モノツキ | ナノ



初めて出会った時から、何となく感じていた。

この人は、とても繊細で、傷付きやすい心の持ち主なのだろう、と。


心無い言葉を浴びせられ、侮蔑の視線を向けられ、あまりに多くのものから虐げられてきた彼の心は、宛ら硝子のようだった。

もう、慣れたことだなんて言いながらも、彼は日々、擦り切れて、小さな傷を増やして、時に大きく罅割れて。
その痕を必死で隠そうと、痛んだ心を胸の奥に押し込めて。また、自分自身で傷を付けて――。


だから、だろうか。

私なんかよりもずっと強い筈のあの人を、守ってあげなければと思ってしまったのは。


(私は…………貴方が思うような”人間ではない”んですよ。ヨリコさん)


きっと今も、彼の心は、悲鳴のような軋みを上げているのだろう。

決して消えることのない深い傷を暴かれて、新たな切り込みを入れられて。
あの人の心は、触れただけで壊れてしまいそうなくらい、傷付いている。

それなのに、私は――。





あれから、一夜明けた。

レイラが昼行灯の自室から、血を拭った跡のある鉄蝋を持ち帰って、これを鑑定すれば明白だと、嗤った時。ヨリコは堪え切れず、ツキカゲを飛び出した。


見ていられなかった。見ていたくなかった。

それが、何もかもが壊れてしまったことを知らしめてくるようで。想いも、希望も。全て粉微塵に砕かれてしまいそうで。ヨリコは、逃げたのだ。


それから一晩中。布団の中で蹲っていたヨリコは、強い後悔と、自責の念に苛まれた。

この弱さが、彼を追い詰めた。
レイラに怯え、竦み、彼を守るどころか、傷付けてしまった。

彼は実姉を――ヒナミを手にかけるような人ではないと、そう主張し続けていなければならなかったのに。
あろうことか、自分は、尋ねてしまったのだ。やってないんですよね、と。

その問い掛けが、どれだけ彼を傷付けたことか。
苦悶の果てに朝を迎えたヨリコは、一睡することも出来ぬままに、外に出ていた。


今日は、学校がない。あったとしても、行く気になどなれなかっただろう。

日常に逃げ込むことなど、許されない。
あの時、昼行灯を傷付けておきながら、恐怖に屈伏し、レイラの前から敗走した自分が、のうのうと日々を享受することなど、あってはならない。


――償わなければならない。報いなければならない。


何をしてでも、必ずや彼の無実を証明し、今度こそ、守り抜かなければと。
そんな使命感に駆られ、家を出たヨリコだが。彼女でどうにか出来る問題ならば、そもそもこんなことにはなっていなかった。


「…………」


相手は、帝都一の大企業。対するは、何の力も持たないただの高校生。
戦力差は絶望的。それを引っくり返す策どころか、まず何をしたらいいのかさえも分からないヨリコは、すぐ途方に暮れた。

衝動に身を任せても、空回りするだけだ。どうにかして、何とかして、行動しなければ。
そう必死になって考えてみたところで、何も浮かばず。浮かんだところで、練り上げるでもなく不発の予感しかしてこない。
ヨリコは、改めて己の無力さが嫌になって、公園のベンチで項垂れた。

行き場を失った足で漂着した、郊外の小さく寂れた公園。
こんな場所からでも、アマテラスカンパニーの本社ビルティングは、その圧倒的存在感を損なうことなく聳えて見える。

あの中は、今も押し寄せる報道陣や、社内の混乱の処理で、さぞ騒然としていることだろう。
此処は、こんなにも静かなのにと、ヨリコは息を吐いた。

いっそ、あそこに飛び込んで、喚き散らしてみたらいいのかもしれない。
なんて馬鹿げたことまで考えてしまう程度には、策がない。時間も、ない。
こうしている間にも、昼行灯を吊し上げるロープは着実に巻かれている。

早く、どうにかしなければ。だが、何をしたらいい。

分からなくて、気持ちばかりが急いて、気が狂いそうになる。ヨリコは、髪を掻き毟りたくなるような衝動と共に、頭を抱えた。
その時だった。


「見付けた、ヨリコ」

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