あたたかい指先3 | ナノ

「ちょ、っと待って…っ、またするの?本気?」
「まだ全然あったまってねえだろうが。やるぞ」

ベッドの上で息を吐きながら休憩をしていたのだが、返事をする前に腰を掴まれて焦ってしまう。ただでさえ、まだ自分に起きたことをきちんと理解していなかった。
勢いに押されてしまって、気づいた時にはセックスをして繋がっていたような状態だ。夢の中にいるみたいで信じられない。

『俺のこと好きなんだろ、手前』
『手前のこと、好きになっちまった』
『今からセックスしてあっためてやるから絶対生き返ろ、いいな』

突然の告白だった。先に嫌いじゃないとは言ったけれど、好きだとはっきり教えたつもりはなかったというのに見破られたのだ。どうせ好きなんだろう、という言い方だった。
随分と鈍感そうなのに気持ちを知られていて、びっくりしたまま押し倒されて性行為をしてしまって。昨晩抱きつかれて眠った時から意識されていたのだったら、随分と恥ずかしいと思う。まんまと騙された俺が。

「待ってよ、ねえ」
「なんだ?」
「…なんて、呼んだらいいの。君のこと」
「あ?」

まだ繋がったままで、少し動けばすぐにでも行為は再開されるだろう。そうしたらまた流されて、聞けなくなると思ったので指を伸ばししがみついて聞いた。
彼の呼び方だ。平和島静雄。俺は何も覚えていないからどう呼んだらいいのかわからなかったのだ。
でも折角こうしてセックスをして、互いの気持ちを言い合った仲なのだからそろそろいいだろう。名前ぐらい呼ばせてくれても。
わかっている。こんな関係は一時のもので、俺はいつ居なくなってもおかしくない。だからこそ限られた時間で、叶えたいことがあった。

「俺の名前は、言いたくないみたいだし今更生きていた時の記憶は必要ない。だけどせめて…君の名前は呼びたい」
「必要ない、ってどういうことだ」

しかしそこで相手の表情が変わる。本気で怒っているような形相で睨みつけてきたのだ。突然のことに動揺してしまう。

「だって迷惑を掛けていたんだろ?あのベンチで待っていても望んだ相手は来ないし、俺はその人がすごく大事だったのに君を選んだ」

幽霊になってから、俺には目の前の彼しか話せる人間がいなかった。だから好きになったわけではないけれど、生前大事に想っていた相手のことは未だ思い出せない。あそこで待っていても誰も来ないし、記憶を取り戻す必要なんてないと考えるのが普通だ。
むしろ怖い。平和島静雄のことが今は好きなのに、思い出したら何かが変わるかもしれないことが。

「今は生きていた時のことより、君のことが大事だから。思い出さなくても、いいじゃないか」

待っていても待ち人は来ない、と教えてくれたのも彼だ。だからきっと同調してくれると信じていたのに。

「ふざけんな」
「え?」
「逃げんじゃねえよ」

口調は穏やかだったけれど、間違いなく怒っていた。それを見て気づいてしまう。今まで何もせずに逃げようとしていた、自分に。
ベンチで待ち続けることしかできない、と勝手に思いこんでいただけで簡単に彼の家まで連れて来られた。今朝だって諦めたりしなければ、あの場所に戻ることだってなかったのだ。
逃げている、と指摘されて反論できない。

「手前はどうしてあそこで待ってたのか、迷惑だと思われてたのか知りたいと思わないのか?俺に言われただけで納得していいのか」
「それは、そう…だけど」
「幽霊になってんのだって、自分で思いこんでるだけかもしれねえだろ。死んだって話はまだ聞いてないし、生きてるって信じてる。だから思い出せよ」

思い出せ、とはっきり言われて胸がズキンと痛んだ。随分と残酷なことを言うんだなと。
だけど多分彼は俺のことが好きだから、きちんと思い出して欲しいのだろう。その気持ちはわかる。
好きな相手が名前すら覚えていないなんて、ショックだ。

「ねえ俺のこと好きだ、って言ったけどそれいつから?」
「手前のこと好きになったのは結構前だ。でも好きだってはっきり気づいたのは、ついさっきで」
「……は?」

俺の事が生きている頃から好きで、そんな相手が記憶を失ってしかも思い出したくないと言っていたら怒るだろう、と思ったが答えは予想と違っていた。好きだと気づいたのは、ついさっきだと。
びっくりするに決まっている。目を何度か瞬かせて口をぽかんと開けた。

「なんで?今まではどう思ってたんだよ」
「あー…イライラするから胸が苦しくなったり、手前のことばっかり考えてるんだと思ってた。でも嫌いじゃない、って聞いてわかったんだ。俺も好きだったんだなって」
「ははっ、勘違い?」
「そうだ」

そこで急にバツが悪そうに視線を逸らした。ついさっき勘違いに気づいたなんて、あまりにもリアルだ。でも彼が正直に言うのなら本当なのだろう。

「えっとつまり、前から俺のことが好きだったみたいと。だからちゃんと生きていた時のことを思い出して欲しいって?」
「死んでねえって言ってんだろうが」
「そっか……」

ようやくすべてのことが繋がって、安堵する。逃げるなと言ったのは、こういうことだったのだ。
前から俺のことを好きだったらしいのに気づかなくて、ようやく自分の気持ちがわかったからもう一度きちんと告白したいと。だから幽霊なんて認めない、思い出さないのも許さないということだ。
生きている時のことを知りたくなかったし、記憶を取り戻すのが怖かったけれど、理由がわかればこのままでいいとは思えなかった。口の端を吊りあげて、笑う。

「わかったよ、努力してみる。君にも聞いたりはしないよ。俺自身にきちんと思い出して欲しいんだろ?」
「ああそうだ」

そう告げると、体の上に覆いかぶさるように近づいてくる。もしかしてこのままキスをされるのでは、と体の奥が疼いたのだが。

「もし手前が全部俺のこと思い出したら、キスしてやる」
「え…?」
「それまでお預けだ。まあセックスはしちまったけどな」
「ははっ、そうだよ。普通はセックスがお預けなのに、欲望に素直だったよね」

あと数センチで唇が合わさる、という距離で体が止まる。まさか焦らされるとは思っていなくて、頬が熱くなった。さっきセックスをしている最中も思ったけれど、死んでいるのにたまに体温を感じることがある。
随分と曖昧だけれど、今の俺の状態が本当にそうなのかもしれない。死んだという連絡はないと言っていた。
銃で撃たれたけれどどこかに体はあって、まだ生きている可能性がある気がしてくる。半分ぐらいは希望でもあったのだが、どっちつかずのところでゆらゆらしているのかもしれない。
生きているのか、死んでいるのか不明だから、こうして平和島静雄にだけ見えてふれられるのだろう。こんな不思議現象を理屈で考えるなんて無駄なのだが、まるっきり関係ないとも言い切れない。
ただの勘だったけれど、大事な相手が誰かわかっても彼への気持ちは変わらないように思えた。多分今も、これからも、ずっと彼の方が特別なんじゃないかと。

「俺は全部思い出しても、思い出さなくても好きだ。手前だから好きなんだ。それだけは、変わんねえ」
「そ、っか…ありがとう」
「手前も、そうだろ?」
「えっ?」

まさにたった今思っていたことを先に口にされて、少しだけ照れくさくなる。こっちも同じように言おうとしたのに、なぜか先に宣言された。
さっき告白された時もそうだったけど、そんなにも俺は顔に出やすいタイプなのかと慌てた。少し悔しく思う。

「な、っ!?ど、どうしてわかったんだよ」
「わかるんだよ、俺は」
「ふーん、まあいいけど」

まるで好きな相手のことなら全部知っている、と自信ありげに言っているようだった。絶対に向こうの方が態度に出やすい性格だと思っていただけに、納得いかないがしょうがない。
好かれている証拠みたいで嬉しかったから。こんなに大事にされているのなら、待ち人に迷惑に思われていたとしても救われる気がした。
俺は平和島静雄にさえ好かれていれば、好きでいれば、それでよかった。

「よし、じゃあ続きすっか」
「はあ?」

言いたいことは全部しゃべったとすっきりな表情をして、腰を抱えられる。すると体が揺れてそういえばまだ繋がったままだったそこから、さっき吐き出された精液が溢れた。
太股に垂れシーツを白く汚すが、それよりも中におさまっているモノが大きくなっていくのがわかる。忘れかけていたけれど、一瞬で性行為の羞恥心が蘇った。

「ちょ、ちょっと待てよ!俺は…っ、あ…!?」
「疲れてんならこっちが動かしてやるよ」
「えっ、だから…する、って言ってな…っ、んぅ」
「まだ体冷てえだろ?」

幽霊に対して体をあたためるとか、冷たいからと言って性行為を求めてくるなんて、本当に馬鹿げた理由だった。強引に背中に手を回して軽々と抱き起こされて、体の位置がさっきと逆になる。
俺が彼の上に乗り、完全に騎乗位の体位だった。まだ疲れていて動けないのに、どうやって動かすのかと思っていたら。

「倒れないように捕まってろよ」
「はあっ?な、に…っ、あ…!?嘘っ、あ、んぁあ…な、なんで、っ!」

艶っぽい声があがってしまったので、必死に息を吐いて整えていると両手でしっかりと腰を掴む。何をするのか見守っていたら、前ぶれもなく上下に振り始めたのだ。
幽霊とはいえきちんと重さも変わらない人の体を、いとも簡単に揺すった。当然性器が出し入れされて、激しい刺激が襲ってくる。彼のお腹の辺りに手を置いて倒れないように支えたが、上半身が前のめりになり、崩れそうになった。

「おいちゃんと俺の腰でも持っておけよ」
「っ、あくぅ、ん…はぁ、は…無理だ、って…こんな」
「でも手前もまた勃ってんじゃねえか。感じてんだろ?」
「…っ、そんなことわざわざ言うな!最低ッ!!」

倒れないようにしっかりしろと言われても、そう簡単にできるわけがなかった。今ので確信した。平和島静雄は規格外の男なんだと。
ペットボトルを持っているみたいに軽々と人間の体を振り、翻弄させるなんて普通じゃない。一体どんな秘密があるのかと知りたくなったが、そのうち思い出す。その時はきっと文句を言ってやろうと決める。

「ああ、でもあんま気持ちよくなりすぎるとやべえのか?」
「ふあっ、あ…はぁ、っ、く、んぅ…っ、なに?」
「俺とのセックスに嵌りすぎて、人間に戻りたくねえとか言い出したら困るな」
「はは、それ…っ、本気?」

本当にこいつはその場で思いついたままに行動して、しゃべっているんだなと頭を抱えたくなる。やけに真剣な表情をしながら手は止めず、何を言いだすのかと思ったらとんでもなかった。
向こうだってセックスははじめての癖に、やけに自信満々で腹が立つ。まるで俺が淫乱で、自分は相当性行為が上手いと言っているようなものだ。ふざけるな、と睨みつけた。

「だから、ぁ、あ、俺は…っ、せっくす、したい…んぅ、なんて、言ってな…」
「なんだ?聞こえねえぞ」
「ひっ、あ!?んぁ、あ…くそ、っ、わざと…!!」

激しく全身が前後に揺さぶられて、喘ぎながらしゃべっている状態だった。向こうが勝手に全部言っているだけで、こっちは一言もセックスがしたいとも言っていないのにと弁解しようとしたのに遮られてしまう。
挙句に聞こえないと言いながら手を離し、深く貫かれた途端支えを失って体の上に倒れた。さっきまでよりも奥で硬いものを感じ、落ちないように胸にしがみつく。こんなの絶対にわざとやっている。
本能的に俺を責めているんだ、と唇を噛んだ。

「このままでもいいな。動いても平気だろ?」
「え、あぁんっ…、ぁ、やだって…はげし、っ、い、んぅ!」
「泣くなって」
「な、泣いてないからっ!うんぁ、あ、く…これは、っ、違うって、ぇ…あぁ!!」

気遣うような口調で話し掛ける癖に、下から突いてくる動きは全く止まらない。結合部の隙間から精液も滴り、淫猥な水音を聞きながら彼の胸に頬を押しつけることしかできなかった。
自身の性器も挟まれて擦られ、前と後ろ両方心地よくなってしまう。気がついた時には生理的な涙が目の端に浮かんでいて、あざとく指摘されていらっとした。違うと叫びたいのに快感がじわじわと沸きあがってきて、意識が飛びそうになる。
また流されてしまって、ダメだと思う。好きなんだから、しょうがないのかもしれないが。

「中がさっきよりぬるぬるして結構気持ちいいな。手前もわかるだろ?」
「わかんない、っ…ぁ、あうぅ、は…っ、もう、んぁあ!」
「好きだぜ」
「……えっ、な、なんで…ふぁあっ、ぁ、バカ!!」

精液でぐちゃぐちゃになっていたので、一度目よりもスムーズに抉られる。それが気持ちいいと思い始めていたら、同じことを尋ねられたので体の奥がかあっと熱くなった。それが間近で見えていたからか、耳元で突然囁かれる。
もう一度しっかりと、告白を。その瞬間頭が真っ白になってしまい、背中を疼きが駆け抜けていった。

「あっ、クソ!バカは手前だ!」
「んぁっ、あ、ぁあ…あ、は…ははっ、ざまあみろ、っ」

予想外の言葉にびっくりしてしまい、二度目の射精を迎えてしまう。まだ向こうは当然出していなくて、俺だけが気持ちよくなってしまったのだ。
焦ったような声が聞こえたので苦し紛れに笑うと、大きく息をついて完全に体を預ける。そして呼吸を整えていると、さっきまでよりもしっかり密着したまま再び激しく腰を打ちつけられてしまう。

「んぁ、あっ、はぁあ、あ…!やだぁ、あ、っ…ひっ、う、く!!」
「怒らせたことを後悔させてやるよ」

俺のせいじゃないのに、という抗議は口から漏れることはなかった。そして覚えてられないぐらい激しい行為をして、抱き締められることにも随分と慣れてしまって。

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