モノツキ | ナノ



ケイナの暇の原因は、ヨリコが地味に多忙なことにあった。

稼ぎ時である夏休みにせっせとアルバイトをして、着実に蓄えるべく、ヨリコは週五日ツキカゲで働いている。
それでも二日は休みがあるのだが、彼女が休みの日に限ってケイナに用事が入ることが多く。
気付けば夏休みの三分の一が過ぎた今日まで、ケイナがヨリコと会った回数は、片手で数えられる程度しかなかった。

第二地区に引っ越してきて半年近く経っているが、未だにケイナにはヨリコ以外の友人と呼べる人間はいなかった。
ケイナはかつて孤立こそしていたが、ヨリコを切っ掛けに友人関係には積極性を出していくようになり、元いた第九地区ではそれなりに友人が多かった。
が、此方に転校してきてからは、ヨリコに構い倒しで。自分にとって恩人であり親友である彼女を蔑ろにしてきた周りの人間達と、友好関係を築こうという気にもなれず。
結果、ケイナ高校二年生の夏休みは暇を極めていた。


勿論彼女とて、何もしなかった訳ではない。自分もバイトの一つでもと、近場の求人を見て適当に面接を受けたりしていたのだ。
しかし、自慢の腕っぷしを発揮すべく力仕事に応募すれば「この仕事は男性じゃないときついから」と断られ。
ならばと接客業の面接に行けば「言動が男性っぽいですね」と苦笑いで断られ…ケイナはやる気を完全に無くしていた。

女のくせに男らしい、だが女だから男のやることはするな。そんなことを言われ続けたも同然で、ケイナは辟易としてしまっていたのだ。


それについて愚痴の一つでも言いたいのだが、一番聞いてほしい相手は、この炎天下の下でもガンガン炎を燃やしているのだろう、あの憎きランプ頭の男のもとにいる。
ケイナはやってられるかと舌打ちしながら、兄ケイジのパソコンを起動した。

いかにも体育会系で、この手の機器にはあまり親しみがなさそうなケイナだが、ケイジの影響で意外にも彼女はパソコンに触れることが多かった。
と言っても、インターネットで動画を見るか、先程言われた通りネットゲームをやるか程度なのだが。


<ユーザーIDとパスワードを入力してください>


ゲームの壮大なグラフィックに迎えられながら、ケイナは最近メモを見るまでもなく打てるようになってしまったIDとパスワードを入力した。

ケイジも同じゲームをしている為、常にログイン状態には出来ないので、一々こうしなければならないのは手間だったが、
それでも時間とパソコンが空いているのならやってしまおうと思わせる魅力を、ケイナはこのゲームに感じていた。


<KENがログインしました>


セーブポイントのあるギルドの集会所に、KENという名前が頭上に浮いたキャラクターが現れた。
その身に茶色い毛皮の装備と、身の丈程ある大きく武骨な剣を背負う、男のキャラクター。それがケイナがスタート時に作り出した自分のアバターであった。

このゲームは、広大なマップを冒険し、モンスターを倒したりアイテムを集めたりするRPGゲームだ。
プレイヤーは性別、髪型、顔、種族、職業を選んでアバターを作り、そのキャラクターを操作して、自由度の高いゲームを遊ぶのが醍醐味の人気作である。


<おー、KENさんキター>

<また兄貴さん、弟さんとテレビでゲームかwww>


ケイジがやっているのを見て、なんとなく始めてみたケイナだが、これが中々に面白く。
持て余した時間を使って遊んでいく内に、協力して遊ぶプレイヤーや所属ギルドも固まっていた。

現にこうして、ログインすれば声を掛けてくるプレイヤーも数名おり。彼等とのゲーム上での交流を、ケイナはかなり楽しんでいた。


<この時間いるメンバーは、やっぱ変わらないっすねw>

<まぁ俺達仕事がないからなww>

<馬鹿野郎…俺達には、この世界を攻略するという仕事があるだろう!>

<と、自宅警備員が申しております>

<らめええええええええええええ!それ言っちゃらめなのおおおおおおおお!>

<夜勤で昼空いてるだけの俺には関係のない話である>

<はいはい、ジニーさんは彼女作ってから言おうな^^>

<やめろマルさん、ギルドメンバー全員被爆したぞwww>


ネット上でのやり取りにのめり込んでいるのは、現実の人間関係が希薄だから、という程に自分は落ちぶれてはいないとケイナは思う。

現に中々会えずにいるだけで自分には友人がいるし、兄弟達とだってやり取りもしている。
しかし、目の前で話していない人間を相手にしたチャットでの会話は、彼女等と接している時とは違う感覚があって、どうにも嵌り込んでしまっているのだ。

相手が実際にどんな人間かはまるで分からない。だがそれは相手から見た自分も同様で。
アバターとチャットでのイメージで築かれた自分像を通わせながら、共にゲームを攻略し、交流していく中で時に仕事や学校、家庭内の愚痴や悩みを話し。
最低限のモラルとマナーを遵守した上で交わされる本音の会話が、ケイナには妙に心地が良かったのだ。


<いやー、サイクロプスはやっぱこの人数でもきつかったなww>

<KENさんがあそこで突っ込んでくと予想してたので保護魔法余裕ですたw>

<流石男気に定評のあるKENさんとその良妻・蘭花ちゃんだわ>

<その言い方やめてくださいっす>

<ヒューヒュー!>

<そしてこの中学生的ノリである>


現実に於いておよそ歓迎されないイヌイ・ケイナという人間は、ゲームキャラクターの顔を借り、KENという名前でその存在を容認される。

疎まれる人間性を良しとしてくれる気の良い仲間と時間を共有し、実際に触れあう人間には曝せない一面をも見せることが出来る。そんな感覚に、ケイナは僅かに心を寄せていた。


ところが、ある日。そんな彼女のささやかなる居場所は思わぬ形で崩壊することとなった。


<突然だが、このギルドメンバーでオフ会をやらないか?>


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