ケーキよりも甘い君1 | ナノ

俺は上機嫌だった。
デパ地下で買ってきたケーキを食べながら、テレビに映る映像をずっと見ている。数秒ごとに映像は視点が変わり、色んな角度から眺めることができた。

「お揃いだねー」

画面の中の人物も俺と同じようにショートケーキを食べていた。ただし向こうはホールのまま豪快に口の中にかきこんでいたけれど。
その人物を中心に何十人もの人が集まり、騒いでいて貸切の店内は賑わっている。必死に食べながら嬉しそうにそれを眺めている彼を、俺は自宅兼事務所で眺めているという状況だ。
主役は一月二十八日が誕生日の、平和島静雄ことシズちゃんだ。
そして今行われている誕生パーティを主催し場所まで貸切り、金まで払っているのは俺だった。しかしもうこれは毎年恒例になっている行事みたいなものだ。
始まりは俺がまだ高校一年だった時、シズちゃんの誕生日を何とかして祝ってやれないかと考え、同級生の友人二人に頼んだのがきっかけだった。
俺が自らシズちゃんを祝うことはできないことぐらい、わかりきっていた。それでも最初のうちは考えてみた。
プレゼントをシズちゃんに手渡すということを。しかしそれは想像の中だけで、結果どうなるかは子供でもわかるぐらい単純だった。
誕生日なのに怒らせて終わるだけだ。シズちゃんにとって俺というのは、そういう存在なのだ。
長年の仇敵に祝われても、ただの嫌がらせとしか受け取って貰えない。だから俺はシズちゃんの誕生日の日だけはどこにも出歩かず、代わりに友人達にパーティを開いて貰って一部を負担している。
悲しいけれど、俺が人を集めて作りあげた場でシズちゃんが楽しんでくれるのならそれでいい。
最初はドタチンと新羅二人だったのが毎年増えていって、今年は特に露西亜寿司を借り切ってちょうどいいぐらい何十人も集まっていた。誕生パーティなんて今時流行らないが、食事代は無料だと言われれば高校生達は喜ぶし、子供だって参加する。
仕事で忙しいシズちゃんの弟も、俺が裏から手を回してスケジュールを空けさせた。そんなこと簡単なのだ。
俺の持っている力を使えば、たった一日シズちゃんを幸せ空間に浸らせることぐらいなんでもない。
ご褒美として、俺が絶対に見れることのない嬉しそうなシズちゃんがこの日だけ見ることができるのなら。そして明日の朝には、一番に会いに行くのだ。
幸せに浸っていた彼に、そんなものは長く続かないんだよと見せつけてやる。一連のパターンまで毎年同じなのに、未だシズちゃんは気づかない。
きっと一生気づかないんだろうなと思う。俺の手のひらの上で踊らされていることなんて。

「やっぱりここのイチゴは美味しいねえ」

ケーキの上に乗っていたイチゴをフォークに突き差し、口に運ぶ。ほどよい甘さが広がって、自然なイチゴの甘さに頬が緩む。
俺は自分の誕生日よりも、シズちゃんに会ってからずっとこの日を一番の楽しみにしてきた。きっと傍から見たら、寂しい奴だとか思われているのかもしれないが、そんなことはとうの昔に忘れた。
シズちゃんを直接祝ってあげることができない寂しさなんて、もう感じていない。本当は好きで、好きでたまらない癖に相手にされない悲しさも。
気づいた時はショックだったし、なんとかならないかと全く思わなかったわけじゃない。だが毎日対峙していて、望みなんて欠片も無いことぐらいわかりきっていた。あれで気づかない方がバカだ。
人間慣れとは恐ろしいもので、自分がシズちゃんに何かをしようとかそんな感情はすぐ薄れていった。逆に毎日ナイフを向けて、立ち向かうことで精一杯だったのかもしれない。
ただ一月二十八日だけは、シズちゃんを楽しませて俺を楽しみ、やっぱり好きだなと実感する日だったのだ。
あと数年でこの行事も終わることだろう。最近は力のコントロールもできはじめたので、将来的には結婚をして最愛の人を見つけるはずだ。
それこそ来年を迎える前に、これが最後になるかもしれない。その時俺はどうするんだろう、とぼんやり思いながら眺めていた。
すると、携帯が鳴った。最近変えた仕事用の携帯で、その番号はまだ誰にも教えていなかった。嫌な予感がして、苛つきながら出る。

「お前九十九屋だろ」
『声を聞かずに俺のことがわかるなんて、さすがだな折原。随分と愛されているみたいだ』
「いい加減にしろ」

九十九屋は俺よりも仕事のできる情報屋だ。今日のこともすべてお見通しで、電話してきたのだろう。仕方なく携帯を持って、窓辺へ移動した。
どうせ録画しているので、後で続きは一人でゆっくりみようと思ったのだ。意外にも九十九屋の用件は、俺の仕事のことであれこれと話をしているうちに随分と時間が過ぎていた。
携帯を閉じて時計を見ると、もう零時を過ぎようとするところだった。テレビ画面を見ると、まだ露西亜寿司で騒いでいるらしい。
きっとこのまま朝まで続くんだろうな、と思いながら冷めた紅茶に口をつける。
すると突然玄関の辺りから派手な物音がした。嫌な予感がしてすぐさまテレビの電源を落とし、ポケットからナイフを取り出す。隠し部屋への逃走経路を素早く確認していると、廊下を歩く煩い足音がして。
とうとう相手が現れた。瞬間動揺してしまう。

「おい臨也あッ!!」
「…ッ!?」

あまりに予想外過ぎる相手に驚いたのは一瞬で、すぐに状況を察する。さっきまでテレビに映っていたシズちゃんと、不自然な九十九屋の電話。
席を外して話をしていたのが問題だった。映像を細工したのは間違いなく九十九屋で、池袋から新宿にやってくるシズちゃんのことを知っていたから俺を引きとめていたのだろう。
嫌がらせにしても性質が悪い。こんな日に限って。

「その様子だとエントランスの鍵も、玄関の扉も壊したみたいだねえ。物騒だなあ、さすが化け物だ。こんな日にわざわざ喧嘩しに来るなんて物好きだねえ。今日は君の誕生日パーティだったんじゃないのかな?」
「ああそうだ、手前をぶん殴りたくて抜け出してきたんだ」
「へえ、驚いたな。弟も居たんだろ?大事な先輩や後輩、知人を放っておいて俺を殴りにくるなんて、そんなに腹が立つことがあったのかい?」

口元に笑みを作り、手のひらでナイフを弄ぶ。楽しくて仕方が無かった。
折角お膳立てして開いてあげたパーティを抜け出してまで、俺と喧嘩したい何を聞いたんだろうと気にもなる。まるで俺自身が大事にされているみたいで、胸が弾む。錯覚だろうが。

「新羅が酔っぱらっちまってよお、面白いことを聞いた」
「ふーん、なんだろう?」

わざと首を傾げておどけてみせたが、新羅から聞いたという内容が気になってソワソワした。やましいことが山のようにあったからだ。

「ところでよお。手前に聞きたいことがあるんだ」
「やだなあ。勿体ぶってないでさっさと言えよ」

まるで話をはぐらかすかのように、全く別の事を質問してきたので肩を竦めて笑った。シズちゃんが衝動に身を任せず、何か意図があってしゃべるなんてと驚く。
悪い予感しかしなかった。その時視線が離れて、シズちゃんは俺の立っていた場所の後ろを覗きこんだ。

「ケーキ食ってたのか」
「それがどうかした?立て込んでた仕事が終わって、休憩してたんだ」
「こんな夜中にか?おかしくねえか」

食べている途中だったケーキのことを指摘され、顔から表情がスッと消える。目の前に俺が現れたら、他の事なんて頭に入らないはずなのに、些細なことを尋ねてくるなんて。
いつものシズちゃんとは違う、と思った。俺にとって不利益な何かを間違いなく知っている。

「甘い物はそんなに好きじゃない、って学生の時にバレンタインで女子から貰ったチョコ返してたじゃねえか手前」
「驚いたなあ、よくそんなくだらないこと覚えてたね。まあたまには甘い物を取った方がいい。疲れている時はね」

茶番だと思った。シズちゃんは間違いなく疑っていたからだ。
俺がどうして一月二十八日にケーキを食べているのか。ただもう少し頭が良ければ、シズちゃんが露西亜寿司で食べていたホールケーキの箱と、台所のゴミ箱の中にあるものが一致するという事実をつきつけることができたのに。
明確な証拠さえ出されば、もっと完璧に追いつめることができたのになと思う。俺はシズちゃんから逃げられる自信があった。

「それ食わせろ」
「人の家にあがりこんできて、ケーキ食わせろって君はどういう神経をしてるのかな」
「うるせえ、どけよ!」
「やだよ…っと」

ケーキを狙っているのはわかっていたので、シズちゃんが飛びかかってくる前に残りを素手で掴み口に放り込んだ。もう一口も残っていなかったし、これで大丈夫だと安堵したのだが。

「食わせろっつっただろうがッ!!」
「ちょ…っ、んぅ!?」

まだ口をもごもごと動かしケーキを味わってたのだが、胸倉を掴まれてシズちゃんの額が俺の額にぶつかる。痛みで怯んだ隙に、上半身を突き飛ばされてソファに倒れこんだ。
それだけならまだ良かったのだが、混乱していると眼前が真っ暗になり、唇にカサついた何かが押し当てられた。そしてそのまま口内に潜り込んできて。

「ん、っ…!」

さすがの俺もパニックに陥った。表情を取り繕うこともできず、生ぬるい舌の動きから逃れようと身を捩る。
しかしすぐにシズちゃんの両手で肩が押さえつけられて、身動きが取れなくなる。その間に、口内のケーキを味わうように舌がせわしなく掻きまわされた。
ようやく唇が離された時には、力も抜けてただ呆然としていた。今起こったことが、頭で理解できなくて困惑していて。

「俺が今日食ったケーキと、味同じじゃねえか。うまかったぜ」

微かに指先が震えたが、ぎゅっと拳を握りしめて堪える。頬は熱くて心臓が爆発しそうなぐらい煩かった。

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