「え?」 拘束が外れ、突然眩い光が見えたと思ったら先に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。一瞬聞き間違えかと思い、瞳が慣れていくのを待つ。そうして間違いなく金色の髪が目に入ってきて息を飲んだ。 パニックになっていた頭はやけに冷静になり、今の状況を分析する。視線は当然のように下に向いて、はっきりと行為の様子が目に入ってきた。 驚いたけれど、とっさに口から出た言葉は。 「シズ、ちゃ…だった、の……?よ、かった…っ」 それは心からの気持ちだった。俺の知らない相手ではなくて、襲われていたのがシズちゃんだったらよかったのにと、無理矢理犯されている最中に何度もよぎったことだったから。 ただのあり得ない願望で、意識を失う直前に見たことの無い男達に何かを嗅がされていたのは覚えていた。だから絶対に違うのに、そうであったらいいと思ってしまったのだ。 もし本当だったら、俺を捕まえているのが好きな相手だったら言いたいことがあった。それは。 「あのさ…手握ってくれない、かな。震え、て…こわ、くて」 さっきまで手枷がつけられていたので無理だったけれど、もう砕けている。さっき暴れすぎたせいで擦れ血が流れて痛かったけれど、構わずに伸ばした。 相手が誰かわかったからこそ、何もかも吐き出せる。必死に強がっていたけれど、実は怖くて限界だったことを。 「怒らねえのか」 「…っ、そうだけど…抱きしめてくれたら、許すよ」 さっきから黙ったままで俺の事を見ていたシズちゃんが、当たり前のことを尋ねてきた。どう思っているのかは、わからない。だけど表情を見れば一目瞭然だ。 後悔していると顔に書いてある。自分の勘や感情だけ動くのだから、何年も傍で見てきた俺には簡単にわかった。 そして罪悪感を利用して、俺自身も繋ぎ止めようとしている。誰かわからない相手に足を開き、快楽をねだったはしたない男だということを忘れさせるつもりだった。 「わかった。悪かった、臨也」 「ん……」 謝罪した直後に唇を塞がれて少し動揺する。だけど俺の願い通りにしっかりと抱きしめられたので、全身から力を抜いた。ようやく満たされたことで、涙が一筋頬からこぼれていく。 口内で舌が絡められて、体が熱くなる。そういえばさっき薬を打たれて自分では制御できない快感が強くなっていたことを思い出した。互いの唇が離れた時には、勝手にしゃべっていた。 「はぁっ…あ、つい…ねえ、シズちゃん」 「そうか、薬まだ効いてるんだよな」 「このまま、してよ…怒らないから、ぁ、は…苦しく、て、おかしくなりそう」 今までこんな風に誘ったり、ねだったことなんて一度も無い。そんなの恥ずかしいし、大体セックスだってそんなにしたいとも思っていなかったぐらいだ。 好きイコール体の関係というのも嫌だったし、だからといって急に態度を変えてベタベタできない。それに本当は人と接触することは苦手だった。シズちゃん相手ならまだ大丈夫だけど、本当は怖かった。 その原因は過去にある。知らない男達に誘拐されて、今でもトラウマとして残っていた。そして俺は、そんなちっぽけな理由で恐怖を抱いている自分が嫌いでしょうがなかったのだ。 怖いものなんて何もない、という自分を演じることで多少保ってはいられたけれど今回すべて剥がされた。本心を。 シズちゃんに、好きな相手にすべてを知られるのが嫌でこれまで距離を取ってつきあっていたことを。 「俺を、っ…助けてよ、おねがい」 「…ッ!」 精一杯の気持ちを告げると、突然両肩を掴まれて揺さぶられる。真っ直ぐな瞳が俺を見ていて、告げられた言葉に胸が高鳴って驚いた。 「手前が好きだ。だから本当の気持ちを知りたくて、こんなことしたんだ」 「…え?」 「絶対に俺のことを頼らない手前に、名前呼んで助けてくれって言って欲しかった。恋人だって、今までと違うんだって思いたかったんだ」 目を見れば嘘なんてついているようには感じられなくて、自然と頬が緩む。大体シズちゃんは嘘をつくのが苦手だ。俺がそんなの一番よく知っている。 監禁して犯した理由なんて、本当はどうでもよかった。好き、という一言ですべて片づけられるぐらい、俺も好きだったから。 それよりも、こっちがずっと本心を隠していたことを当たり前のように知っていたのには驚いた。勘がいいのか、俺のことをよく見ているのかは知らないけど、間違ってはいない。 「もしかして、っ…俺が悪いのかな?シズちゃんを、追いつめ…た、からこんなこと」 「それは…」 「気づいてるの、知らなかった…ごめん」 きっとこれまでも、サインはいくらでもあったんだと思う。会っていて別れる時に名残惜しそうな顔をしていたり、家に誘われたりもした。それをすべて断っていたのは俺だ。 だから怒らせてしまってもしょうがない。短気なシズちゃんが、これまでよく耐えた。逃げていた俺に、逃げるなとつきつける為にはこうするしかなかったのかもしれない。 自分から素直になんてなれないのは、充分わかっていたから。すべてを言ってしまっても構わないこの状況は、すごく都合がいい。 「じゃあ本当のこと、言うよ」 「ああ」 少し緊張したけれど、怖気づいている場合じゃないと自分に言い聞かせて告げた。 「俺もシズちゃんのこと、好きだよ…だけど、ずっといがみ合ってきたんだしいきなり変えるなんて恥ずかしくて…その、言いづらいし自分の気持ちを伝えるなんて慣れてない、っていうか」 「恥ずかしい…?」 「考えてみてよ!いきなり好きだ好きだ、って言いだして甘えたら…変だろ?俺だよ?折原臨也、が」 「……甘え、たかったのか?」 「そ、そうだよ、悪い?」 遂に言ってしまったと自覚すると頬が熱くなる。一応頭の中で考えながらしゃべってはいたが、自分でも随分とバカみたいな理由で意地になっていたんだと知る。 誘拐された時のトラウマとか、いがみ合ってきたとか、俺らしくないとか。そんなもの些細なことだ。 素のままの自分を晒すのが照れ臭い。結局はたったそれだけの理由で距離を置いていたんだとわかると、怒られてもしょうがないなと思ってしまう。怒鳴られてもいいように身構えた。 「んな、バカみてえな理由で…手前は」 「…っ、それを言うならシズちゃんだって本当は俺とセックスしたかっただけなんじゃないの?」 怒鳴られはしなかったがバカみたいだと改めて言われて、どうしても反論してしまう。言わなくてもいいことを勝手にしゃべっていて、ヤバイと思った。 このままだと結局いつもと一緒だ。シズちゃんを追いつめて強行させたというのに、何をしても変えられないのかと悔しくなったのだが。 「あー…そう、だな。泣き喚いてるのすげえ可愛いって思ったし、悪くはなかった」 「や、やっぱり!」 「反省してるし、無理させたって気持ちもあるんだけどよお…その、まあ俺にセックスねだってんの、最高によかった」 「は、ははっ…バカ、じゃないの、っ」 聞いた瞬間負けだ、と思った。言っている内容は酷いものだったが、本心を言うという点では間違っていない。俺の方が情けないぐらいだ。 やっぱりシズちゃんは、こういうところが嫌いだと思う。こっちだったら絶対に伝えられないことも、はっきりと言うのだから。 「でも手前だって…気持ちよさそうだったじゃねえか。セックスも悪くなかっただろ?」 「そんなの結果論だよ。どこから手に入れたか知らないけど薬まで使って…本当に酷いよね」 「認めろよ。さっきから、ここすげえ震えてんのに」 「あっ、んあっ!?ちょ、っと…まだ話の途中!」 その時突然中を突かれて全身が大きく跳ねた。慌ててシズちゃんの体にしがみついて、唇を噛む。すっかり忘れて話に熱中していたけれど、さっき自分からセックスしてと言っていたのだ。 今頃になって恥ずかしくなって、頬が熱くなる。薬のせいだけじゃなくて、小刻みに体が震えていた。 「さっき手前が俺に助けてくれってパニックになってた時は、焦った。やりすぎた、って本気で後悔した。でもな」 「ふあっ、あ!なに、して…!」 「好きだって気持ち聞けて、エロい顔も見れた。やっぱ無理矢理にでもして、よかった」 「なにそれ!は、反省なんてしてない…っ、は、あ、待てって!!」 体勢がいきなり変えられて、ベッドの上に座るシズちゃんに体ごと抱きしめられる。俺も慌てて首の後ろに手を伸ばしてしがみついた。こんなはっきりと顔が見える体位でしたことがない。 さっきまでは満足に手足も動かすことができなかったぐらいだし、また違う責め方をされるのかと思うと背筋に寒気がかけあがる。体の奥から疼いた。 「今からおもいっきりしてやるから、覚悟しろよ」 「最悪!」 言葉に反してシズちゃんは笑っていたので、俺もぎこちなく微笑んだ。 text top |