it's slave of sadness 24 | ナノ

後悔はしていないけれど、やっぱり心境は複雑だった。

「夜はシズちゃんの好きなメニューにしてあげるよ!なにがいいかな?」
「オムライス……」

いつものバーテン服に着替えてそろそろ家を出るかと玄関で靴を履いている時に、後ろから尋ねられた。どうやら朝は弱いらしくまだ眠そうだったが、律儀に見送ってくれるようだった。
寝起きの臨也なんて津軽を通じて撮らせていた映像の中でも見たことが無くて、もうそれだけで飛びあがりそうに嬉しかった。
心から喜べるわけではなかったけど、一度自分で決めたのだからこの状況を楽しむのも大事なんだと思った。だってこんなことにでもならない限り、臨也と恋人同士になるなんてありえないのだ。

「わかったよ。あぁ外には出たらダメなんだよね?最近はネットで材料を取り寄せられるからいいけどっていうか冷蔵庫の中に食材たくさんあるし」
「何か必要なものがあったら買ってくるか?それか知り合いに頼んで持ってきて貰うが…」
「うん今のところ大丈夫。あ、そろそろ出かけないと遅刻するよ!」

何も知らない臨也が外を出歩いて危険な目にあっても困るし、偶然にも津軽やサイケに会う可能性も考えて外出は禁止にした。最悪な場合は新羅を通じてなんとかすればいいと思っていた。
あれこれを話していると、壁の時計をチラリと見て慌てながらそう言ってきた。こんな会話をすることすらむずがゆくて嬉しかったが、構っている場合ではないのが少し残念だった。

「あ、シズちゃんタバコ忘れてるよ!」
「え?ポケットに入れたは…ず…ッ!?」

おかしいなと思ってゴソゴソとズボンを両ポケット探しながら真正面から臨也を見ようとして、しかし途中で視界を遮られた。
そうして唇にあたたかい感触が広がってきて、けれどもあっという間に離れていった。ものの数秒のことだったが、あまりの早さに起こったことが理解できずに呆然とした。

「シズちゃんって、ほんとこういうことには疎いんだね。かわいい反応」
「ちょ、っと待てよ!手前!!」
「はいはい、行ってらっしゃ〜い!」

舌で唇をぺろりと舐め取りながら、あっけらかんと告げられて一気に怒りが沸いてきた。もうそれは臨也相手にはどうしようもない条件反射だったが、久しぶりのような気もした。
殴りかかろうとしたけれど簡単に躱されて、出口の方にぐいぐいと押されてしまい強引に扉の外に放り出されるように追い出された。
まだ話があると言おうとしたところで、玄関のドアが閉まる音が響いた。確かに遅刻寸前だったし、これ以上外で騒いでもご近所に迷惑がかかるので諦めて仕事場に向かうことにした。
ついさっきのあたたかさが嬉しくて、つい唇を指でなぞってしまいそうなのを堪えて、早足に歩き出した。


結局俺は臨也に俺の気持ちをはっきり伝えて、それでつきあおうと言ったのだ。
どうしても自分自身が抑えられなくて、そうならざるを得なかったのだが、心底喜んでくれたようだった。見たことのないほど嬉しそうに微笑んで、体に抱きついてきた。
だから余計にセックスも激しく求め合うことができた、という感じだった。少なくとも俺は胸に燻るものを抱えながら、目の前の行為に没頭して激しく絡み合った。
そうして幸せのあまりうっかり目覚ましをかけ忘れて、遅刻寸前と言う事態になったのだが。
にしても、昨日までの臨也がどこにいるかわからなかったということを思えば、随分といい状態にはなっていた。これからどう接していけばいいとかそういう悩みはあったが、小さな悩みだった。
自分の手の届く範囲に居る、ということが重要だった。
二度とあんな目に合わせてはいけないのだ。

「え、つきあうことになったって…本気?」
「本気に決まってるだろう」

仕事が終わってすぐに自宅に帰りたい気分ではあったが、経過を報告すると言う約束だったので新羅の家に来ていた。
ちょうどセルティが仕事でいない時間だったので、いろいろと詳しく話をした。臨也の体の状態とか、そういうことも含めてもだ。

「体の事についてはあれだけ強い薬を投与されて、長時間酷い状態だったんだから前と同じ状態に元に戻ることはない。臨也の性格的にそういうことに対しては嫌悪していただろうから、その認識ががらっと変わることにはなっただろうね。あれでも強い奴だから、逆におもしろがって利用したりするかもしれないね」
「それぐらいは俺だってわかる」

予想できた答えに苛立ちが隠せなくて、拳をぎゅっと握った。あいつの性格は、近くで見ていた俺が一番わかってると思ったからだ。

「でもいきなり静雄のことが好きになったとかそういうのは…ちょっと俺ではわからないよ。いくら二人が犬猿の仲でいがみ合ってたからって、それが恋愛に発展するなんて考えづらいんだけどな。元からそういう気持ちが臨也にあったとしか…」
「やっぱりそういことかよ」

チッと舌打ちを鳴らしながら、全く自分の思ったことと同じ想像にうんざりした。
臨也は確かに津軽ことが好きで、姿の似ている俺といつの間にか擦り変えて好きだと言ってきたぐらいわかってる。自身のことをサイケであって欲しいと願うぐらいに、強い思いだったんだ。
わかっててつきあうと決めたとはいえ、辛い現実だった。

「そりゃ大嫌いな相手でしかも男に好きだって言われたらそりゃ嫌かもしれないけど、臨也の事を考えて少しは耐えて欲し…」
「いや別に俺ぁいいんだよ。こいつが後でショック受けるのがかわいそうだなって思うぐらいで」
「ねえ、もしかして静雄は臨也の事…本気なの?」

直接的に言うのは躊躇われたので言ってはいなかったが、ずばり言い当てられてもう言葉が出なかった。ただ照れくさくてチラリと視線だけをなげかけたところで、おもいっきり笑われてしまった。
いくらなんでも失礼な奴だと手が出ようとしたところで、しかしそうはならなかった。

「やっぱりそうなんだ。なんとなくそうだろうとは思ってたけど…そうか、ならきっと臨也もすぐ元に戻るよ」
「わかるのか?」
「だって臨也も多分静雄が好きなんでしょ?問題ないじゃない……」

すべて解決したとでも言いたげにニッコリと笑ってきたので、それを苦々しい気持ちで見つめながら真実を告げた。

「違う。あいつは津軽が好きなんだ」
「はあ?津軽って、アンドロイドじゃないか。臨也がそんな…不毛な恋をしていたとでも言うの?一番らしくないじゃないか、信じられないよ。勘違いじゃないの?」
「本当だ。でも津軽とサイケが仲がいいのをあいつはいつも見てて、それでサイケになりたくてあんなことになったっていうのなら納得できねえか」

もう流石に耐えられなくて、目線を逸らした。サングラスをかけていたのでまだよかったが、胸が張り裂けそうなぐらい苦しくてそれを友人の前で晒すわけにはいかなかった。
けれど俺の考えを否定するように、次々と告げてくる。

「納得する、かもしれないけど…やっぱり変だ。いくら感情があるアンドロイドとはいえ、それを好きになっても実らないことぐらバカでもわかる。まだ静雄を好きなほうが現実的だよ。まぁ臨也にとっては、アンドロイドに恋をするぐらいに不可能な恋だって思ってたかもしれないけどさ」

「わかるんだよ、俺はずっとあいつと顔を合わせてたからよお」
「それを言われたらかなわないけど、静雄もそんなに決めつけないで考え直してみなって」

新羅にしては珍しく優しく諭すような言い方をされて、けれども今はその気遣いが苦しかった。
現実から目を逸らしたくはなかったが、今すぐ臨也に抱きついてぬくもりを感じたかった。自己満足なのはわかっていても安心させて欲しいと、思った。

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