モノツキ | ナノ

という訳で、ハルイチにまんまと面倒事をなすりつけられたツキカゲ一同は、急いで子供の機嫌が取れるものをかき集め、トキマサを泣き止ませる作戦に入っていた。

買い物から戻ったばかりの薄紅をUターンさせ菓子を調達させ、彼が好きだという特撮ヒーローのおもちゃを買ってくるとヨリコも自ら駅前へ走り出し、この火災ベル顔負けの大音量で泣き続けるトキマサを静める努力を昼行灯達はしていた。

しかし、そもそも彼がここまで泣き出したのは、宥める彼らが異形の頭モノツキであるのが原因であり、それをどうにかしろと言われても無理な話なので、昼行灯達の頭痛は増すばかりだった。
それこそ、昼行灯ですら轡を噛ませようと思う程に。


「お、お待たせしましたぁ!」


全員が匙を投げかけていた中、ヨリコがドアを吹き飛ばすようにして戻ってきた。

その手には、今子供に大人気のヒーロー・クロガネンジャーのソフビ人形が握られていた。


「これさえあれば帝都の裏側まで響く子供の鳴き声も止められるっておもちゃ屋さんのおじさんの太鼓判つきですよ!さぁトキマサくん!」


依然泣き止む気配のないトキマサの前を、シグナル達がさっと開けた。

何とか泣き止ませようと最後まで努めていた茶々子もトキマサの隣から離れ、そこにヨリコが座る。そこでぴた、と一瞬止まった泣き声に、ツキカゲ社員達は今日初めて希望というものを見出した。


「ほーら、トキマサくーん。クロガネンジャーが来てくれたから、もうなんにも怖くないよ〜。
見て見て!必殺・メテオクラッシュでらっくすぼんばーキック!」

「…そんな必殺技長いのか、あれ」

「多分、ヨリコちゃんが適当に考えたんだと思います」


ヨリコが人形を空を飛ぶように、悪人をなぎ倒すようにと動かすと、それまで全力で泣いていしわくちゃになっていたトキマサの顔がほわあぁああっと花開いていった。

まるで開花の様子を超高速で見ているような。そんな調子でトキマサの顔から恐怖や悲壮が消えていった。

ヨリコはこれをしめた!と思ったのか、ここぞとばかりに笑顔を輝かせ、トキマサの方に両手を広げた。


「おいで!トキマサくん!」


トキマサがヨリコの腕の中に飛び込むと同時に、昼行灯が行き場を無くしたかのように少し体を傾けてぐぐぐ、と固まった。

「飛び込みたかったのか…」という社員達の憐れみの眼を振り払うように、昼行灯はごほん、と咳払いをして体勢を直す。
その前で、トキマサはようやっと見せた笑顔を、ヨリコの胸に埋めていた。

胸の間、ではなく胸、というところが悲しいところだが。何にせよその光景は昼行灯の心に非常によろしくなかった。


「社長社長!!手!手に鉄蝋握ってる!!」

「抑えろ抑えろ!相手は子供だろ!煩悩を振り払え!」


ゴゴゴゴゴと何か只ならぬオーラをまとう昼行灯を、必死でサカナ達が宥めた。

そんなことも露知らず、すっかり昼行灯たちが見えていないトキマサは、にこーっと可愛らしい笑みをヨリコに向けた。


「おねーちゃん、あったかい。ママといっしょ」

「え、えへへ…」


ヨリコはトキマサに懐かれたことがこそばゆいのか、照れ臭そうに頬を掻いた。

分類上同じ子供とはいえ、もう思春期も過ぎたヨリコにも、一端に母性が目覚めているのだろうか。
トキマサをよいしょ、と膝の上に乗せ、ヨリコはふんわりとした彼の髪に鼻を埋めながら、よしよしと頭を撫でてやった。

その前で、昼行灯は壁に頭をぶつけにいっていた。


「落ち着け昼行灯!!そんな真似をしてどうする!頭が割れるだけだぞ!」

「…ヨリコさんに撫でてもらえる髪もない頭など、砕けて構いませんよ」

「おい誰かこいつに轡噛ませろ!今度はこっちのが騒ぎ出すぞ!」


こうして。嫉妬心から暴走した昼行灯が静まるまでに掛かった時間と、ヨリコがトキマサに「あの人たちは怖いひとたちじゃないよ」と納得させるまでに掛かった時間は、そう変わらなかったという。



「そんで、どうすんだ昼行灯」


ヨリコがすっかり泣き止んだトキマサと遊んでいる間、昼行灯達は緊急会議を開始した。
今でこそ大人しいトキマサだが、ヨリコが帰ればまた泣き出すかもしれないという気配がしてならない。
現に安心しきって茶々子が近付いた時、トキマサは確実に顔を歪めていた。

怖くないと言われ、それに頷いたとて恐怖は克服できるものではない。
ましてやトキマサは子供である。今泣き出さないのはヨリコのお陰に違いない。

トキマサが心を開いた相手がヨリコである以上、再び号泣スイッチが入るのは時間の問題だ。何故ならヨリコは女子高生。
此処に住んでいる訳でもない、ごくごく普通の女子高生のヨリコがツキカゲにいれる時間は限界があるのだ。


「嬢ちゃんが帰ると同時に轡噛ませるか?それとも、今すぐ運びだしちまうか?」

「そうですね…。嗅ぎつけられる前には移動させたいと思っていましたし…今回は下調べせず、移動しながらLANにリアルタイムで情報を送ってもらいましょう。バイクでは目立ちますから車を出して…」


と、慌ただしく作戦が進行していくそんな時だった。


「ひ、昼さん…」


ちょんちょん、と遠慮がちに昼行灯の肩がつつかれた。振り向いた先には茶々子が、陶磁器をどこか青白くした様子でいた。

子供に泣かれたショックから彼女のテンションはだだ下がりだったが、今はそれを上回る勢いである。
いつも温かい紅茶で満ちている頭も、冷えているのか冷気すら感じる。


「どうしました?茶々子」

「その……あれ…」


茶々子の指差す方に、その場の全員がぐ〜っと顔を向けた。

そして、昼行灯の頭の炎は消え失せ シグナルの信号は青が点滅し 薄紅は素のままに顔が青くなった。
遅れて、修治が煙草の灰をぼとりと落とし、サカナの頭の水槽の熱帯魚が点滅しながら飛び上がった。


「……………」

「……えっと、トキマサ…くん?」


ヨリコはまだ帰るつもりはなかった。ただ、少しトイレに立ち上がっただけだった。


「ちょっとだけ待っててね」と言って立ち上がったヨリコに代わりトキマサを見ていようと茶々子が何となく視線を送った時、この場の誰もが見たくない光景がそこにはあった。

困ったように足元に視線をやるヨリコ。その脚に、まるでカブトムシのようにしがみつくトキマサの姿が、そこにはあった。


「やだぁ。おねーちゃん行かないでよぉ…」

「ト、トキマサくん!ヨリちゃんはちょーっと離れるだけだから…」

「待て茶々子!それ以上近付くと……」


導火線についた火が、急激に速さを増して燃えていく。いつ爆発してもおかしくない状態とはこのことか。
眼に涙を溜め、ヨリコにひしっとしがみついて離れようとしないトキマサを宥めようと手を伸ばした茶々子を、薄紅が止めようとして、少し考えてその手を引っ込めた。昼行灯も他も、それを止めようとはしない。

また泣き出されるのは困ることだが、それと同時にトキマサに轡を噛ませて黙らせればいいと社員達は判断したからだ。

今この状況、誰もが一番困ることはトキマサが泣き出すことではない。トキマサに懐かれたヨリコが巻き込まれることなのだ。


危険は承知済みと言えど、ヨリコはごく普通の女子高生である。
それが過激派テロから狙われている息子に懐かれ、ひっつかれるなどあってはならない。
一瞬耳を劈くような絶叫に耐えることが遥かにマシと思える事態になりかねない現状。優先事項は決定した。

茶々子は彼らの制止を肯定と受け取り、トキマサの体を掴んだ。


「ト、トキマサくん!手を離し…」

「びやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


茶々子がぐっと力強く、トキマサの体を引っ張ると同時に、再びツキカゲビルに悲痛な叫びが谺した。

全員(恐らく)眉間に皺を寄せながら、茶々子がトキマサをヨリコから引き剥がすのを見守るが、その小さな体のどこからそんな力が湧くのか、トキマサは体が地面と平行状態になってもヨリコの脚に巻き付けた腕を離そうとしなかった。

逆にヨリコの脚が引っ張られ不格好なバレリーナのような有様で、轡用のタオルを用意して身構えていたシグナル達が駆け寄った。


「何やってんだ茶々子ォ!さっさと引っ剥がせ!」

「ちゃ、ちゃんと引っ張ってるわよぉ!でもトキマサくんすごい力で…!」

「ト、トキマサくーん!腕!腕離してぇえええええ!!」

「びいええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

「茶々子さんもっと引っ張って!もう少しでヨリちゃんのパンツ見えますから!」

「お前は何処を見ているサカナぁああああああああああ!!」


トキマサの降り注ぐ大雨のような泣き声に、必死にトキマサを引っ張る茶々子の声、苛立つシグナルの怒号、変な開脚状態になりスカートを抑えながら泣きそうになるヨリコの悲鳴、妙な姿勢で屈むサカナの見当違いの応援と、彼を蹴っ飛ばす昼行灯の怒声。

まさにひっちゃかめっちゃかという状態のツキカゲオフィスだが、その騒ぎの中、はっと修治が窓の外に眼をやった。


陽が沈み、薄暗い空にビルの群れが浮かぶ窓の向こう――それは確実に、こちらを狙っていた。


「おいアレ――」


爆音が全てを打消し、同時にツキカゲオフィスが吹き飛んだ。


prev next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -