「うわっ、ほんとに来てくれたんだ?俺の思い通りになるなんてシズちゃんらしくないね」 「頼んできたのは手前の癖によく言うよな」 目が合った瞬間開口一番に皮肉を告げられて、随分と回復したんだなと思った。ここ数日はすっかりマニアックなプレイばかりをしていたが昨日は普通にしただけだったのだ。 元気そうなのはなによりだ。その分どん底に突き落とし甲斐があるのだから。 しかも臨也は俺に会うなり心なしかいつもより嬉しそうに微笑んだ。あのムカつく笑みなんかではなく、純粋に嬉しがっている様子なのだ。 完全に昨日の一件で騙されている。 あの折原臨也がちょっとセックスをして助けてやっただけで、ころっと騙されているのだ。人を騙すような仕事をしている外道がこの俺ごときにだ。 笑いを堪えるのに苦労しそうなぐらい、楽しくてしょうがなかった。 あそこまで追い詰めたのも俺なのに、本当にバカな奴だ。 今やコイツは俺の手の上で踊っている操り人形同然なのだ。なにも気がつかないままぐるぐると、同じところを回り続けている哀れな人形だ。 あぁほんとうにこれは抜けられない。 「そうだコーヒーでも飲む?今入ったばかりだから座って待っててよ」 中に通されると部屋中にコーヒー豆のいい香りが充満していた。時刻は昨日とほぼ同じ時間帯だ。なんとなく俺がここに来るのを予測して入れていた、という感じがした。 そんなに待ち望んでいたのだろうか。でも残念ながら今日は平和島静雄として来たわけではない。臨也を貶めるためだけにやってきた陵辱犯として来たのだ。 淡い期待を打ち崩す瞬間を心待ちにしている最低最悪な奴なのだ。 「はいどうぞシズちゃん。砂糖とかミルクっている?俺入れるから取ってくるけど」 「ん、あぁ」 向こうから尋ねられて適当に頷いた。珍しいことだなと思いながら、いつものように媚薬入りの小瓶を取り出してコーヒーの中にいつもより多めに入れてすぐに戻した。 それと同じタイミングで臨也が戻ってきたので、ほんの少しだけドキッとし胸が跳ねたがとくになにも尋ねられたりはしなかった。 「そうだ、昨日はありがとね。助かったよ」 ソファに座るなり礼を言われて、おもわず持ちかけていたカップを取り落とすところだった。カシャンッと派手な音が部屋の中に響く。 「え?なに、そんなに変かな?俺だって礼ぐらいは言うよ。まったく失礼な話だよね…」 心外だと言いたげに鋭く睨みつけながら、記憶を操作する媚薬入りコーヒーを口につけて飲んだ。俺がじっとそれを見つめていると困ったような表情で話しかけてきた。 「あのね、シズちゃんの中ではどんな悪人にされてるか知らないけど俺って結構優しいんだよ?」 「そうは見えねぇな」 今日は薬が効いてくるまで他愛も無い話につきあってやるつもりだった。量もいつもより多いしどういうふうに変化していくのかこの目でみたかったからだ。 ソファに深く寄りかかりながら些細な変化も見逃さないように、じっとと凝視した。 「まぁでも今日は溜まってた仕事もほとんど片づいたし……」 「なぁやっぱり期待してたのか?俺とセックスする想像しながら待ってたのか?」 臨也の話をわざと遮って口調は変えずに淡々と尋ねた。なにを聞かれたのかすぐには気づかなかったようで、数秒遅れた後に顔を赤くしながら怒鳴りあげた。 「……っ、なに言ってんの?もしかして昨日ので完全に調子に乗っちゃったの!?信じらんない!!」 一気にまくしたてた後にカップの中身をぐいっと煽りすべて飲み干した。それを見届けてからポケットから煙草を取り出して火をつけた。 「冗談だ。手前が謝ったり気色悪いことするかだ。それにしてもいつもならこんな挑発になんか乗らないのになぁ」 「……そ、うだね。はは、確かにそうかも。俺が謝るなんてらしくないよね。らしくないことしてゴメンね、体で払うから許してよ」 俺の言葉にパッと表情を変えると、久しぶりに嫌な笑いを口元に浮かべながら図々しくも横に移動してきた。 膝の上にわざと手を置いていやらしく擦りつけるように撫で回すのがおかしかった。これで誘っているつもりなのだろうか。 「その言葉忘れんじゃねぇぞ」 「わかってるよ」 妖艶な笑みを浮かべながら俺の肩に手を回そうとした時、やっと待ちわびた変化が訪れた。 「あ、あれ?」 いきなり全身をビクッと震わしてその場に硬直した。なにごとかと目をパチパチ瞬かせているが、薬が効いてきているのは明らかだった。 そのまま微動だにせずに事態を見守っていると、今度はわずかに乱れた息が唇から漏れだした。 「おかしいな…なんだろこれ…」 さすがにそろそろ自分でもなにが起きているのか気がついてきているようだったが、なかなか確信が持てずにいるようだった。 目が忙しなく泳ぎながら、チラリと俺のほうを見て首を傾げた。 昨日あれだけ善人を演じたのだ、なかなか目の前で起きてることが信じられないのも信じたくない気持ちもわかる。 いつも臨也は薬を盛ったこと自体にはすぐに反応する。しかもどんな種類の作用があるのかまで把握していて、これが記憶を操作するものだと判明するまでが早い。 それぐらいメジャーなものなのか、誰かに使ったことがあるのかはわからなかったが、とにかく今の時点で全部もうわかっているはずなのだ。 「えっと…ちょっとまってよ。これってアレだよね?アレしか考えられないよね…」 一人ぶつぶつと呟きながら今度は片手がカタカタと震えはじめてきて、眉を顰めた。心なしか頬も赤く染まっているような気がする。 しかしまだ俺のほうを縋るような目つきでじっと見つめ続けていた。それを容赦なく壊すのが楽しいのは知っているが、ギリギリまで引っ張ることに今日はしている。 吸っていた煙草を携帯灰皿に入れて、いつでも対応できるように体制を整えた。 「これがあの薬だったとしたら…ここ数週間の記憶の混濁とか…全部説明がつくんだよね。まいったなぁ」 そこまで言うと妙に震えている体を必死に動かしてこっちに寄ってきたかと思うと、勢いをつけて体ごと俺の胸に飛びこんできた。 両腕で背中を受け止めると服越しなのに全身が発熱するように熱くなっている感触が伝わってきた。 昨日俺が去り際にしたように、バーテン服の裾をぎゅっと強く握り締めながら掠れる声で尋ねるように囁いてきた。 「ねぇ?シズ、ちゃんなのかなぁ……?」 text top |