今朝の夢の 残り抱いて 2 | ナノ

「で、俺は臨也の奴におぶわれてここまで連れて来られたと?」
「そうなんだ。本当に驚いたけど臨也の言う通り検査したら体のどこにも傷は無くて脳震盪だけを起こしてたんだ。でも丸1日も眠っていたから皆心配したんだよ」

新羅が言うには昨夜の遅い時間に俺を抱えたが臨也がここにやって来て、酷く頭をぶつけたから看てやって欲しいと言ったというのだ。
傷だらけでボロボロの自分を放っておいて、先にとお願いしてきたらしい。即座に状況を判断して、言われるままに俺の方を看たらしいのだが結局大丈夫のようだった。

「何があったんだ?」
「それが、臨也も詳しくは教えてくれなかったんだ。ただ…」
「……?どうした?」

そこで急に深刻な顔をしたまま新羅は固まって押し黙った。まるで、言ったほうがいいのか悪いのか、迷っているようなそんな表情をしていた。
こっちもそれにつられるように怪訝な顔で睨みつけた。俺の視線を感じて慌てて肩をビクッと揺らして取り繕うように言った。

「僕から言うような事じゃないと思うんだ。えっと、二人で話したほうがいいんじゃないかな。きっと臨也もきちんと教えてくれるよ」
「あいつに直接聞くなんて話になるわけがねえだろ」
「いや多分大丈夫だよ。あれでも静雄のことを相当心配してたんだよ」

どうしてあいつに直接聞けと言うのか、さっぱり意味がわからなかったがそれ以上はもう問い詰めなかった。
話題を変えようと、もう一つ気になったことを尋ねた。

「臨也の怪我は…大丈夫だったのか?」

あの元気そうな姿からなんともないのはわかっていたが、念のため聞いてみた。どうってことのない話の筈だったが、反応はさっき以上に返ってきた。

「えっ!?えっと、う、うん。出血は多いように見えたんだけどどれも擦り傷で無事だったよ!」
「新羅…何うろたえてんだ」
「ははは、僕は焦ってなんかないよ。た、ただ大量に血を浴びていたから、びっくりしてさ」
「血?俺もか?」
「うん。臨也も一緒に拭いてくれたんだ」

自分の体を見れば確かに、いつもの学生服のシャツではなくシャツを着させられていた。下の青いズボンには自分の名前が書いてあって、それが学校指定のジャージだと気がついた。
どう考えても新羅の服を借りるにはサイズが違いすぎるので、きっと学校に置いていたのを持ってきて着せてくれたのだろう。誰がそれをしてくれたかといえば、一人しかいなかった。

「そうか、わかった」
「ってまだ検査は全部終わってないんだけど!」
「めんどくせぇ。何も悪くなかったんだろ?お前を信用してんだよ。これ以上学校を休むわけにもいかねえし」
「う…確かにそうだけど」

まだ納得いかなくてぶつぶつ言っているのをそのままに、さっさと体を起こして部屋の外に出た。
”軽い脳震盪だけれども衝撃が相当のものだったのか、頭を打った時の前後の記憶が曖昧になっている”診察結果はそんなものだった。
その通りに、気を失って倒れた経緯やら、その日一日何をしていたとかは全く覚えていなかった。丸一日の記憶が無くて、丸一日寝ていたのだ。起きたら二日も過ぎてたなんて冗談じゃない。
後で新羅にでもノートを借りるかと思いながら、リビングの方に歩いて行って扉を開けた。


「おい昨日のことなんだが…」

さっき促されたように空白の一日について聞こうと、テレビに見入っている後ろ姿に向かって極力刺激をしないように声を掛けた。
そうして話を切り出そうとしたのだが急に臨也は無言で立ちあがり、俺をまるっきり無視して台所に走って行った。その態度にムッとしたが何かを持って戻ってきて、それを目の前に突き出された。

「はい、これ。そこに座って食べなよ」
「はあ?なんだ……?」

手渡されたのは、あたたかい皿で中身はオムライスのようだった。なんで今、どうしてそんなものを差し出されるのか意味がわからなかった。
しかし俺はすっかり忘れていたが二日は飯を食べていないことになるので、目の前に出されると思い出したように腹が減ってきたみたいだった。おいしそうな匂いがやけにそそられた。

「いいから、先に食べなよ。人がわざわざこんな夜中に作ってあげたんだから」
「な、んだって……!?」

一瞬自分の耳を疑ったが、目の前の臨也が照れ臭そうに顔を俯いていたので嘘ではないだろうことは理解できた。新羅と少し話をしている数分の間に作ったというのだ、俺の為に。
天敵でいつも喧嘩ばかりしていがみ合っているはずの相手が。手料理を。

「正気か?頭打ったのは手前のほうじゃねえか?」
「あーもううるさいな!料理が冷めるでしょ!何も考えずさっさと座って食べればいいじゃん!」
「…わかったよ」

捲くし立てるように言われたことにムッとしながら返事をして、しょうがなく席についた。そうしてスプーンを握って、すごい勢いで目の前の皿にがっついた。
単純に腹が減っていたということもあるが、この不可解な行動の意味とかそればっかりが気になっていた。だから早く食べて全部聞いてやると思っていたのだ。

「あーもう急いじゃって。いくらお腹が空いてたからって喉に詰まらせたらまたぶっ倒れ…っ!?」
「?」

また臨也の何気なく言ってきた言葉に、そのままの食べている姿勢で固まってしまった。

(えっと…今こいつ何と言ったか?)

新羅や門田ならわかるが、俺に対してそんな体を心配するような事を言われた覚えは、今までで一度も無かった。
どんなに大怪我をしても、バカだとかアホだとかよく回る口でからかわれてばかりだった。
だからそう例え俺が血みどろになっていたとしても。
足が無くなろうとも。
腕が無くなろうとも。
死にそうになっていたとしても。
ただバカじゃないのかと罵倒するだけだろうと思っていたのに。
確実に俺と臨也の間に、何かがあってこうやって変わったのだろうということを感じた。この二日の、俺が気を失っていて記憶がなくなってしまった間に。

「どういう風の吹き回しだ?そんなこと言う奴じゃなかっだだろ?」
「うるさい放っておいてよ!ちょ、ちょっと間違えただけだからッ!!」

正面から瞳をしっかりと見据えたのに、臨也は途端に視線を逸らした。あからさまな態度だった。

チクッ

「!?」

すると急にまたあの衝動が甦ってきた。胸の中を乱暴に掻き回され、息苦しくなってまともに呼吸もできなくなる。
臨也がこっちを見ていないは当然の事だったが、俺の変化には何も気付いてはいなかった。
そうしてそれが無性に腹が立った。

(なんだってんだ!)

胸元を左手で押さえながら立ちあがり、右手で乱暴に肩を掴んでこちらをまっすぐ向かせて告げた。

『…何があったか話せよ』
「あ…っと、その、放課後に二人で喧嘩してたら俺も知らない男達の集団に囲まれてて、逃げながら応戦していて気がついたらシズちゃんが一人で勝手に気絶してたんだよ。血だらけだったけど外傷はなくて、でもいくら叩いても起きないから急いでここに連れてきて新羅に看てもらったんだよ」

さっきまでのいつもより柔らかい雰囲気は消えて、どこか虚ろな表情で、けれども口だけはスラスラと動き一部始終を端的に話した。それを聞いて間違っていないという確信がなぜかわいた。

「やけに素直だな……本当にそれだけなのか?」
「そうだよ。文句あるの?」

間違っていないことは知っていたが、更にキツく睨みをきかせながら顔を覗き込んだ。すると急に我に返ったかのように動揺しながら、一歩後ずさった。なぜか頬が赤くなっている。
俺の知っている折原臨也と、態度があまりにも違っていた。

「で、それがなんで、こうやって俺に対して世話やくようになったんだ?」
「あははっ、何言ってるの?俺はいつも通りだよ?勘違いしないでよね、まったく」

身を乗り出して迫っていた俺の体をを押しのけて、ズボンのポケットに手をつっこむとそのまま俺に背を向けた。再び、こちらからは表情が全く見えない。
元々相容れない奴だったが、いつも以上に何を考えているのか全くわからなかった。

「まぁいいや。そろそろ俺も帰るね。じゃあまた明日学校で」
「……待てよ!」

しかし止める間もなくバタバタとせわしなく駆けて行って、そのまま玄関から出て行く音が部屋の中に響き渡った。まるで嵐のように去って行って、呆然とした。
目の前にはまだ半分ほど残っているオムライスがあったので、仕方なくもう一度座って残りを食べ始めた。
臨也の行動全てがどうにも腑に落ちないが、何故か胸の激しい動悸はおさまって落ち着いていた。
全く何がなんだかわからない。
自分も、臨也も。
これ以上ここに居たら、またわけのわからないものが襲ってくるかしれねぇ。そう思った俺は仕方なく残りの飯を一気に口の中にかけこみ、とりあえず自宅に帰る為の支度をし始めた。
本当はもう少し臨也が作ってくれた飯を味わいたかった、と思ったのは気がつかないふりをした。

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