうのは、そういうことだ」


眼鏡の位置をカチャリを直し、LANはキーボードから手を離した。

後はもう、エンターを押すだけ。それで”真実の民”の悲願たるラグナロクは終わりを迎え、同時にLANの仕組んだプログラムによって全く新しい世界が創造される。

だが、その最後の一手を下すには、まだ足りない。
それが、此処に至るまでLANが計画を黙秘し続けてきた理由の一つであることを、一同はすぐに痛感させられた。


「俺が考案したプログラミング霊術式は、”真実の民”が構築したホシムラ・ヨリコそのものを柱とする術式を元に、ホシムラ・ヨリコの神殺しの力だけを柱の一部として組み込むものだ。
柱を形成する為に不足している分は、八百万いるつくも神共の力で補うんだが……そこが、問題だ」


彼が今日までパソコン頭の呪いを被り、ハッキングの腕が立つゲーム廃人であり続けてきたのは、ただ真実を告げたところで、誰もそれを真に受けたりしないことを理解していたから、というのが大きい。

ヨリコが実はとうに死んでいた人間で、その体に移殖された神殺しの臓器によって蘇った人造神殺しである、なんて。
またいつもの病気が始まったのかと呆れられるか、ついにゲームのやり過ぎで現実と空想の区別がつかなくなったかと病院に引き摺られるかが関の山だ。

現状を思えば、全て知っていながら黙認していたのは手酷い仕打ちのように感ぜられるが、もし自分がLANの立場であったなら、誰もが同じようにしていただろう。
しかし、それだけが黙秘の理由なら、LANはミツル達が立ち去ったすぐ後に、ヨリコ救済計画を打ち明けていた。

誰もが失意に溺れ、足掻くことさえ止めかけでも尚、自ら口を開こうとしなかったのは――彼が、昼行灯達を試していたからに他ならなかった。


「ホシムラ・ヨリコがつくも神を殲滅した直後、指定した四つのポイントにつくも神の力を注ぎ、其処に柱を作る。
その為には、つくも神の力を介するアース役を担う人間が、最低四人は必要になる。
つくも神の力を体の中に一度通すことで、ホシムラ・ヨリコの力との親和性を高め、より強固な柱を立てる為に……彼女と縁を持つ人間が、な」


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