「おい、手前しっかりしやがれ!」 「……ッ!?」 その時突然はっきりと間近で声がして、俺は慌てて瞳を開く。すると眼前に知った顔があって、動揺した。 頬がひきつり、隠すことなく恐怖を顔に出してしまう。目の前に平和島静雄の姿があったら、誰でもそうなってしまうだろう。 「な、に……?なんで」 「待ってろ、すぐ医者に連れってやるから」 「ッ、や、やめろ!!」 まだそんな力が残っていたのかと自身で驚くぐらい、大きな声が出た。全身の震えは酷く、掴まれた部分がやたらと熱い気がするが構わない。 夢などではなく、運悪く最後の最後で平和島静雄に見つかってしまったらしい。こんなところで助けられたら、今までの何もかもが無駄になってしまう。 「落ち着けよ。悪いようにはしねぇから。俺の友人に医者が居るんだ」 「余計なことを、するな……っ、いいから、離せ」 「バカ言うなよ。ここで見殺しにしたら、俺は一生後悔する」 「見ず知らずの人間が死ぬぐらい、なんてことないだろう」 吐き捨てるように言ったのだが、あからさまに顔が歪められる。やはり性格的に合わないじゃないか、と改めて俺は思った。 このシズちゃんも、俺を邪魔をする。肝心なところで願いを潰されるなんて、冗談じゃない。 「俺は……手前のこと知ってる」 「有名人だからね。でも俺は君なんて知らないし、どうでもいい。放っておいてくれ」 「わかってんのか。死にてぇのかよ!!」 とうとう堪忍袋の緒が切れたシズちゃんが喚く。それに対して、反論などせずに俺は黙っていた。 それが答えだと、バカな頭でもわかったに違いない。さっと顔色が青ざめた。 「っ、おい、マジか?」 「死にたいって言ったら、見逃してくれるかい」 改めて告げると、ますます表情が歪む。そんな顔など今まで見たことがなくて、間違いなく俺の知っているシズちゃんとは違うのだと実感した。 そんなことはどうでもいい。とにかくやめてくれ、と視線で訴えた。 「お願いだから、俺のことは見なかったことにしてよ」 再度懇願する。まさかそんなことを頼むことになろうとは思いも寄らなかったが、関係ない。 俺が好きだったシズちゃんではないのだ。プライドも、意地もありはしない。 「じゃあなんで泣いてんだ」 言われてハッとするが、その前から涙を流していたので今更頬を濡らすことに恥じらいなどない。これには深い理由があるのだと説明する義理もない。 深くため息をついて、どう言えばいいんだと俺は困っていた。そこで突然、視界が真っ暗になる。 「あ……れ?」 「っと、おい!こんなこと言い合ってる場合じゃねぇ!!」 喉奥から掠れた声が聞こえたが、それ以上は発することができなかった。刺された傷のせいか、クスリのせいかは不明だが、まともにしゃべるのも困難になったらしい。 俺にとっては好都合だった。体が浮いたような気がして、痛みに呻き声があがるが、あたたかい何かに触れられる。 きっと間に合いはしない。思い通りになってくれるだろう、と確信しながら瞳をそっと閉じる。 願えばきっと叶うだと純粋な気持ちで思ったというのに、結果的に俺は裏切られた。その時の絶望感を、思い出したくはない。 * * * 「やぁ、久しぶりだね臨也。しゃべれるかい」 「……あぁ」 「こんなに不機嫌な君を久しぶりに見たよ。そんなに死にたかったの?」 相変わらず遠慮のない言いように、白衣の男を睨みつける。それだけならまだいいが、隣にもう一人男が居た。 黙ってはいるが視線をひしひしと感じる。あからさまに二人から視線を逸らして、俺は告げた。 「見世物になるぐらいなら、死んだ方がマシだっただろうね」 「ははっ、それ冗談?そんなこと言うような人間だったっけ。まぁいいや、とにかく静雄に感謝ぐらい言ったらどうかな」 そんなの言えるわけがない。言いたくもない。 ふざけるなと内心罵って、ひたすら無視を続ける。きっとそうしていれば、向こうから勝手に苛立って怒鳴り始めるだろうと俺は思っていたからだ。 「大丈夫じゃ……ねぇよな。とにかく助かってよかったぜ」 「ほら臨也、礼ぐらい言いなよ。君だって噂ぐらい知っているだろう。殴られたら吹っ飛ばされちゃうよ」 「おい勝手なこと言うな。俺はむやみやたら暴力振るうような人間じゃねぇ」 横で騒ぐ二人に返事をしたくないぐらい、俺は落ち込んでいた。シズちゃんを挑発して殴られたらあっさり死ねそうではあるが、その言葉すら思いつかない。 もやもやとした気持ち悪さに、胸が痛むばかりだ。嫌な感情を思い出してしまいそうで、とうとう新羅に告げる。 「一人にしてくれないか」 「どうしてだい!?君は騒がしい方が好きだろう?」 「それ、一体いつの話だよ。中学の頃の話ならやめてくれ。俺はそんな子供じゃない」 「充分子供だと思うけどなぁ。頑なにお礼言わないところなんか、子供以下だろう?」 チッと舌打ちをするが、新羅は引かない。こんなに厄介な男だっただろうかと、俺は何度目かの溜息をつく。 腹が立つ。うまく死ぬことができなかった自身に対してだ。 「わかったよ。不本意だけど一応礼だけは、言っておく。ありがとう」 「僕に言ってどうするんだよ」 「もういいだろう。さっさと出て行け」 シズちゃんの顔など見れないので、俺は新羅に向かって言った。まさか礼を口にする日が来るなんて思いもしなかったが、過去に戻れるぐらいなのだから、人生何があるかわからない。 とにかくこれで役目は果たしたつもりだったのだが、意外なことを告げられる。おもわずビクンと肩が震えた。 「随分素直なんだな」 「俺を怒らそうとしたって無駄だ。いいから、これ以上構わないでくれ」 「そんなつもりはねぇよ。意外っつーか、もっとキツイ奴なんだと思ってたんだが」 「君の一方的な俺の印象なんて知らないよ。ねぇ、もう本当にやめてくれないか。新羅も、いくら払ったら出て行ってくれるかな」 「ちょっと臨也、いつから金で解決するような薄汚い人間になったの?」 相変わらず空気も読めなければ、俺を苛立たせるようなことを二人は言う。これ以上は話もしたくないのに、一向に終わりはしない。 金で動く人間ではないとわかってはいたが、こうも扱いにくいとは思いもしなかった。うまくいかないのは、俺自身のせいだろうとはわかっていたけれど。 「あぁ、そういうところは最低な奴なんだな……」 「でも臨也はもっと性格悪いんだよ。こんなものじゃない。随分と丸くなったんだ?」 「いい加減にしてくれないかな」 強い口調でぴしゃりと言い切る。すると二人は押し黙り、室内が静かになる。 やけに疲れてしまった。普段のように頭も回らないし、俺は情けなくなってしまう。 「俺は病人だろう」 「そんなまっとうなことを言われるなんて思わなかったよ」 「だから新羅が知っているのは、昔の俺だろう。もう何年も会ってなかったのに、友達面されたくはない。それに知っているだろう。俺は……」 「知ってるよ。静雄のことが、苦手なんだろう」 高校時代に何度もシズちゃんを俺に紹介したがっていたので、本当のことを告げていたのだ。平和島静雄は苦手なのだ、と。 嫌いではない。好きでもない。 ただ顔を合わせば嫌な感情がこみあげてくるので、苦手だというのが本音だった。 今のシズちゃんを知りもしないのに、嫌いにも好きにもなれない。それに、俺が思いを寄せる相手はもうどこにもいないし、一人きりなのだと決めていた。 「はっきり言うよ。平和島くんだって、俺のことが苦手だと思っているだろう?」 「ぶはっ!?へ、平和島くん、って……君いつからそんなおかしなこと言うようになったの。初対面でドタチンなんて妙なあだ名つける変人だっただろう?」 「すまん、俺も……っ、おかしくて……くくっ」 そうなるんじゃないかと思いはしたが、俺がシズちゃんのことを平和島くんと言っただけで二人は盛大に笑った。なにがおかしいんだとムッとしたが、怒鳴りはしない。 それでも俺は呼び方を変えるつもりなどなかった。親しいと思われたくはないし、距離を取りたいのだ。 「これだから、嫌なんだ。もう勘弁してくれないか。気分が悪い」 「あぁ悪かったって、笑っちまってよ。機嫌直してくれ」 「だから俺は君が苦手なんだって。本当にもう話し掛けて欲しくないんだ」 「でも嫌いじゃねぇんだろう?」 「知らない相手のことを一方的に嫌うほど、薄情な人間じゃない。でもこれ以上あれこれ詮索するなら、嫌いになるだろうね」 「別に嫌いになったって構わねぇよ。俺は手前のことが、知りたい」 途端に背筋がゾワリと震えて、思わずシズちゃんのことをまじまじ見つめてしまう。ここまで嫌悪感を露わにしたのは久しぶりだった。 一体なにがどうなって、あの平和島静雄が俺に興味を持っているのだろうか。冷や汗が浮かんでしまう。 「そんな幽霊でも見たような顔すんなよ」 「初対面の人間に言うのはどうかと思うんだけど、ちょっと気持ち悪いんだけど。俺の何が知りたいっていうんだよ」 「手前を刺した奴は、俺がぶっ飛ばしてやった。顔見てたからすぐ見つかったぜ。しかしお前、自分の会社の人間に恨まれてたのか」 「俺はそんなこと頼んでない。どうしてそう、余計なことするんだよ」 まさかシズちゃんが俺の部下のことまで調べ上げた上で、どうにかしていたなんて驚きだった。ここまできたらもう、笑えはしない。 そこまでされる覚えはない。ひたすらおぞましい感情しかなくて、眉を潜めた。 「いつものボディガードってのも、グルだったんだろう。なんか悪いことをしてたのか?」 「さぁ、そんな覚えはないね。ただ俺の莫大な財産目当てだったんじゃないかな。財布を持って行っていたし、欲しいなら……金ぐらいいくらでも渡してやったのに」 金など惜しくはない。不満があるのなら言ってくれれば、給料ぐらいあげてやっただろう。 といっても、普通の企業よりはかなり賃金は高い方ではあった。今更どうもなりはしないが、刺されたのはやはり俺の純粋な地位と財産、もしくは会社のせいだろう。 「いくらでもって……なんか、手前」 「言いたいことがあるならはっきり言ってくれていいよ。怒りはしない」 「随分と甘ぇんだな」 「は?どこがだよ」 社長として社員の不満を解消するぐらい当然のことだろうとは思ったので、ムッとする。確かに情報屋だった頃の俺に比べたら、甘すぎると言っていい。 ただし今の世界ではそういう悪どいことは一切していないし、しようとも考えてはいなかった。無謀なことはせず、ひたすら保身に走った結果がこれだというのに、何が甘いというのだろう。 「まぁいいけど。そうだ、君にも礼ぐらい払う。それが目当てなら、そうと言ってくれよ。いくらだい?」 「金なんていらねぇ」 「臨也ってさぁ、別の意味で嫌味な奴になったんだね。まぁ昔に比べればかわいいものだけど」 「自覚はあるよ。でもいい加減放っておいてくれないかな」 一体何度説明すれば気が済むのか。傷の痛みもあって、なんだか疲れ果ててしまう。 するとすかさずシズちゃんが近づいてきて、覗き込む。そして言った。 「もしかして熱あるんじゃねぇか?顔赤いぞ」 「君達がしつこいからだ」 「あぁそうかもしれないね。すごいな静雄、よく気づいたね」 シズちゃんが俺のことに気がつくなんて、どんな悪夢だろうと内心思ったが視線を落としてそれ以上は押し黙る。汗が浮いていたのは、熱のせいだったようだ。 「薬取ってくるよ」 「いらない。いいからもう、帰らせてくれ……治療代は後で送るから、一人になりたい」 * * * 「そ、それって、まさか」 「手前全然勃ってねぇな」 「ちょっとさぁ、そんなところまで規格外サイズなの?さすがに俺も予想できなかったよね」 既にやる気満々な状態のペニスを見て、震えあがった。いくら頑張ってもちょっとあれはご免だと思う。 だがシズちゃんは引く様子がない。ボトルを手にして、再び俺の上に覆い被さる。 「これでお前のここを解せばいいのか?」 「だけど、シズちゃんのに比べたら指なんて……」 「どうするんだ?中に全部入れればいいのか」 「っ、え?」 どうしたらいいかと言いながら、シズちゃんはボトルの先を俺の後ろにいきなり押し当てた。左足の膝が胸につくぐらい折り曲げられた状態で、入り口が晒される。 そして制止の声を上げる前に、いとも簡単に押し込んでしまう。直後に予想外の感覚に襲われた。 「う、わ……ッ!?」 「すげぇな。エロいな……なんか腰振ってるみたいだぞ」 「な、なにやってんだよ。いきなり媚薬ローション全部入れるなんて、っ、やめ……く、ぁ」 必死に叫んで気持ち悪いのをやり過ごそうとしたが、そうはいかなかった。どんどん媚薬入りローションが中に押し込まれていき、声が漏れそうになってしまう。 冗談じゃない。やめさせようとしたが、それよりも早く中身が空になった。 シズちゃんの怪力で押し出されたのだから、数秒もかからずなくなってもおかしくない。俺は本格的に青ざめた。 「おっと、こぼれて……やっぱ、すげぇな」 「ッ、そんなところ見なくていいから。ねぇこれ以上は」 「なんか指一本ぐらいならあっさり入りそうだな」 「ちょっと、やめてよ。そんなわけ……ッ、ねえ、待っ……」 まるで好奇心旺盛な子供のように、シズちゃんの瞳が輝いて見えた。本気で突っ込みそうだと思ったのでやめさせようとしたが、それよりも早かったのだ。 たっぷりとローションまみれになって濡れている穴に、指が強引に押し込まれたのだ。当然中身が隙間から溢れて、俺はパニックになる。 「ッ、く!?ちょ、っと……指、やめろって、っ、クソ」 「手前の言った通りだな。ローションがなかったら、こんな簡単に入らなかったかもしれねぇ」 「聞いてよ!俺の話を、ッ、は……ねえ、ってば」 いくら必死に語りかけても、シズちゃんの目はそこに釘づけだった。むやみに動いたら余計に悲惨なことになるのが目に見えていたので、俺は唇を噛んで耐える。 なんとか抜く方法はないかと頭を巡らせていたが、あっさりと俺の目の前で指を出し入れし始める。ぐちゅぐちゅ、と淫猥な音が響いた。 「あ、っ……く」 「ところで媚薬ってのは、いつ効いてくるんだ?」 「え、っ?」 俺はすっかり忘れていたことを問われて、そこでようやくハッとする。途端に強烈な疼きが背筋を駆けあがっていき、しまったと気づく。 意識したことで媚薬の熱を感じてしまったのだ。知らなければよかったのに、もうそうはいかない。 指が埋まったり、また引き戻されるのを見ながら熱い吐息が漏れて行くのを感じる。このままでは、流されると焦った。 「やめて、っ、ぁ……苦しい、から」 「苦しいってキツイってことか?確かにぎゅうぎゅう食いついてるみたいだが、もう一本ぐらいいけるだろう」 「聞いてよ。俺は入れてなんて言ってない……っ」 「ほらいけるぞ」 シズちゃんが話も聞かずに、二本目の指を後ろの窄まりに添えた。慌ててやめさせようとしたのに、そんな努力は虚しく意外とあっさり飲み込まれていく。 しかしそれは見た目だけで、やはり内はキツくてたまらない。今度こそ耐えきれない声が漏れてしまう。 「ぁ、はぁ……ッ、最悪」 「安心しろ。ちゃんと入ったぞ。ほら見えるか?」 「見えない、っ、ぁ、くそ……媚薬が、っ、はぁ、は」 ただでさえ荒くなっていた呼吸が余計に激しくなり、全身も火照り始めていく。あまりに性急な効果に、俺の思考は追いつかない。 その間も二本の指は意外と巧みに中を行き来し、順調に解していった。その度に意識が朦朧としていき、とうとう快楽までわかるようになってくる。 「あ、ぅ……っ、こんなの、認めないッ、ぁ、は」 「もしかして薬が効いたのか?顔赤いし、なんかやけにエロい顔だな」 「そんなこと、いちいち言わなくていいから……ぁ、はぁ、もう、やだ」 top |