「なんだよ、朝っぱらから。つーか蟲くせえ…………あ?」 勢いよく開いた扉から、来神高校のシャー時姿でシズちゃんは現れた。もう五年以上も前に卒業したのに、未だにそんなダサいの着てるなんて相当お金無いんだね、可哀そう。 いつもの俺だったら間違いなくそう言っていた。でも今日は、黙り込んでニコニコと笑ってみせる。 ある意味での実験だった。折原臨也の天敵である平和島静雄が、一体どんな反応するのか見てみたかったのだ。 勿論危険はあったけど、好奇心には勝てない。折角こんな姿になったんだから、というよくわからない意地もあったのだが、とにかく俺はシズちゃんのことを見あげた。 「てっ、手前……誰だ?」 「こんにちは、お兄ちゃん」 「お兄ちゃんって、どこのガキだよ。俺に弟は一人しかいねえ」 「あっ!ちょっと、待ってよ。勝手に閉めないでよ!!」 慌ててドアの内側に潜り込んで、閉めるのを遮る。相変わらず俺は笑顔を崩していない。 いつもだったらとっくにシズちゃんが襲いかかってきて、追いかけっこが始まる。それが今日は、オロオロと動揺しているシズちゃんという、大変貴重なものが見れて機嫌がいい。 「なんだよ。お前、家間違えてるぞ。迷子か?」 「いいの。ここで合ってる」 「だから俺の知りあいに手前みてえな子供なんていないぞ。人違い……」 「池袋最強。自動喧嘩人形の平和島静雄でしょ?」 「あぁ?なんだって?」 表情はそのままで、俺は挑発をしてみる。一体何秒で切れるか、と心の中で秒数を数えてみる。 三、四……十、十一。しかしそれから三十秒経っても、シズちゃんは動かず、それどころか眉間に皺を寄せて何事か考えているようだった。 「あー……わかった。これだ。こいつだ」 「うわっ!?な、なに、ちょっと、なにするんだよッ!」 「なんかノミ蟲くせえと思ったら、このコートか。体は……大丈夫そうだな。どこで拾ったか知らねえが、だせえコートなんて着てんじゃねえよ」 「だっ、ダサくなんかないし!ジャージの方がダサいじゃん。とにかく、返してよ」 突然首の後ろを掴まれたと思ったら、勢いよくお気に入りの黒コートが剥ぎ取られて俺は焦る。勘が鈍ったわけではないと思うのだが、シズちゃんが手を伸ばしてくるのが見えなかった。 ほぼ無抵抗のままコートを取られたと思ったら、次に体を屈めていきなり首元に顔を寄せてくる。そして、鼻をすんすんと鳴らして匂いを嗅いだようだ。 獣か。そう思うのに言葉にはならず、パクパクと口を開いて動揺した。 「よくわかんねえが、俺に用があるんだよな。とりあえず、あがれよ」 「……うん」 どうやら完全にシズちゃんは、突然現れた知らない子供が折原臨也であることに気づかなかったらしい。部屋に招き入れられて、俺は感動してしまった。 顔を合わせたら即喧嘩がはじまってしまうので、こんなにも長く話が続いた試しはない。どうやら俺の容姿が折原臨也に似ていることに疑問を感じつつも、シズちゃんの中では大したことがなかったのだろう。 嬉しくてクスクス笑いながら、明らかにサイズの合っていない靴を脱ぐ。突然こんな体になってしまった時は驚いたが、なかなかに成果はあったようだ。 バイクに乗った妖精や、妖刀を持っている人間がいるぐらいなのだから、体が縮むなんてことがあってもおかしくはないと思う。だがまさか、俺自身に起こるとは考えもしなかった。 情報屋として仕事をしていて、恨みを買い狙われることは日常的だ。保身の為に随分と気を遣っているし、俺にとってはあり得ない事だった。 しかし相手は人間で、何をしでかすかわからないところが楽しい。こんなことになってしまって驚きはしたものの、現状を受け入れて楽しむべきだと考えた結果、シズちゃんの自宅にやって来たのだ。 たまたま近い場所に居たことと、このままいつも通りに新宿の事務所に帰ることはできないと気づいた。子供の姿になったことで、体力が落ちてしまい、身を守ることが困難になった。 一か八かでシズちゃんの所に行けばなんとかなるんじゃないか、という気持ちも少なからずあったのだ。つまりは、池袋最強に用があるのは事実だった。 部屋に入るとその場でいろいろと物色したい好奇心が沸いたが、なんとか押し留めてその辺に座る。シズちゃんの家に、座布団やクッションなどというものはない。 「それでお前、俺に何の用だ」 「ちゃんとお金払うから、池袋最強のお兄ちゃんに俺のこと守って欲しいんだ」 「あ?」 「こわーい人に狙われてて、どこにも行く場所がないんだよ。携帯も落としちゃって……ねぇお願い!」 シズちゃんに頭を下げるなんて死んでもご免だったけど、それは折原臨也としてであって、体が縮んでしまった俺はあっさりと言えた。まるでネット世界で甘楽を演じている時のような楽しみがある。 それに、もしシズちゃんが了承してくれたら、俺にとって利点ばかりだった。普段全く話ができない状態なのに、こんなにもきちんと話ができるのだから、上手く利用することは可能だろう。 「じゃあ俺の携帯貸してやるから、お前ん家に電話して親に迎えに来て貰えよ」 「ちょっとそういう訳にはいかない事情があって」 「金あるんなら、俺じゃなくてもいいんじゃねえのか。知り合いに心当たりがあるから、連絡取ってやるよ」 「待ってよ!違う、俺は池袋最強に守って貰いたいの。お兄ちゃんじゃないとやだ!!」 意外と頭が回るシズちゃんが、多分新羅にでも連絡を取ろうと携帯を手にする。慌てて止めたが、心の中で舌打ちをした。 どうやら簡単に首を振ってはくれないらしい。しかしここで引くわけにはいかなかった。 「やだって、なぁ。なんでそんなに俺のこと気に入ってんのか知らねえけどよ」 「他の人なんて、信用できない」 「はぁ?信用できねえって……」 「でもお兄ちゃんは、優しいから信じられる」 子供らしい笑顔を浮かべながら、はっきりと言った。それは俺の本心でもある。 シズちゃんは、優しい。すぐ切れるという欠点さえ目を瞑れば、お人好しと呼ばれるような人間だ。 本人はなるべく人を遠ざけようとするのだが、自然とシズちゃんの周りに集まってくる。それは、いくら拒絶しようとも、いざという時に身を挺して他人を庇ったりできるような性格だからだ。 俺は長いことそんなシズちゃんに敵対し、見てきたからよく知っている。腹が立つし、殺したいと思うことは多々あるけど、好かれる理由ぐらいは把握していて当然だ。 もし俺が折原臨也という人間でなければ、隣に立ち一緒に居たいと思う。しかしそれは不可能だ。 顔を合わせた瞬間から気に食わないと一方的に拒絶されたのだから、いくら願っても叶えられることはない。どんなに望んでも手に入らないものだった。 それがこうして、別の形で得られることがあるかもしれないなんて、それは俺も必死になる。長いことこんな状態が続くとは思っていないし、ほんの少しだけでいい。 たった一日だけでもいいから、シズちゃんと折原臨也としてではなく、全くの他人として過ごしてみたい。そう考えながら、縋るような目で見つめた。 「なんで俺が優しいって……会ったこともねえのに言うんだよ。誰から聞いた」 「それは秘密。ねえ、いいでしょ?」 「あのなあ。確かに俺は力もあるし、子供一人ぐらいなら守ってやれるかもしれねえが、お前が俺の事情に巻き込まれることがあるんだぞ。わかってるか」 「なんとかなるって。お兄ちゃん強いから!」 無邪気な声でそう言うと、目の前のシズちゃんが驚いたように目を丸くした。そしてもじもじと、照れ臭そうに頬を染めている。 褒められ慣れていないことは知っていた。それに、純粋な子供の憧れに逆らえる者なんていないと思っている。 「……本当に知らねえぞ」 「引き受けてくれるの?やったあ、嬉しい!」 「クソッ、こんなつもりじゃあなかったんだけどな」 結局折れて、俺は両手を上げて万歳をする。了承させる自信はあったけど、予想よりもシズちゃんは手ごわかったのだ。 やはり想像していることと現実は違う。不測の事態も楽しめるぐらいでないと、やっていけない。 そうでなければ、密かな片想いをしている相手と毎回顔を合わせては殺し合いなどできないのだ。いちいち一喜一憂するなんて疲れるだけだ。 「じゃあお兄ちゃんに頼みたいことがあるんだけど」 「あぁ?なんだよ、いきなり」 「お釣りはあげるから、これで俺の下着買ってきて欲しいんだ」 * * * 「おい聞いてるか?」 「ッ!?さ、さわらないでっ!」 媚薬のせいで意識は朦朧としていて、シズちゃんの呼び掛けに碌に答えていなかった。だからいきなり腕を掴まれたのだが、刺激を受けて甘い痺れが走る。 それだけではなく、いろんな意味で惨めに感じていた俺は、本気で手を叩き落とし身を引く。途端に張りつめていたものが決壊したみたいに、ぼろぼろと雫が溢れだした。 「手前、っ、おい大丈夫……」 「だから、俺に構わないで一人にしてよ!」 「体震えてるぞ。寒いのか?なあ、教えろって」 「どこの誰ともわからない子供のことなんて、気に掛ける必要はないだろう。いいから、離れて」 「友達だって言ったのは、手前だろうが」 「えっ?」 予想外の一言に恐る恐る顔をあげると、不機嫌そうな顔が間近にあってドキッと心臓が跳ねる。シズちゃんに友達と言われただけだというのに、喜びと満足感で目の端からますます透明な水がこぼれていく。 ほんの僅かな好意が得られただけで、こんなにも嬉しいのかとはじめて知った。この姿でなければ得られなかっただろうし、本当に欲しかったものからは程遠い。 それでも俺は感激して、本物子供みたいに泣きじゃくる。次々頬を濡らす涙を拭おうともしなかった。 「よくわかんねえが、泣くなよ。なあ本当に体がどっか悪いなら」 「違う。薬打たれたんだ」 「薬って、なんだそれ」 「暫くすれば薬の効果は消えると思う。あんまり人に見せたくないから、このままでいさせて」 尚も本気で心配してくるシズちゃんに、やんわりと告げる。正直に言ったらわかってくれる、と思ったのだ。 すると様子を確かめるようにジロジロと体を見つめて、それから怪訝な表情になる。数分考えるように黙っていたが、口を開く。 「薬のことはわかったが、手前の足の間から生えてるそれは、なんだ」 「なんでもない」 「おかしいだろうが。まだ隠してんなら、さっさと吐け!」 「嫌だよ、っ、ちょっと……やぁッ!!」 隠し通せると思っていたのに、どうやら見通しが甘かったようだ。すかさず両手で体を隠そうとしたが、強引に足首を掴まれてしまう。 部屋中に悲鳴が響いたが、シズちゃんはやめてはくれなかった。そして俺の恥ずかしい場所が晒されてしまう。 「こりゃあ、なんだ?紐か?」 「まっ、待ってよ、引っ張らないで。絶対ダメ!!」 「ダメって言われたら余計に怪しいんだよ。こんなもん邪魔だろうが。抜いてやるから」 「だから、やめろって……ンっ、ぅ……あぁ!?」 必死に抵抗したが、敵うわけがないという事実も頭のどこかで理解していた。それでも、みっともない姿はどうしてもシズちゃんに見せたくなかったのだ。 結局尻の穴から覗いていた紐が引かれ、勢いよくローターが外に吐き出される。まだ微かに振動していたので、シーツの上にこぼれ落ちモーター音が煩く鳴るのが耳障りだった。 「あぁ?おい、これ尻の中から出てきた……よな?」 「はぁ、っ……だから嫌だったのに、ッ……もうわかったでしょ。いいから、俺一人にして」 「もう一本紐があるってことは、同じもんがまだ入ってんだろうが。気持ち悪くねえのんかよ」 「気持ち悪いにきまってるだろう!でも別に自分で抜けるし、変な気遣いとかいらないから。お兄ちゃん、お願い。一人でできるから、ね?」 「ダメだ。手伝う」 ナイフで切りつけてやりたい、と俺は本気で殺意を覚えたが、非力な子供の力ではいつも以上にシズちゃんを傷つけることはできない。なにがどうして、そんなに気になるのかは知らないが、こっちの意見を無視して紐を掴もうとする。 これが一体どんなものなのか、興味があるのだろうか。いい加減にしろよ、と唇を噛む。 「あのね、お兄ちゃん知らないみたいだから教えてあげるけど。これエッチなことをする為の玩具なんだ」 「……なんだと?」 「だからその、俺だって男なのにこんなことになって、腹立つけどさ……恥ずかしくて、お兄ちゃんに見せたくないの。打たれた薬も、セックスする為の興奮剤だから、体苦しくて大変で……とにかく、いくら男同士で俺が子供だからって、そこまでお兄ちゃんをつきあわせるつもりはないから。わかるだろ?」 必死に言葉を選んで、頬をひきつらせながらもはっきりと説明した。シズちゃんは無言で聞いていたが、やがて俺の想像を超えた答えを導き出す。 「あの野郎は、子供相手にエロいことしようとしてたってことか」 「そ、そう……だけど」 「玩具入れられただけか?他には?」 「服破られたぐらいで、なんとか大丈夫だけど」 「つまり手前は、誰でもいいからセックスしたくてたまらねえってことだよな?体が熱いのも、ガキの癖にエロい顔してやがるのも全部薬のせいで、しょうがないことだ」 「うん」 「じゃあやっぱり、俺が手伝ってやった方がいいだろうが」 top |