静雄のせいで触手に襲われる臨也の話 サンプル | ナノ

「どうしてこんなものが。化け物に喧嘩売ったつもりはないんだけどなあ」

相手が得体の知れない者だからこそ、焦りを見せる。これでどこかに誰かが潜んでいて見張られているというのなら、随分と滑稽だろうが、そんな気配は感じない。
もし俺がこういうことを仕組むのであれば、遠くから眺めて高みの見物をするだろう。いくら好奇心があったとしても、近づいて巻き込まれたくはない。だから、多分そういうことだ。
ここには俺一人だ。誰も来ない。
化け物といえば真っ先に浮かぶのは、さっき取り落した箱に入っているプリンが好きな相手だ。これまでも幾度も追いつめられて、ギリギリのところで逃げ切っていたが。
しかし目の前のこいつは、そんな生易しいものではない。武器は奪われて、一切の抵抗手段を禁じられている。ここまで周到なんて。

「一体どうするんだろうねえ、まさかこのまま食べるとか?」

おどけた口調で呟いても、返事はないのが虚しい。誰かに見られていても困るのに、一人だと寂しい気もするなんて贅沢だ。とにかく。
あまりに突然の想定外の事態に驚いている。それだけは間違いない。

「さっきから、どこ入ろうとしてるんだろうねえ」

出来る限り抵抗を試みるが、全身に絡みついている触手の塊は激しさを増すばかりだ。遂には服の中にまで侵入しようとしていて、コートの裾やシャツが捲られる。数回避けるが、圧倒的に数が違うので結局意味は無かった。
化け物を切り裂く時に飛び散ったのか、それとも先端から溢れるものなのか、とにかくぬるつく触手が肌を撫でていく。気持ち悪いのは当然だったが、なぜかやけに熱く感じた。
生きているので温度はあるようだが、塊自体が発熱しているかのような。何本もの触手が粘液を塗りつけるように触り、そこがじんじんと疼く。広がる。

「どういうこと、だ?熱いにしては……」

なんとなく嫌な予感を覚えていると、頭の上辺りに気配を感じたので顔をあげた。そして息を飲む。
そこには絡みついている触手よりも大きくて太い化け物が、先っぽから汁を滴らせて迫っていたからだ。身動きすら取れなくて、じんわりと額に汗が浮かぶ。

「ッ、やめろ!」

しっかりと目で追っていたが、突然勢いよく粘液を吐き出し頭からかけられる。顔を背けたが、髪に垂れてしまい歯軋りした。
だが一本だけではなかったらしい。視線を逸らした先にも同じぐらいの大きさの塊があり、そいつも中身を飛び散らせた。驚いていると、体にまとわりついていた化け物もつられたように粘液を吐き出す。

「くそっ、避けられない」

肌に絡んでいた塊も、大量に垂らして撫で進んでくる。ぐちゅぐちゅ、と至る所でおぞましい音色が響いて全身に飛び散った。段々と量も、音も増して、どこに顔を背けても汁がかかってしまう。
どうしたらいいんだと困っていたら、そのうち一本が顔の前に寄ってきた。慌てて身を引いたが、逃げ場などなく頬にべちょりと体を押しつけられてしまう。
怒りと悔しさでカッとなって、物言わぬ化け物相手に怒鳴ろうと口を開いた。だが予想外なことに、そいつは口内めがけて、待っていたとばかりに飛び込んだ。

「んっ、ぐ!?」

慌てて閉じようとしても遅い。ちょうど限界近くまで唇を開かれて、歯を立てようにも力が入らない。そのまま喉奥まで侵入されてしまう。
あまりにも急激に危機的状況に陥ってしまい、非現実的だった。これは夢なのではないか、と逃避したくなるが喉奥をごりごりなぞられて咳き込んでしまう。

「うぅ、ッ、ぐ、んぅう、っ、ふッ!?」

言葉をしゃべることができないのも悪い。一気にパニックに陥って、頭を無闇に左右へ振った。必死に噛みつこうと何度か試みていたら、ごぼっと奥で奇妙な音が聞こえてしまう。
目を丸くしていると口内全体に広がって、粘液がおもいっきり吐き出されたことを知る。それに合わせるように、全身に飛び散っていた粘液も増える。まるで土砂降りの雨が降っているようだった。

「んーっ、うぅ、く、んぐっ、が、ごぼッ」

飲み込みたくなくて必死に抗っていたが、容赦なく顔面も粘液に濡らされていて、まともに息をするのも苦しかった。きちんと呼吸ができないせいで、咳き込んだ途端にまた粘液が増やされてしまいもう耐えられなくなる。
中身はほとんど口の外にこぼれてはいたが、それ以上に吐き出されるので飲みこむしかなかった。ごくんと喉を震わしたのを見計らい、もっと深い奥へと進まれる。これ以上行かれると、とんでもないことになるだろうというギリギリで、化け物は液を注ぎ続けた。

「んっ、んぐ、っ、うぅ、んぢゅ、う、ぐ」

いつの間にか瞳から涙が溢れてボロボロと泣いていた。これは悔しいからではなく、生理的なものだ。それでも納得できない。
すごい量を飲み続けて、段々とお腹が満たされていく。重く、苦しい。このまま腹が破裂するまで注がれてしまうのか。そんな恐怖が頭をよぎった時。

「げほっ、ごほ、ッが、ごほ、はぁ、はッ」

化け物触手が吐き出すのを止めた。満足したのか口内から出て行ったので、懸命に残っていた中身を吐き出す。喉を震わせて、体の内に出された物も嘔吐しようとした途端。
ドクン、と心臓が脈打つような鼓動が聞こえた。一瞬呼吸を止めて目を瞬かせていると、音は早くなり胸が軋むように痛んだ。

「うぁ、っ、な……なん、だこれ」

いつの間にか触手達から飛び散っていた粘液の嵐は止み、得体の知れない痛みに呻き声をあげる。だが痛みだと思っていたのは始めだけで、すぐに違うと気づいた。
全身が急激に熱をもち、喉が渇いて水分を欲してしまう。体中のどこもかしこも熱くて、異常なことが起きていた。一部だけではない。
髪がべっとりと貼りつく額も、化け物が絡んだままの肌も、衣服を着こんだまま濡れ汚れている手や足も。どこも平等に疼いて発熱している。意味が解らなかった。

「熱い、あつ、どうして、これ」

うわ言のようにブツブツと呟くが、自分の耳にもきちんと届いていなかった。挙句に息苦しくて呼吸をしているだけなのに、やけに熱くて頭もぼんやりしてしまい。
溜息をついた時に喉が震え、それが軽い衝撃となって襲い掛かって来た時にようやく気づく。この化け物のしようとしていることが。

「これは、媚薬みたいなものか」

生殖本能として、獲物を捕らえて食べる前に弱らせる行為というのは、ごく自然なことだ。獲物は俺で、弱らせ動けなくする為にさっきの粘液を腹いっぱい飲ませた。
だから体の奥も、内も、外も熱くてしょうがない。媚薬の池の中にぶちこまれたも同然だ。

「はぁ、冗談じゃ……な」

声はもう弱々しくて、抵抗の意志も感じられない。それこそ大声で叫んだら、体に響いてしまうかもしれない。
媚薬みたいだと気づいたのは、主に下半身が反応していたからだ。下着の中のそれは勝手に勃起し、締めつけられている箇所が苦しい。本能的に開放して欲しいと願うのも無理はなかった。

「ッ、あ、やめろ!」

脱がして欲しいと口にしたつもりはなかったが、おさまっていた触手の塊が蠢き始めた。そしてシャツの中以外にも、器用にベルトを外しズボンへ潜り込もうとする。おもわず叫んだが、衝撃で全身が震えて、はっきりと快感を覚えてしまう。
自慰はあまりしたことがなかったが、これは間違いなく溜まっているものを吐き出したくて大きくなっていた。驚いているうちに何十本もの塊がズボンに入り、破り、下着までもずりさげていく。

「ぁ、あっ……そんな、やめろ、クソ」

* * *

「一階も派手に荒れてたし、自分の体張ってまで嫌がらせするような奴じゃねえよな。誰かに狙われてるのか?」
「さ、ぁ……」
「なにされた、って聞くまでもねえがまだ辛いか?」

やはりシズちゃんだ。無神経にも程がある、と思った。
答えなくていいことなのに、わざわざ尋ねて人の心配をしているつもりなのだろうか。不機嫌を隠さず睨みつける。

「怒るなよ。俺だってなあ……ああ、クソッ、ほら手貸してやるから」

向こうも一瞬だけ額に青筋を浮かべて苛ついているのを顕わにしたが、すぐに舌打ちをして表情を戻した。意外な行動に驚いてしまう。俺でも、怒りを抑えることができるのかと。
だがそんなことよりも、差し出された腕が俺の手首を掴んで、問題が起きてしまう。全身を襲ったのは、腕を強引に掴まれた痛みではなかった。

「あっ、んぁ!?」
「え?」
「はぁ、っ、は……ッ、まだ」

自分では声をあげるつもりなんてなかったが、室内に甲高い悲鳴が響いた。強い衝撃に息を整えながら、悔しがる。どうやら過剰に摂取された媚薬が全く抜けてないらしい。
化け物にされていたことは、意識がある間であれば多少覚えている。思い出したくもないが、衣服は破れて腰から下は何も身に着けていないし、全身気持ち悪い粘液まみれなのだ。それこそ立ち上がったら、まだ中に残っているものが吐き出されるかもしれない。
放っておいてくれ。そう一言告げれば終わるのに、掴まれた腕からじわじわと何かが広がっていく。

「おいまだやべえのか?臨也?」
「……っ」

卑怯だと思った。こんな時に名前で呼ぶなんて。
いつもみたいにノミ蟲とか言ってくれれば、怒りが増していただろうに。胸が切なく痛む。
もう助からないと諦めていた。まだこれは夢ではないのか、という疑惑も強い。心底後悔した記憶もまだ残っている。
どうしようか迷いながら、床を見つめた。するとまだ残っていた。白い箱が。

「シズ、ちゃん」
「なんだ?」

腹を括ると早かった。動かないと思っていた唇が勝手に言葉を紡ぎだす。

「お願いが、あるんだけど……お礼はするか、ら、引き受けてくれないかな」
「どういうことだ」
「床に箱が落ちてるの、見える?」
「箱だ?ああ、あれか落ちてるな。あれがどうした」

拒絶されはしないかとドキドキしたが、そんな素振りは全く無かった。それどころか、相手が俺だと自覚していないみたいに、なんだか普通にしゃべっている。
きっとそれも今だけだ。大変な目に遭っていた、ということを知って遠慮しているから。もう二度とこんなことはないだろう。

「あの中にね、プリンが入ってるから、君にあげるよ。多分中身は無事だから」
「プリン?おい何言って……」
「足りないなら、後で買ってあげるから。だから聞いてよ、俺のお願い……っ、はぁ」

一気に捲し立てて最後に吐息をこぼしたのは、期待したからだ。一呼吸置いてから、口を開く。

「セックス、しよう?」
「あ……?」

あからさまに嫌そうな顔をした。思った通りで、こんな時だというのに笑いが漏れそうになる。シズちゃんが顔色を変えると、それに反してこっちは楽しくなる。
ある意味それが俺達のルールみたいなものだった。こんな時でも変わらないことに安堵する。

「それ本気で言ってるのか?」
「誘ってる、つもり……なんだけど」

目を細めて精一杯作り笑いを浮かべる。シズちゃんが一番嫌う表情で。これならば、大丈夫だと思ったのだが。

「なあ手前は自分の顔を鏡で見たことあんのか」
「どういう意味かな」
「誘うならもっと上手くやってみろよ。耳まで真っ赤にして、手震えてるぜ。バレてんだよ」
「……なにが?」

わざととぼけてみせたが、予想以上に鋭い視線に内心動揺する。本当は、シズちゃんを誘うなんて恥ずかしいし、緊張だってしていた。
それをはっきり見抜いたというのなら相当だ。少し悔しいぐらいで、一体どう言いくるめてやろうかと考えていたら、ギシリとベッドが軋む音が聞こえた。

「俺は別に、礼なんていらねえ。眠ったままだったら、襲ってやろうと思ってたし」
「んっ、うわ!?」

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