モノツキ | ナノ



一方、有限会社ツキカゲ。



「へー、JUNEちゃんがアマテラスと専属契約ですってぇ」


三時の休憩、という名目でいつの間にか根付いた小休憩時間。茶々子は携帯でニュースを見ながら、紅茶を飲んでいた。

今日のオフィスは珍しく昼行灯が留守で、三階には茶々子、サカナ、修治、薄紅。そして火縄ガンがいた。
火縄ガンは茶々子が煎れた紅茶を飲みながら、片手でガチャガチャと武器をいじっていたが、見慣れた光景なのでそれを誰かが気にした様子はない。


「JUNEってあの化粧品のCMに出てる子ですよね。可愛いですよねーあの子」

「そうそう。喜清堂のCM出てから人気に火がついて、今クロガネで一番人気な子なの」

「確か、元々CANDYの読者モデルだったんですよね。ネット上では七年前からかなりウケがよかったんですよ、あの子」

「そうなの?でも七年前ってあの子十四歳じゃない?」

「つまり、そっち方向で人気だったんですよ」


そこまで言ったところで、サカナは薄紅に頭を叩かれた。ばしんと、割と容赦ない勢いで。


「なんで茶を飲んでる時までそんな話を聞かされなきゃならないんだ」

「いたた…いいじゃないですかぁ、どーせ薄紅さんたちには何のことかよく分からないでしょー」

「確かに三十にもなるとその手の話題はまるで呪文だが、それが問題ではない」


薄紅はカタリ、とカップを置いて眉間を指で押さえた。
二十代と三十代には深い溝があるものだが、特に若い頃もサカナのようにその手の話題に興味がなかった薄紅には、どのモデルの顔も同じに見え、ファッション誌も中身の微妙な違いが分からない。
彼が人生で手に取った雑誌といえば、妻シオネの妊娠を機に顔から火が出そうになりながら買った育児書と姓名判断の本くらいである。

人斬りシザークロスとして裏で恐れられてきた殺し屋が、”たまぴよ・はじめてのおかあさんおとうさん特集”なんて本を買ったのが露見した時は、かの昼行灯ですら流石にコーヒーを噴出して机に倒れたものだ。

妻にすら涙を流すまで笑われたのだから、それも致し方ない気はするが、その後彼が一番爆笑していたサカナの机を真っ二つに斬るまで笑いは止まらなかった。
これも最近の話というのだから、薄紅がいかにその手の話題から遠い生活をしてきたかが窺える。


「アハ、薄紅ももう歳ネ」

「まだ十代の半分にも満たない子に言われてますよ、副社長」

「……放っておけ」


薄紅はそれだけ言うと、不機嫌そうに残った紅茶に口をつけた。


「しかし、アマテラスもここ数年ですごい成長っぷりだよね〜」


ニュースはすでに別の話題に切り替わり、茶々子は携帯を閉じた。それに伴い、場の話題も変わった。


「元々クロガネ有数の大企業でエネルギー産業を主に色んな事業に手を伸ばして大きくなってったけど、何年か前に社長が変わってからまた違う方向性にも伸びてきたよな」

「そうそう。アマガハラ社長の娘ヒナミさん!敏腕美人女社長で今もテレビを騒がせてすっごいですよねぇ」


修治がぱらと新聞をめくると、調度その話題の人物、アマガハラ・ヒナミがでかでかと紙面を飾っていた。


凛とした、ややきつめの印象を受けるが、カリスマ性を感じさせる美人。それがアマガハラ・ヒナミだ。

数年前病に伏せた父親に代わり大企業を引っ張り、さらに女性視点で新たな事業も展開し、今やクロガネ中の女性の憧れとなっている彼女は、男性もののスーツをばしっと着こなしながら、シャンプーのCM女優も顔負けの美しいロングヘアーと靡かせている。

新聞の荒い写真だけでも只者ではない、と思わせるような人物に、茶々子も例外なく憧れを抱いているようだった。


「これだけ話題になっていれば、黒い噂の一つや二つ週刊誌に出てもおかしくないっていうのに、この人は叩けば叩くほど輝かしい経歴しか出ませんもんねー。
人間関係も趣味も表に出ない取引もプライベートも、まるで面白みがない位完璧で、知り合いのライターが困ってましたよ」

「羨ましいこったなぁ。俺らなんか叩くまでもなく汚れまみれだってのに」

「あははははは」


と、自虐も交え穏やかなトークを展開しているところに、ぎぃとオフィスの鉄扉が開いた。




「こんにちはー!」


ヨリコだ。今日はバイトがないのだが、彼女がいつも通りの笑顔で扉を開けると、オフィスに少し華やかさが出来た。

楽しい談笑に、華やぐ笑顔。理想の職場の完成である。


「あれ?どーしたのヨリちゃん。今日はバイトお休みじゃなかったけ?」

「ちょっとご用事で…あれ、昼さんは今日いないんですか?」


バイトではないので制服のまま、ヨリコはおずおずとオフィスに入って中を見渡した。
手には紙袋三つ――うちクッキー二つ、おはぎが一つ――と、学生鞄を持って。


「昼さん、今外に仕事に行ってるの。確かそう長く掛かる仕事じゃないらしいから、待ってれば来ると思うよ」

「そう…ですか」


ヨリコはまず最初に昼行灯に例の物を渡したかったので、出鼻を挫かれてしまった気分だった。

しかし、連絡もなしにいきなり訪れては仕方のないことだ、とヨリコはすぐに気を取り直して、クッキーの缶が入った袋を出した。


「あの、これ…いつもお世話になってるお礼にと思って……皆さんでよかったら食べてください!」

「えっ?わぁ、すっごい!これ駅のショッピングモールで売ってる人気の洋菓子屋さんのやつだぁ!」


茶々子は袋の間からちらり、と見えた包装紙を見て歓声を上げた。
今の流行りに敏感なだけあってか、包装紙にプリントされたロゴマークだけで店を即座に特定してしまうのが彼女らしい。

「見せて見せて!」と、それを手に取り、サカナが躊躇なく袋と包装紙を開けると、修治も薄紅も眼を見開いた。

いかにも高級感を感じさせる濃紺の包装紙の中におわすは、レッドカーペッドのような深い赤の缶。
金色の淵に、蓋に君臨する店名の装飾がいかにも高そうだ。


「うわ、高そうだなぁ。いいのか、嬢ちゃん」

「はい!お掃除だけであんなにお給料もらっちゃってますし…いつものお礼に受け取ってください!」

「ヤー、ヨリコ気がきくネ。賄賂はこの社会で大事ヨ」


火縄ガンが感心したように言うと、薄紅が即座に「感謝の気持ちと賄賂を同じにするな」と彼女の銃頭を小突き、ついでに許可なく袋を開けたサカナの頭も剣の柄で殴った。


「すまないな、ヨリコさん。こんなマナーも常識も欠落している奴らに…」

「そんなことないですよ!突然こんなもの持ってきちゃった私もどっこいっていうか…。
あ、こっちの袋は、下の階の皆さんに渡してください。さっき行ったんですが皆さんお留守だったみたいで…」


と、ヨリコが薄紅にもう一つ袋を差し出した時だ。


「あ、昼さん。お帰りなさぁい」


ぎぃ、と鉄扉が開き、事務所の明るさが増した。こちらも輝かしいといえば輝かしい、ツキカゲ社長・昼行灯だ。

クロガネ中から羨望と称賛を浴びる女社長や、現役女子高生の微笑みとは違うが、昼行灯も頭の輝きでは負けていなかった。
左右対称に整った、煌々と焔が輝くランプ頭的な意味でだが。


「ヨ、ヨリコさん。来ていらしたのですか…」


昼行灯はヨリコを見るや、いつものように小さく後ずさりして頭を軽く下げた。

先日の一件を思い出すからか、セーラー服姿に未だおかしな方向で抵抗があるようだが、ヨリコはそれに気付いていない。

ヨリコはヨリコで、こんなにも早く昼行灯と会えるとは思っていなかったのか、少しぎこちなく「こんにちは」と挨拶した。

と、ここで普段ならば仕事の話なりなんなり切り出す一同であったが、今日は違った。
いつもならそう目にすることはないだろうものが、彼らの視界に映ったからだ。


「あれ、シグくん。珍しい」


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