it's slave of sadness 26 | ナノ

動画が始まって数分のところで、いつの間にか停止ボタンを押していた。
これ以上は見ていられなかったからだ。

「俺は…どっちか、だ。サイケか折原臨也のどちらかだ」

自分自身をサイケだと自覚したのは、犯していた男達がそう呼んでいたからだ。男達を悦ばせる為に存在している、セックス専用のアンドロイドなんだと教えてくれたからだ。それを疑わなかった。
シズちゃんと一緒になるまでは。
でも確かによく考えたら、アンドロイドだと言う確証が何一つなかった。体自体は人間とは変わらなかったし、怪我をして夢まで見ていた。ほとんど人と同じだった。
じゃあ実は折原臨也なのかと思ったが…はっきりと言いきることができなかった。
そしてもう一つ気になることがあったのだけれど、それを確認する為にさっきの映像をまた見るのは躊躇われた。しかし、ふとあることに気がついた。

「そうか……こっちに手がかりがあるかもしれない!」

すぐにさっきまで開いていた方のノートパソコンを覗きこんで、そこにあった津軽というフォルダをクリックした。予想した通り、中身はすべて残っていた。
中にはよくわからないプログラムだけのものもあったが、とあるファイルを開くとすべてが載っていた。津軽というのがシズちゃんと同じ顔をした、アンドロイドだということを。

「なんで、シズちゃんと俺の顔にそっくりなアンドロイドが…あれ?俺って…俺…?」

自然と口にした言葉に自分で驚いてしまった。今はっきりと自分の顔にそっくりなアンドロイドが、と言った。ということはその俺というのが折原臨也で、今ここに居る俺も折原臨也ということになる。
つまりはは、サイケよりも折原臨也である可能性が高いということだ。
なんていうややこしいことになっているんだとため息をつきながら、しかしまだ何か確信的なものをもてなかったので引き続きフォルダ内を探した。
結局はそれ以上のものは出てこなかったが、パスワードをクリアしたパソコンの方が勝手にネットに繋がっているのを確認したので、今度はそっちを使ってみることにした。
折原臨也とサイケの情報をネット上から探す為にだ。今できることはそれしかできなかったが、意外にも有効だった。
どうやら折原臨也という人間はかなりの有名人らしい。
知りたいことや、知りたくないことや、知らなくていいことまでがすべて書きだされていた。
所詮はネット上の情報にすぎないが、どこを検索しても同じようなことしか出てこなければ、それが正しいとしか言いようがなかった。

「はぁ……」

暫く調べていて、これ以上はもうどう探してもほぼ似たような情報しか得られないと確信したので画面から目を逸らして一息ついた。次に調べるべきことはまだあったが、どうしようか迷っていた。
折原臨也について色々調べた結果、サイケのことを調べる気には到底なれなかったからだ。どうしても、気が進まなかった。

「そうだ、せっかくだからシズちゃんのことでも検索してみようか」

そう思い立ったら躊躇はなかった。指が勝手に名前を入力していて、エンターキーを押した。すると。
折原臨也の名前を入力した倍以上の検索結果が出た。その数値は異常だと思えるほどだった。有名人でもなければ個人の名前でここまでの件数にはならない。そして大半が動画であること。
怖い気持ちはあったが、さっきまで迷っていたことなど忘れて一つ一つを見ることを決意していた。
だってそこにはきっと、自分の知らない平和島静雄が映っているのだから。

(あれ、でもそういえばシズちゃんの名前が平和島静雄だって、いつ知ったんだっけ?)

結局それについては思い出せなかったが、あらかた動画を見終わった頃には見当がついていた。

「臨也、臨也……イザヤ」

あがっていた動画のほとんどで、その名前を口にしながら自動販売機や標識、ごみ箱や自転車まで相当な数の凶器を振り回していた。
それは俺が知らない、シズちゃんの姿だった。
折原臨也の情報からは全く分からなかったが、どうやら二人は高校の同級生で、昔から揉め事を起こし現在まで池袋を中心に日常的に喧嘩を繰り広げているらしい。
動画のほとんどがその最中のものだった。あろうことが学生服姿のシズちゃんの映像だって残っていた。
俺の知らない、知らなくてもいいけれど、知ってよかった情報が膨大に溢れていた。

「俺にはあんなに優しいのに…実はこんなにかっこいいんだ?」

いつしか口元をニヤつかせながら画面を食い入るように眺めていた。楽しかった。シズちゃんのことを調べれば調べるほどに、気持ちが高揚していった。
胸がドキドキと高鳴り、事実がどうであろうと俺はどんどん好きになっていった。
今まで仕事を変えて、やっと落ち着いたのが先輩に紹介された借金の取立業。池袋の喧嘩人形と呼ばれて、どんな相手にも負けない強さと力を持っていて、それで助けてくれた。
当たり前だと思っていた暗い世界から、引きずり出してくれた恩人で、大好きな相手。
自分が誰だとかもうそういうことはどうでもよくて、ただシズちゃんのことを好きでいられる自分が嬉しかった。
これから先、何を知ってしまってもそれだけは揺るぎなく変わらない事実なんだと。
好きという事がこんなにも素晴らしいものなんだと、改めて知ることができた。

「やだなあどうしよう…体熱くなってきちゃった。早く、早く会いたい帰って来てよシズちゃん」

あんまりにも彼の事を考えすぎていて、昨晩したセックスのことまで思い出して全身が火照っていた。淫らな体のことについてはもうどうしようもないと思っていたが、今日は少し厄介だった。
それでも何も知らない男達相手によがっていた時を考えると、本当に幸せだった。
好きだと、大事だと思える相手の事で全身が疼くのだから。

「んっ……うぅ、好き、好き、大好き、シズちゃん…」

そうぶつぶつと呟きながら、ディスプレイの中の姿を何度も何度も眺め続けた。


「ただいま…」
「おかえり、シズちゃん!」
「うわっ、ど、どうした臨也…?」

扉が開いた音が耳に聞こえてきた瞬間には、もう玄関まで走って行ってそのままの勢いでシズちゃんに抱きついていた。いつ帰ってくるだろうかと待ち続ける間は、本当に酷く長く感じた。
でも帰ってきたのがただ嬉しくて、切なくて寂しい思いはすぐに消し飛んで行った。背中に手を回してぎゅっと力をこめていると、戸惑っていた様子だった手がゆっくりと背中を撫でてくれた。

「よくわかんねえけど、待たせたな。大丈夫か?」
「うん、俺は平気…じゃなくて、やっぱり平気じゃない」
「あぁ?なんだ、なにがあった?まさかなにか思い出したとか…!」

平気だと言いかけて、体が平気じゃないことに気がついてそう言った。けれどシズちゃんは俺が考えていたのとは違う解釈をして、驚いたような声をあげていた。
しかしそれには首を左右を振って否定して、潤んだ瞳で見あげながら最高の言葉を告げた。

「好き、好き、シズちゃんが好き…ねえ、だからしてよ?今すぐ犯してよ」

俺は最高の誘い文句を艶っぽい笑顔で言ったつもりだったが、けれどその表情が一瞬だけ悲しみに歪んだのを見逃さなかった。
そこで気がついた。
いや、ずっと気がついていた。
シズちゃんは折原臨也が好きなんだと。
俺ではない、折原臨也が好きでそれを思い出して欲しいんだと。
でもいじわるな俺は、それに気がつきながら思い出すことを拒否した。
俺は折原臨也だ。
だけど何もかもの記憶を自ら放棄して、あんな最低な男達の慰み者になることを選んだ。
きっとそうしなければシズちゃんと結ばれたことができなかったんだと。
心の奥底で確信していた。
実は両想いだということを知らず、こんな道を選択してしまったのだ。そんなバカな男。
でもそんな自分が、今では最高に好きだった。

「なあ臨也、そういう時は犯してじゃなくてよお、エッチしてくれって言うんだよ。俺達は合意の上で、こ、恋人同士だからこうやって抱き合ってんだ。だから…」
「今すぐ俺とエッチしてよ、シズちゃん?」

目の前にある顔に右手を伸ばして耳にかかった金髪や頬を撫でながら、教わったように言い直した。
もう俺自身や事実なんてどうでもいいから、シズちゃんの望む折原臨也になりたいと考えていた。

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