恋のはじまり7 | ナノ

「待ってろよ、俺のも濡らすから」
「それにしても…シズちゃんのすごいね。俺のと全然大きさ違うんだけど」

乳液の瓶を傾けて天に向かい勃ちあがっているそこを濡らした。少しだけ上半身を起こしてシズちゃん自身を眺めると、俺のとは比べたくないぐらいサイズが違う。
普通のコンドームなんて入らないし、買わなくてよかったと内心思った。これが見れただけでも充分収穫はあっただろう。まさかそこも規格外だなんて。

「手前のはそれで…」
「妙なフォローはいらないよ。普通だってことでしょ?そっちがすごいだけだってわかってる」
「わかってるんなら、拗ねるな」

拗ねてないけどと反論したが取りあっては貰えない。恋人のシズちゃんは随分と俺のことがわかるようになっていたけれど、あと数時間で終わる。まだその感覚がよくわからない。
きっと大事な相手が居なくなるというのが理解できないまま、全部気持ちを捨てるのだと思う。今日限りでもう誰にも本音も漏らさなければ恋心も抱かない。

「おいこっち向け臨也」
「ん?…っ、う」

わざとらしく顔を背けて瞬間的に物思いに耽っていたが、戻されてすぐに唇を塞がれる。不安な気持ちを溶かすような口づけをされて頬が緩んだ。
そしてタイミングを狙っていたかのように入口に性器が押し当てられる。生ぬるくて硬い塊に、深く息を吐いた。ゆっくりと目を合わせるとシズちゃんは笑って、すぐに激しい衝撃に襲われる。

「はっ、あ、ああ!んっ…うぅ、あ、は…!!」
「狭いな、っ…でも入るだろ。入ってるよな?」
「うぅ、あ、ぁ、は…はいって、るよ…シズちゃ、んの、が…」

繋がれたという歓喜に震える間もなく、性器が最奥を目指しゆっくりと挿入してくる。童貞だったシズちゃんは、自分で知らないうちに卒業したんだとバカにしてやりたかったが余裕はない。
俺が本気になってしまったから。想像していたよりもずっと、愛着が沸いてしまった。好きだった。

「大丈夫か?」
「はっ、あ、手を…握って、っ、お願い、だから」
「これでいいか」
「うん…、っ、ふぁ、は」

自然と瞳からは涙が溢れてきて、頬を濡らす。こんなつもりじゃなかったけれど、ダメだった。一生無理だと思っていた関係を築けたことが嬉しかったのだ。偽者だとしても。
求めたら与えてくれて、心を満たしてくれる。それがどんなに素晴らしいことか知ってしまった。はじめからふれてはいけないものだったのかもしれないが、もう遅い。
セックスではなく互いの体が密着して、そこからあたたかさが伝わることに酔いしれた。こんなにも誰かのぬくもりを欲していたのか、とはじめて気づいた。
拳を握りしめて耐えていた手のひらを開かされ、そこに指が絡められるとほっと溜息をつく。空いた方の手でシズちゃんが目元を拭ってくれた。

「本当に泣くなんてよお」
「だって、っ…」
「別に悪い意味で言ったわけじゃねえ。骨折しても次の日には平然としてた奴が、俺とセックスして泣くなんて」
「もしかして…興奮した?なか、で震えてるよ」
「ああ、当たりだ」

泣いている意味が一つじゃないことを、シズちゃんは知らない。嬉しくもあり、悲しくもあるなんて、決して口にしたりはしないから。
まだ始まったばかりなのに、終わりが近づいていることを想って寂しく感じている。そんな気持ちを悟られないように、わざと煽るようなことを言った。すると腰が浮いて、一気に捻じ込まれる。

「んっ、あ、ああぁ!」
「…っ、はは、全部俺のもん入ったぜ。おい見えるだろ臨也」
「はっ、んぅ、あ、もう…見せなくて、いいって」
「すげえ、あったけえ」

俺の体に覆いかぶさるように体を預けて、シズちゃんも息を吐いた。これでも随分と気遣ってくれていたらしい。だけど俺のことが好きで、恋人だと思い込んでいるから決して酷いことにはならないのはわかっていた。
本当に卑怯だなと思ったが今更引き返せないし、そのつもりもない。終わりが見えているのなら、最後まで楽しむべきだった。

「なあ、このまま…」
「シズちゃんの、中に出していいよ。出して欲しいな」
「手前ッ!そんなこと…っ、クソ!!」
「んあっ、あ…!待っ、はやい…、っ、うぅ、は!!」

シズちゃんの言いたいことがはっきりと理解できたので、自分から告げた。すると一瞬ぽかん、と呆けた表情をした後に顔を歪める。少し怒っているようにも見えたが、喜んでいるのだろう。
直後に勢いよく体を揺すり始めたので、少し慌てた。だけど止まることなく腰を前後に振る。パンパンと太股にぶつかる音が、夜の教室に響き渡った。
電気はバレるのでつけていないが、互いの表情は月明かりではっきり見える。はしたなく喘いでいることも、いつの間にか下半身が反応していることも忘れて動きを合わせた。

「臨也、っ…臨也」
「あっ、あ、あぁ、は…すごい、擦れて、っ、あ、おっき」
「手前のここ狭いしぬるぬるして、気持ちいいぜ」
「うん…っ、んぅ、は、俺も…きもち、い…」

どうして恋人になればセックスをしたくなるのか、なんとなくわかった気がした。同じ心地よさや、気持ちを共有できるからだろう。この行為の最中だけは、どんなにいがみ合っていても一つのことを想うのだ。
気づいた瞬間、胸が酷く痛んで息が詰まった。もしも、とあり得ないことをこんな時に考えてしまったからだ。

「臨也、どうした?」
「…っ、なんでもない、から…」

目を見開いた状態で固まった俺に、シズちゃんが声を掛けてきたので慌てて誤魔化す。今のはなしだ、と心の中でだけ舌打ちした。
もし俺のことなんか好きでもない彼とセックスをしたら、一時的にも感覚を共有できるのかと思い浮かんでしまったのだ。そして知ってしまった。
本当は偽者ではなく、本物の平和島静雄とこういうことをしたかったのだと。どうして最初に拒絶されたんだ、と悔しさがこみあげて絶望的な気持ちに陥った。

「キス、して…っ、シズちゃ、っ」

何もかも振り払うように焦りながら懇願すると、唇を押しつけられる。そしてゆっくりと舌が口内に入りこんで、蹂躙されていく。その間も責める動きは止まらなくて、互いに限界を感じ取っていた。

「ふぁ、っ…んぅ、だ、して…」
「臨也」
「シズちゃんの、で…いっぱいに、っ、あ、んあぁ、あ!」

必死に告げると一層速度があがって、思いっきり抱きしめられる。手を振りほどいて背中にしがみついたところで、体の奥に熱い何かを感じて自分自身も何かを吐き出した。
ぐちゃぐちゃになりかけていた気持ちは落ち着いて、麻痺するように震える体が止まるまでボロボロと泣き続ける。行為が終わっても、しがみつく力だけは緩めなかった。


「やりすぎたか?」
「ん…それより、今何時?」
「十一時半って随分遅くなっちまったな」

セックスは一度だけでは終わらず、数回した。全部俺からねだって、全部シズちゃんは応えてくれただけだ。まだふわふわとした心地よさに酔っていたが、どうやら時間は迫っていた。
もう少し浸っていたいと思ったがタイムリミットだ。後片付けを完璧にしておかなければいけないので、これで終わらないといけない。ゆっくりと息を吐いて告げる。

「これで終わりだからさ、着替えようシズちゃん」
「そうだな」

さり気なく言うとシズちゃんが俺から離れて、落ちていた制服を身に着け始める。だけど俺はすぐには起きあがれなくて、近くの机を支えにして立ちあがろうとした。
だが体の奥がズキンと痛んで顔を顰めたら眩暈がし、ぐらりと体が傾いて手が離れてしまう。倒れるかと思われたが、背後から支えられて転倒はまぬがれた。

「おい大丈夫か?」
「――っ、さわらないで!」
「え?」

その瞬間喉から絞り出し叫んでいた。そしてシズちゃんから距離を取るように後ずさる。

「臨也?」
「ごめん、もういいから…」
「いや、いいって手前泣いてんじゃねえか」

ぼたぼたと大粒の涙が頬を伝っているのはわかっていた。だけど構わずに離れようとする。シズちゃんは当然困惑の表情を浮かべていて、内心舌打ちをする。
時間はもう迫っていたので、これ以上余計なことをして気持ちを乱されたくなかったのにいきなり腕が引っ張られ抱きしめられる。

「やめて、って!服っ、濡れるから!!」
「どうしたんだ?落ち着けって、臨也!」

胸に顔を押しつけられそうだったので、慌てて避ける。やめて、という言葉に反応したのか強引に抱きこまれることはなくなった。
俯いていたが上を向いて、力強くシズちゃんを睨みつける。そしてはっきりと言った。

「シズちゃん、もう終わりなんだ。全部」

唇はわなわなと震えていて、その間もずっと涙は流れ続けていた。


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