モノツキ | ナノ


よく出来た作り話だと言えたなら、どれだけ気が楽になったことか。

未だ、心臓を縊られるような痛みと息苦しさを覚えながら、昼行灯達はミツルの語る真実を前に、成す術なく鎮座していた。


「我々”真実の民”の祖は、この世界に攫われた後、力に目覚め……つくも神共が真に神と呼べるべき存在ではないことに気が付いた。そして……己の力を巧に隠しながら、先祖は彼奴等が隠匿してきた真実を突き止めた。
此処は紛い物の神によって創られた偽りの世界であり……真の罪人は、つくも神共であると、な」


”真実の民”――彼等は、始まりの世代と言われる、あるべき世界から攫われた子供の一人を始祖に持つ、霊術師の組織だ。


この箱庭で暮らし、子供から大人へと至る過程で、彼の者は力に目覚め、己が何者であり、人々が神と崇めるものが何であるかを悟った。
そして始祖は、巧みに己の力を隠しながら真実を探求し、全てを知った彼は、囚われの人類をつくも神の手から奪還する計画を企てた。

それは、一個人の力では決して遂げられぬ、壮大にして激甚で、途方もない計画。
故に、始祖は己の子孫――マドカの血を引く者にこれを託し、役目を継いだ子孫達は、つくも神の眼を欺きながら、世界の陰で暗躍し続けてきた。


「祖は、つくも神共がこの遊戯場に飽きれば、この箱庭に生きる全人類が滅びの運命を辿ることを見越し、ある計画を企てた。
偽りの神を討ち滅ぼし、帝都を人間の人間による人間の為の世界へ創り変える……それがラグナロクであり、その為に必要不可欠であったのが、神殺しだ。
我々”真実の民”は、先祖の恩恵により、つくも神共の眼を欺く程度の力と術は有しているが……八百万の妖を一掃することは出来ない。
幾ら矮小とは言え、世界一つ創造するだけの軍勢と化した連中を抹殺するのに、我等はあまりに力不足。あれに太刀打ち出来るのは、真の神にも届き得る力を持った人間の中の人外……神殺しだけだ」


眼鏡の位置を直し、酷く冷たい双眸でヨリコを見据えながら、ミツルは語る。

先祖代々受け継がれてきた、偽りの神を討ち、全人類を解放せんとする、マドカの偉大なる救済計画・ラグナロク。
この計画を遂げる為に、祖先達は長き年月、試行錯誤を繰り返し、幾つもの失敗と挫折を味わい尽し、無念の内に散って行った。

だが、ついにそれも報われる時が来たのだと、ミツルは眼を細める。
そこに、ヨリコの姿など映ってはいなかった。


「皮肉なことに、この世界はつくも神達の霊力で創られているが故に、その影響を受け、高い霊力を持った人間が生まれやすい。
故に、あるべき世界では伝説や神話中にしか存在しない神殺しも、数億に一人という確率で生まれてくれた。
しかし……貴様らも知っての通り、神殺しは生まれながらに凄まじい力を有しているが故に、出生と同時につくも神達に感知され、力が熟す前に殺されてしまう。
そこで我々は、つくも神達によって葬られた神殺しの臓器を用いて、後天的な神殺しを造ることにした訳だ」


彼が見ているのは、自分達が造り出した人造神殺し壱号だ。
つくも神を屠り、この世界の柱となる道具であり、贄の少女など、ミツルの中には存在しない。

彼にとって、ホシムラ・ヨリコはとうに死んだ人間で、神殺しの力の器でしかないのだと、恍惚に満ちた声色が物語る。


「つくも神共を殲滅した後、調律者を失った箱庭は崩れ落ちる……。それを防ぐ為に、神殺しの力を世界に組み込み、文字通り”人柱”とすることで固定する。
八百万の妖を凌駕する力を持った柱だ。一つあれば十分だろうが、必要とあらば今後第二第三の柱を――」

「ふざけるな!!!」


堪え切れず、昼行灯は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

ここまで説いても未だ分からないのかと、ミツルが心底呆れたような顔をするが、そんなことはどうでもよくて。
昼行灯は、蝋燭を煌々と燃やしながら、辟易とするミツルに食ってかかった。


「真実が何だ……。世界が……人類が何だ……。そんなものの為に……どうして彼女一人が犠牲にならなければならない!!」


ミツルの言う通り、この世界に生きる全人類がつくも神に飼い殺されているとしても、だ。
自分達が彼等の玩具で、いいように弄ばれていることなど、とうの昔に理解している。
理解している上で、受け入れていたのだ。

神の掌で面白可笑しく転がされていても、倒れ込んだ自分に手を差し伸べてくれる彼女がいればそれでいいと思っていた。

だから、お前らがやろうとしていることは、お節介も甚だしい。余計なお世話だ。
そんなことの為に、ヨリコを差し出せる訳がないだろうと、昼行灯は殺意を込めてミツルを睥睨するが、彼は微塵も引き下がらなかった。


「さっきも言ったが……こいつは一度、死んでいる身だ」


昼行灯にとって、世界の改革も、何時になるかも分からぬ破滅も、ヨリコの命と引き換えにするには値しない。
しかし、ミツルにとってラグナロクは、先祖代々受け継いできた使命であり、願いであった。

偽りを剥がし、真実のもとに人の自由と尊厳を取り戻し、この箱庭を人類のものとする為に、”真実の民”は血の滲むような努力をしてきたのだ。
そうしてついに迎えた革命の時を、とうに死んでいた筈の人間の為に見送るなど言語道断と、ミツルは昼行灯を説伏せんと言葉を浴びせる。


「一度失われたその命が此処にあるのは……神殺しとして蘇ったのは、この世界を救うという使命の為。今ここで、己の役目を果たせないのなら、こいつは神殺しの力が齎した奇跡で動いている、ただ老いるばかりの死体も同然だ」

「やめろ……」

「寧ろ、感謝してもらいたいくらいだ。六年もの間、再び生を謳歌した後、崇高なる真実の為、全人類の為に殉ずることが出来るのだ。輝かしき再生と、大義ある死を与えられ……これ以上、何を望むことがある」

「やめろ!!」

「昼行灯!」

「社長!!」


周りの制止も聞かず、昼行灯は弾かれたようにミツルに掴みかかった。

これ以上話していても埒が明かない。ただヨリコが傷付けられるばかりだ。
ならば、ここでこの男を殺してでも、全てを阻止してやらなければと昼行灯が袖口に仕込んでいた武器を手に取ろうとした、その時だった。


「……お前が、そうも愚蒙な男とは思わなんだ」



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